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第51話 村長の思惑

〈ヌーナン村の村長視点〉


 ここ数日一睡もできなかった。本来なら、暗殺者ギルドの者達がやって来て、ワシらと息子家族を帝国へと亡命させてくれる手筈となっていたのだ。


 村人達の逃げ惑う姿、泣き叫ぶ声を聞きたくなかった為、家の中で皆大人しく待っていたがしかし、何事も起きず、朝を迎えてしまった。そして、息つく暇もなくバーミュラーに向けて帝国が侵略を開始し、このヌーナン村にも兵を派遣してきた。


 あの時は肝を冷やした。帝国にこの村を売っておいてなんだが、やって来たバーミュラーからの騎兵隊を応援したのは言うまでもない。おそらく暗殺者ギルドの者達は、金だけを巻き上げてこの村を襲うことはせずに、何処かへ行ってしまったのだ。全く無事なヌーナン村を見て、派兵された帝国兵達はバーミュラーからの騎兵隊が来なければ、まず間違いなくこの村の住民と儂らを殺していたことだろう。


 帝国兵が去り、一命を取り留めた儂らだが、まだまだ油断できない。


 今度は儂らが自国、シュマール王国から罰せられる可能性があるからだ。


 なんでも、この侵略戦争はバーリントン辺境伯が帝国と手を結んだせいで起きたこととされており、それを王弟エイブル殿下によって防がれたという。


 だから今度はそのエイブル殿下より、儂らの裏切りが暴かれ、裁かれるのではないかと、ここ数日ビクビクしているのだ。


 ──妻や息子、孫達は何としても守らねば……


 ワシはいつもと変わらない早朝、外へと足を運ぶ。


 外は、やはりいつもと変わらない。変わっているとすればこの村を囲うようにしてできた木製の壁くらいだ。儂は何となしに木製の壁に触れた。すると声をかけられた。


「おはようございます村長!」


 この木の防壁を製作している大工のトウリョウが挨拶をしてきた。ワシは一瞬怯み、何事もないようにして返す。


「お、おぉ、朝早くから精が出るのぉ」


 上手く返せただろうか?


「帝国兵がいつ襲ってきてもおかしくないですからねぇ。しかし、もう少しで完成ですよ?」


「そ、そうじゃの……」


「それはそうと、あの宿屋の店主、デイヴィッド・リーンバーンは本当に大した野郎ですね!?」


「お、おぉ!そうじゃのぉ~」


「それにデイヴィッドの店がだす、あのカニの刺身が旨くってよぉ~」


 デイヴィッド・リーンバーン。『黒い仔豚亭』の店主にして元Bランク冒険者だ。この村が帝国兵に襲われそうであった時、村の者達を励まし、騎兵隊が帝国兵達を撃退した後も、村の男達と共に警備をしていた。


「あっ、そうだ村長?この村に空き家を幾つか建てておきたいんだが良いか?」


「え?ど、どうしてじゃ?」


「俺はよぉ、この村がもっと発展すると思ってんのよ!だから今のうちに空き家を建てて、ここに住みてぇ奴に売ったり、貸したりしてぇんだわ!」


「か、構わんが、それを建てる費用はどうするつもりじゃ?」


「そりゃ、俺が持つぜ!?だから売るのも俺の好きにさせて貰いたい!売れた分の少しは村長におさめたって良いぜ」


「そ、それなら好きにするとよいぞ!」


「お!やったぜ!!あんがとよ村長!じゃあよ、ここら辺に1棟、建てても良いか?」


「おぉ、好きにせい好きにせい」


「よっしゃ!いや、新しい家屋は宿屋の増築を終えてからだな……」


 ワシはトウリョウと別れた。それから村全体を見回すようにして歩いた。何事もなさすぎるくらい、いつもと変わらない村がそこにはあった。


 徐々に農作業をする者や牧場で飼っている動物に餌を与える者が増え始めた。


「おはようございます!」

「あっ、村長!これ貰ってくれますか?」

「村長おはようございます!」


 ワシは手を挙げながら村人に挨拶を返した。


 するとこの村唯一の宿屋にして、最も賑やかな場所『黒い仔豚亭』の前に着いた。


 ──そうだ……襲撃に際して内側から攻められるようにと、この宿屋にも暗殺者数人が泊まっていた筈だ……もう襲撃予定日から3日近く経ってしまったが、記帳等、記録が残っているかもしれない。儂は、その者に脅されたと尋問された時に告げれば……


 ワシは『黒い仔豚亭』に入った。


──────────────────────────────────────────


〈セラフ視点〉


「いらっしゃいませぇ~♪︎」

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ……」

「ぃらっしゃい…ませ……」


 監視対象である村長をリュカ、ジャンヌ、アビゲイル、母さんがフリフリでスカートの短い給仕の新しい衣装を着て迎えた。


 僕の父さんには国王陣営をぶつけ、ヴィクトール帝国にはハルモニア神聖国をぶつける、そしてそのハルモニア神聖国にはリディア・クレイルをぶつける。その案以外のもう1つの案がこれだ。


 この村を観光地として発展させる。


 その一環として『黒い仔豚亭』を料理だけでなく、可愛くて綺麗な給仕達がいるという印象をつけさせる。話題性が生まれれば、そこに商機を見出だした商人が釣れる可能性が高い。最初は僕が冗談のようにして提案したことだったが、アビゲイルや母さんが戦力にはならない自分達も手伝いたいと言ってきたのだ。


 母さんとアビゲイルの気持ちもわかる。だけど僕は、この前ジャンヌやリュカが冒険者に絡まれた──実際には暗殺者だった──時のようにアビゲイルや母さんが絡まれたりでもしたら嫌だと訴えた。


 ──アビーに至っては、僕を庇ったせいで殺されかけたんだ……


 しかし母さん達は、そのくらい平気だと言ってきた。またジャンヌやリュカ、それにデイヴィッドさんがそこら辺はきっちり守ると約束してくれた──勿論、僕も守るつもりだ──。僕は仕方なく了承した。


 リュカやジャンヌは何事もなくその衣装を着ているが、アビゲイルや特に母さんが恥ずかしがっている。


 ──自分で着るって言ったのに……


 しかしその恥じらいがお客さんには好評のようだ。とりわけ村長は母さんに釘付けであった。


 ──うん、複雑だ……


 村長は鼻の下を伸ばしている。効果抜群だ。村長は席に案内され、母さんに口を開く。


「朝から、大盛況じゃのぉ」


 村長は探っている。村長がこの宿屋に来たのも、暗殺者がこの宿屋に泊まっていたのを知っているからだ。ちなみに僕を襲い、ジャンヌに顔面を蹴られたあの暗殺者は現在、ジャンヌの魔法により心臓に魔刻印なるものを刻まれ、どこかへと去っていった。


 母さんは答える。


「冒険者の方々が、魔の森の調査をしてくださっているおかげです」


「そ、そうじゃったな、彼等には森で何が起きているのかしっかりと調査してもらわねばのぉ」 


 ヌーナン村の襲撃、帝国の侵略と忙しない日々が続いていたので、魔の森の活性化については、つい忘れがちだ。


「ご注文は何にしますか?」


「お、おぉ、じゃあカニのさしみ?はあるかの?」


「えっとそのメニューは朝には出していなくて──」


 僕は2人の会話に割って入る。


「母さん!」


 母さんをいやらしい目で見られているのがいたたまれなくなったからではない。


「どうしたのセラフ?」

 

「おぉ!セラフか!」


「おはようございます村長様!カニの刺身ならちょうど今仕入れが入ったのでお出しできますよ!」


 母さんは「良いの?」と表情で訊いてくるが、僕は頷いた後厨房に入ってカニの準備をする。すると村長様の声が聞こえた。


「そ、それと帝国が侵略を始めた日の宿に泊まった者達の記録を見せてほしいのじゃが?」


 母さんは言った。


「それならば昨日、村の様子を見に来た騎兵隊の方々にお渡ししてしまいましたよ?」


「そ、そうかそうか!?それなら良いんじゃ!」


 ちなみに母さんの言ったことは嘘だ。様子を見に来た騎兵隊に記帳を渡してなどいない。昨日村に来た騎兵隊には偽の記帳を渡した。その騎兵隊が父さんの息のかかった者かどうかもわからないからだ。因みにアルベールさん達は囮となりながら、小都市バーミュラーで情報収集をしてくれている。


 村長様は宿屋の記帳を見て自分が村を売り渡していないことを訴える作り話を作成しようとしているのか、それとも帝国や父さん陣営の者に頼まれて、何かを探しているのかわからない。ちなみにだが、村長様が帝国の者や父さん陣営の者と接触している様子はない。


 ここで僕はカニの刺身を村長に届けた。


「お待たせしました村長様!カニの刺身です!!」


「おぉ!こんなに朝から働いているんじゃな?大変じゃのぉ!」


「お陰さまで大盛況です!冒険者さん達の何人かが、このヌーナン村に移住したいって言ってる人もいるんですよ!!」


「ほぉ、そうか……それならこの村も安泰じゃな……」


 村長は考え事をしながらカニの刺身に手をつけ、口にする。


「そうかそうか……ん!?旨い!!旨いぞこれはぁ!!?」

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