第52話 シュマールの歴史
〈シュマール王国王女マシュ視点〉
私の叔父上である王弟派閥の勢いが凄い。六英雄から取ったとされる6人の将軍、通称六将軍のゴルドー、カイトス、フースバルの3名が既に王弟エイブルの派閥に属している。そしておそらくもう1人が増えて4名となる。これはヴィクトール帝国による小都市バーミュラーへの侵略のせいであるといえる。
シュマール王国は六英雄の最後の代、英雄ギヴェオンが興した国であり、その子孫に当たるのが現在の国王、私の父でもあるインゴベル国王陛下だ。最後の英雄であるギヴェオンが崩御し、シュマール王国は混沌の時代に突入する。ギヴェオンの子ランドルフはギヴェオンの後を継ぐこととなるが、政治の腐敗と度重なる他部族からの侵略にあい、ギヴェオンが力を授かったとされる聖地を奪われることとなる。やがて聖地も忘れ去られ、ギヴェオンの興したシュマール王国は現在の王都から見て、北西の小さな領域を支配していたとのことだ。
そして新たな英傑が誕生する。
昔は十二英傑と呼ばれていたが、最近ではギヴェオン以降の英傑は蛮勇と呼ばれ、六英雄と六蛮勇に分けられるようになった。蛮勇達はそれぞれシュマールの民ではなく別の部族であるからと言われている。
この六蛮勇はギヴェオン同様、女神によって力を得ることとなるが、強大すぎる力は破滅に繋がる。力に溺れ、他者を軽んじ、傲慢となっていく蛮勇達は、それぞれ聖地を守る使命を全うした後は、決まって破滅的な最後を迎える。
これは、どこまでが本当のことなのかわからない。他部族に対して女神が祝福を与えること等あり得るのか?女神はどんな部族に対しても平等でいらっしゃるのか?それでは教義と違うではないか?それともこの地を守る為に私達の世代がこのことを、ゆめ忘れないための戒めとしてこの話が残っているのか?今でも様々な議論がなされている。
そしてギヴェオンの子孫によって、この聖地を取り戻すことに成功した。それが今のシュマール王国の王都である。
しかしやはり歴史は繰り返す。
長いシュマール王国の歴史を経て、先代の王である私の祖父、クライン王が崩御し、私の父であるインゴベルが王として即位したが、信仰は忘れ去られ、弟であるエイブルとの権力争いの日々。いや、お父様はもう一度女神セイバーの信仰を強固なものとすべきだと提案をしていたが、先のヴィクトール帝国の侵略やハルモニア神聖国との宗教対立、バロッサ王国との貿易摩擦等、問題は絶えない。
因みにハルモニア神聖国の信仰する宗教は最後の蛮勇ソニアを女神セイバーの生まれ変わりとして捉えている。ソニアはセイバーに力を与えられ、その力を使い、多くを救ったとされる。女神セイバーの教えでは、シュマールの民のみに救いがもたらされることに対して、ソニアは異を唱えた。
女神セイバーはそんなにも狭量ではないと主張したのだ。
ソニアはシュマールの民ではないが、多くの部族がソニアを神の生まれ変わりとして崇めるようになった。
このことに対して、私達の祖先は怒り心頭だった。何故なら、ソニアが自分を神の生まれ変わりとしてのたまっているからだ。これは女神セイバーの教えに反する。
だからシュマールの民はソニアを捕らえ、火炙りにした。これがソニアが蛮勇として位置付けられている由縁だ。
ソニアが死に、悲しみにくれたソニア教の信者達は、シュマールより北東にハルモニア神聖国を興し、神であるソニアを殺した私達に復讐と聖地の奪還に力を入れている。
話が逸れた。
六将軍の4名が王弟エイブルの派閥に加わってしまうと、私の父であるインゴベル国王陛下の元には2名、バルカ将軍とアーデン将軍しか属さない。
その2名は他の4名と違って、老将軍として先代のクライン王の時代より仕えていた者達だ。勢いはないが経験がある。お父様も彼等のことを最も信頼している。元六将軍である小都市バーミュラーの市長、ロバート・ザッパにも同様の信頼を置いている。
しかし、そのザッパはおそらく都市長の座を下ろされるだろう。
叔父上であるエイブルによってバーリントン辺境伯の裏切りが明かされなければ、バーミュラーは堕ちていた。
そのことに危機感を覚えた六将軍の1人ヒクサスはまだどの派閥にも属していないが、明日にでも王弟派閥に属するのではないかと私のところにまでその情報が届いてくる。いつの時代も軍部に属する男達は血の気が盛んで、戦いのことしか考えていない。
その昔、女神が男、所謂男神であった場合はより血生臭い歴史が連なっていただろうと家庭教師と話したことがあった。その時のことを思い出しながら私は寝室に入る。
警護の衛兵は槍を固く握り、私のことを守ってくれる。誰から?それは王弟エイブルの魔の手である。最近、お父様の派閥である六将軍のバルカ将軍の兵、ファーディナンドが私の護衛に付いてくれるようになった。
六将軍の4名がエイブル叔父上の派閥に属するならば、軍部の過半数を手にしたこととなる。確かにエイブルがクーデターを起こす可能性はある。
私は天蓋つきのベッドの脇にあるテーブルの上に、保温がなされる魔道具の中に入った温かいミルクをティーカップに注いで、飲んだ。
最近このミルクを飲んで寝るのが私の日課であり、細やかな幸福を味わう瞬間なのだ。しかしメイド長であるエマは、このことをあまりよく思っていない。ホットミルクは子供の飲み物だからだ。私も齢15となり、正式に結婚できる歳になったのだ。
ホットミルクから卒業すべきかもしれないが、なかなか止められない。
──私の結婚相手があの糞生意気な叔父上の息子ハロルドではなく、誰か他に決まればホットミルクから卒業するとしよう……いや、叔父上がクーデターをしようものなら私はハロルドと結婚しなくてすむのではないか?
そんな不謹慎な考えを打ち消すように、私はホットミルクを飲んでいつものように眠った。
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〈セラフ視点〉
村長が『黒い仔豚亭』を訪れてから数日が経った。村を囲う防壁がとうとう完成した。村長には今のところ怪しい動きはない。
僕らはいつも通りの営業をした。僕はいつも通りのエールの買い付けに、狩りに、アーミーアンツよりキノコや素材の提供をしてもらった。
冒険者達はクエストである魔の森の調査を終えて、次第に『黒い仔豚亭』は落ち着きを取り戻すかと思われたがしかし、口コミというのはいつの時代、いつの世界にも驚異的なスピードで広がる。これといったクエストがないにも拘わらず、連日宿屋に宿泊、食事をしたいという冒険者が相次いだ。
その口コミには給仕の女性達が魅力的であるとか、料理が最高に美味しいとか、宿泊して目が覚めたら活力にみなぎり、魔力の調子が良いだとか嘘か本当かわからないモノまで様々である。
多くの冒険者が訪れていたが、今のところ村長と接触している者はいない。
防壁を完成させたトウリョウさんは『黒い仔豚亭』の増築ではなく、別館を独立させて建てることを提案してきた。
そこで一旦寝泊まりできるようにして、ゆくゆくは移住を考える者が住める仮の部屋としても準備しても良いのではないかとのことだ。
村の人口が増えるのは良いことだが、僕らの敵を簡単に中に侵入させてしまう恐れがある。村長だけでなくデイヴィッドさんや村人の意見を移住希望者に対して有効にして貰えるようにするしかない。
さて、魔の森の調査結果だが、やはりモンスターの活性化が指摘された。それは繁殖期と縄張り争い等による複合的な要因が大きく、過去にも同じようにして魔の森が活性化した記録と合致するとの結論が導き出された。
正直に言うと、なんのことだかよくわからなかったけど、奥地にしかいないようなモンスターが森の入口付近にいるから気を付けてね、程度の内容だった。
しかし今の今までハルモニア神聖国3大楽典という仰々しい肩書きのあるリディア・クレイルの動きがアーミーアンツ達や冒険者達からは何も報告されていない。もしかしたらリディアは魔の森の最深部へ入り、凶悪なモンスターに殺られてしまったのかもしれない。それならそれでリディアの幻影みたいなモノを魔の森に浮かび上がらせれば良いのだが、生きていた場合ややこしいことになる。僕らはリディアに対しては慎重に動かざるを得なかった。
──今度、リュカやジャンヌを連れて魔の森の最深部へと調査しに行かなきゃ……
そして現在、僕はというとリュカと共に、これから来ると思われる帝国の者に向けて罠の調整とその罠の地中に埋まっている2千人と、ここではないが別の地中に生き埋めとなった400人もの兵を帝国式の埋葬方法で埋葬していた。あの日から徐々に行っていたが、ようやく今日で全員分の埋葬ができた。
僕とリュカは手を合わせて、帝国兵達を弔った。これは僕の自己満足でしかないが、この人達の分まで僕は生きて、この先の世界の情勢を、この人達が夢見た世界を見る必要がある。
罠に関しては、それを冒険者達に見付からないように偽装し直し、帝国の者がヌーナン村付近を調査した際には気になる程度の仕掛けを施す。
ちょうどその兵達の埋葬と罠の調整を終え、『黒い仔豚亭』に帰っている際にアーミーアンツより連絡があった。
どのような連絡があったかというと、リディアの情報ではなく、巣の拡大をしようと大地を掘り進めた結果、地下水脈に当たったとのことだった。
僕は日頃考えていた事を実現するチャンスだと思った。
それは『黒い仔豚亭』に大浴場を建設することである。