第53話 学習すべき
〈セラフ視点〉
僕らは目的のアーミーアンツの巣に辿り着いた。
「すっごーい♪︎」
「これは凄いですね」
リュカとジャンヌは川のように流れる地下水脈を見て感動していた。僕はアーミーアンツに尋ねる。
「この水脈って……」
僕の疑問にアーミーアンツの女王は部下のアーミーアンツを介して答えた。
『魔の森最深部に聳える山の頂の氷河が溶け込んだものかと思われます』
「え……そんな奥から?それを僕らの村まで引いていって問題ないかな?」
『人間が生活で利用する程度の量であれば、生態系を変えるようなことはないかと思われます……しかしどのようにしてひくのですか?』
「それは──」
僕がアーミーアンツの女王に説明しようとすると、リュカが左右の腰にそれぞれ手を置いて、大きな胸を張りながら言った。
「えっへん!」
リュカの得意な土属性魔法を駆使して、水を『黒い仔豚亭』へ引いてこれれば、川まで水を汲む必要もなくなるし、僕の付与魔法を駆使すれば温水にしてお風呂にだってできると思ったのだ。
宿屋まで水をひくのに一体どれ程の魔力が必要になるのかわからず、僕とリュカが魔力を消耗し過ぎた際の護衛と、地中深くに根差した根の切断をしてもらうために、ジャンヌを連れてきたのだ。
僕らは硬い地盤の脇を流れるようにして通る水脈を眺めた。そこからリュカの土属性魔法によって水脈の通り道を作り、僕らの宿屋まで引く作戦だ。
僕はリュカに尋ねる。
「いけそう?」
「やってみます!」
リュカは魔力を練って、虚空に両手をかざして、僕らの脇を流れる地下水脈の通り道に穴を空けて別の通り道を造った。僕らはリュカの新しく造った穴を水脈と共に通り、直進する。リュカは僕達の歩く通路と水の通る通路の高低差をつけた2つの通路を同時に造る。そんな調整を入れながら、僕らの宿屋までかなりの距離を移動しなければならない。
その為、今日1日で僕らの宿屋まで水脈トンネルを開通させることはできないだろうと予測していた。またいくら地下空間と言えど、ここは魔の森だ。地下に根差す木の根達が僕らの進行を妨げる。
そこをジャンヌが風属性魔法で根を断ち切り、リュカが掘り進める。
僕はというと、リュカとジャンヌのサポートだ。20km程進んだところでリュカは息切れをしてきた。
「はぁ、はぁ、なんだかお腹がすいてきましたぁ……」
「じゃあここで、魔力回復ポーションと魔力強化をかけてみよっか?」
僕はリュカに魔力回復ポーションを飲ませてから、魔力強化の付与魔法をかけた。
「…ん♡はぅ……」
リュカさん、その声はやめてください。ジャンヌは物欲しそうな顔をして僕を見つめていたが、僕は一旦無視する。するとリュカは言った。
「ふおぉぉぉぉ!!魔力が沸いてきますセラフ様ぁぁぁ!!っよぉ~し」
僕はリュカとジャンヌが木を切り過ぎた時のような嫌な予感がしたので、リュカに言った。
「加減して──」
僕が制止をかける前にリュカは再び土属性魔法を行使した。僕はいい加減学習すべきだった。
「ハッ!!!!」
地下空間であるにも拘わらず、ゴゴゴゴという地響きと共に大地が激しく揺れ動くような振動を感じる。
──あぁ、これ地上で偉い騒ぎになってるやつだ……
─────────────────────
─────────────────────
〈アビゲイル視点〉
セラフが村を出て数時間、お店の営業時間になった。
相変わらずたくさんのお客さんが訪れているが、『黒い仔豚亭』はセラフ達がいなくとも今のところ問題なく、営業ができていた。
お客さんの中にはリュカやジャンヌはいないのかと尋ねる人もいる。
セラフは、考えがあると言って魔の森へと出掛けていった。セラフはジャンヌとリュカが付いているから心配いらないと私やマリーさんに告げていたが、あの3人が揃うとモンスターに襲われるとかそういった類いの心配よりかは、何か仕出かすんじゃないかといった別の理由で心配になる。
私がそんなことを考えていると、地震が起きた。厨房の洗い物の手を止めて、辺りを見回す。グラスや食器がテーブルから落ちて、割れてしまった。皆、この揺れのせいで『黒い仔豚亭』がつぶれてしまうのではないかと心配していると大工のトウリョウさんが言った。
「このくらいの地震なら問題ねぇ!!」
流石は大工さんだ。建物の構造を見て、耐震の度合いと今起きている地震の強さを瞬時に計算し、建物は壊れないとふんだようだ。
しかし言った。
「だがこれは普通の地震じゃねぇ!」
するとお父さんが言った。
「じゃあなんだ?モンスターの行軍か!?」
「確かに!こっちに近付いてる!?」
私達はお客さんを一旦店の外へ出し、私達も店から出た。
外ではお客さん以外の村の人達や冒険者がしゃがんで、この地震に驚いていた。
「地下から、突き上げるような振動……」
冒険者の1人の顔が青ざめ始めた。そして、言った。
「地竜……」
その発言にお父さんが私とお母さんを支えながら言った。
「ありゃ砂漠地帯のモンスターだろ!?」
地竜と呟いた冒険者が返答する。
「しかしこの揺れは──」
冒険者が言い終える前に、揺れの正体が判明する。
私達の『黒い仔豚亭』の裏庭付近から水が天にも昇る勢いで吹き上がった。お母さんがそれを見て言う。
「間欠泉!?」
吹き上がった水が浮力を失って地上に降り注ぎ、虹を作った。お父さんがお母さんにつっこむ。
「こんなところにか!?」
吹き出した水を暫く見つめているとセラフのお母さんのマリーさんが指を差しながら言った。
「あれを!!?」
吹き出した水に乗るようにセラフとリュカとジャンヌが現れ、叫び声を上げながら落下する。
「わあぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
しかしジャンヌが風属性魔法を使用したのか3人はゆっくりと地上へと降り立った。
私はセラフ達の元へと走る。
「セラフ!?」
「あっ、アビー……」
すかさずリュカが言った。
「リュカです!リュカがここまで運んだんですよぉ!!」
「す、凄い……けどこれ……」
リュカが土属性魔法を使って、噴き出す水の勢いを、盛り土をしながら弱め、半径10mくらいの巨大な池のような形を形成させた。
この時、後から遅れてやってきた皆が合流し、セラフに訳を聞く。
「な、なんかその……す、水脈を見つけてさ、僕の付与魔法でリュカの土属性魔法の力を強めてここまで水を運んだんだけど……皆、無事、だった?」
途中までは経緯を説明していたセラフだったが、皆の驚きようと、困惑を汲み取ったのか取り繕うように私達の無事を確認し始めた。
私も含めて、みんな戸惑っていたが、唯一戸惑いよりも怒りを覗かせる人物がいた。セラフの母、マリーさんだ。
「コラ!!セラフ!!」
セラフは着ていた服の襟を掴まれ、マリーさんの膝の上に乱暴に乗せられ、お尻を叩かれ始めた。
セラフはお尻を叩かれながら「やっぱり怒られたぁぁ」と叫んでいた。
「貴方が!ここまで!運んできた!水のお陰で!凄い!地震!だったのよ!!」
私達みんなが、それを体験した。
「家が壊れたり!転んで人様に!怪我負わせちゃったかも!しれないでしょ!!」
みんながマリーさんの怒りに共感していた。リュカとジャンヌはそれを見てどうしようと慌てふためいていた。
お尻を叩かれる音とセラフの「ごめんなさい」の声がヌーナン村に鳴り響いた。