第50話 敗戦の報告
〈帝国四騎士トーマス・ウェイド視点〉
退却して帝国領に戻った私は、早馬を帝都へ向けて走らせる。
それから2日かけて、帝都へと戻った。
敗戦の詳細を報告するのだ。もう少し時間をかけて報告しても良いのではないかと思ったが、皇帝陛下に対してそのような小癪な真似は通用しない。
しかしもう敗戦の報が皇帝陛下の元に届いていると思うと、どうも足取りが鈍くて仕方がない。
城へと到着し、そのまま玉座の間に続く扉を潜り抜け、炎のように輝く赤い絨毯の上を歩いた。この絨毯の先には火龍バアルがあしらわれた玉座へと続いている。そこに座するはヴィクトール3世皇帝陛下である。
鋭く冷たい緋色に輝く瞳が私を睨み付ける。私は跪き、皇帝陛下の言葉を待った。
「面を上げよ」
顔を上げ、真っ直ぐと陛下を見つめる。陛下は再び重い口を開いた。
「敗因はなんだ?」
この回答を間違えれば、四騎士の称号の剥奪、いや最悪処刑もあり得る。
私は帝都へと戻る間、考えていたことを述べた。
「情報が漏洩していたせいかと存じ──」
私の言葉は皇帝陛下の横にいる宰相マクベスが遮る。この時初めて、私は皇帝陛下以外に視線を向ける。
「そんな筈はない!」
陛下は言った。
「黙っていろマクベス。余は今トーマスと話しているのだ」
「し、しかし……」
陛下はその鋭い目付きで宰相マクベスを威圧し、黙らせた。
「すまぬ。続けろ」
陛下に促された私は、今回の戦の敗戦理由を説明した。
「バーリントン辺境伯の裏切りが暴かれ、阻止されました」
私の言葉に何か言いたげだった宰相マクベスだが、陛下が言葉を紡いだ。
「バーリントンの兵は小都市バーミュラーに侵入できずに攻撃され、そこからお前のいた戦地へと武装展開したと聞くが?」
「はい」
「何故共に戦わなかったのだ?」
宰相マクベスは落ち着きを取り戻す。陛下にそれを尋ねてもらいたかったのだろう。
「無用な死を避けるためです」
するとマクベスは声を荒げた。
「嘘をつくな!!」
私は陛下を真っ直ぐに見据えて、続けた。
「陛下、此度の戦争の勝利条件は小都市バーミュラーを落とすことです。バーリントン卿の兵と協力しても、バーミュラーの外に展開していたお互いの歩兵隊と騎兵隊を削るだけで、戦果は得られないと判断しました。長期戦は作戦の内になく、中途半端に共闘し、退却すればその背を討たれる危険性もありました。バーリントン卿の兵達を囮にし、その隙に全軍を帰還させることを優先させたのです」
陛下は言った。
「そうか。トーマスよ、お前はどのようにして此度の情報が漏洩していると思ったのだ?」
「陛下!?」
宰相のマクベスは納得が言っていない様子だった。私と陛下は、マクベスを無視して話し合う。
「何処で漏洩したのか、それはわかりませぬがその中心にいるのは王弟エイブルであることに間違いありません」
陛下は頷き、宰相マクベスを見た。
「マクベスよ。お前はエイブルに一杯食わされたのだ」
「ど、どういうことでしょうか!?情報が漏れる等私には考えられ──」
「情報が漏れたのではない。そもそも此度の作戦は王弟エイブルによって発案された計画であったとみて、間違いなかろう」
「なっ!?え!?」
「お前は何処で情報が漏れたのか、そればかりを考え、苦慮していたな?だが問題はそこではない。これは初めからエイブルがバーリントンと余の国を利用するつもりで計画された作戦だったのだ」
「まさか……」
「そうであるなら合点がいくであろう?」
マクベスは震え、黙った。
「気に病む必要はないぞ、マクベス。トーマスが被害を最小限に抑えつつ、兵達を連れ帰ってきてくれた。もし、ここにいるトーマスが無謀な戦いをしていたならば、お前の首を落としていたところだったぞ、マクベス?さて、シュマール国にはどのようにしてこの屈辱を晴らすべきか……」
皇帝陛下がそう呟くと、私は意見した。
「…実はもう1つ気になることが……」
「申してみよ」
「バーミュラーの近くにあるヌーナン村という村についてなのですが……」