第47話 黒幕
〈セラフ視点〉
僕らは会議の前に朝食を取った。
朝の澄んだ空気に満たされた宿屋の食事処にベーコンとバター醤油の焦げた香りが溶け込む。バター醤油でこんがりと焼いたベーコンの上に目玉焼きを作って、それをご飯と一緒に食べる。醤油には砂糖を加えて全体的に少し甘い仕上がりとなった。おっと最後に塩コショウも忘れずに。
「セラフ様ぁぁ!これおいしいですぅ!!」
リュカさんはさっきまで寝ており、このベーコンエッグ丼の香りで起きてきた。
母さん、アビゲイル、デイヴィッドさん、ローラさん、ジャンヌ、アルベールさんとセツナさんも同じものを食べた。あとオーマもね。
「こりゃうめぇなセラフ!」
デイヴィッドさんがタレが絡んだご飯をかき込みながら言った。
「美味しいよ」
「美味しいわ」
アビゲイルと母さんが僕に告げる。ローラさんはそんな2人に同意するように頷いた。
「流石セラフ様です」
ジャンヌは頬っぺたにご飯粒をつけて、目を瞑り感慨深げに言った。
「ジャンヌ?頬っぺたにご飯粒ついてるよ?」
「えぇ!!?」
慌てるジャンヌの頬っぺたからご飯粒を僕は取ろうと手を伸ばした。ジャンヌは僕の迫る手を見て、何故だか困惑している様子だった。
「セ、セラフ様ッ!?一体何を!?」
僕はジャンヌの頬っぺからご飯粒を取り、自分の口に運ぶ。
「ジャンヌはしっかりしてるけど、こう言うところは可愛いよね」
ジャンヌは顔を真っ赤にして、俯いた。それを見て皆が笑う。
セツナさんが呟いた。
「あぁ、そんな姉さんも素敵です……」
その呟きを気にしたのか、ジャンヌはキッとセツナさんとアルベールさんの方を睨んだ。そして僕に言った。
「…セラフ様、この者達がセラフ様の元にお付きしたいとのことです」
和やかなムードから一変、アルベールさんとセツナさんは僕に視線を合わせ、デイヴィッドさんとローラさんはそのことに難色を示す。
そんなデイヴィッドさん達を宥めるようにジャンヌは言った。
「この者達にはまだ利用価値があります」
アルベールさん達は一時的ではあるが、バーリントン辺境伯の屋敷とその屋敷の案内をすればこちらから2人の命を奪わないといった条件の元で協力関係にあった。僕は尋ねる。
「利用価値どうこうじゃなくて、2人はそれでいいの?」
ジャンヌの魔法によって命を握られている2人は、僕らに従わざるを得ない。そんな強制的なことを僕はしたくなかった。
「俺達はこの村を襲おうとしたことは事実だ。だけどこの村が好きなのもまた事実なんだ──」
デイヴィッドさんが食い気味に言った。
「んなもん信じられるわけねぇだろ!」
ローラさんとアビゲイル、母さんも頷く。アルベールさんは言った。
「だから姉さんの話を聞いてくれ」
アルベールさんとセツナさんはジャンヌのことをいつの間にか姉さんと呼ぶようになっていた。
ジャンヌが口を開く。
「この帝国の侵略には裏がありました」
「バーリントン辺境伯が裏切った以外にもなんかあるのか?」
デイヴィッドさんの質問にジャンヌは返す。
「我々がバーリントン辺境伯を捕え、その罪を告白させようとしましたが、彼は既に死んでおりました」
「は!?」
「え!?」
「ん!?」
「なんで!?」
「ほえ?」
ジャンヌは王都で起きたことを時系列を明確にしながら、説明した。
インゴベル国王陛下の実弟にあたるエイブル殿下がバーリントン辺境伯の裏切りに気が付き、小都市バーミュラーが内側より攻め落とされる前にバーリントン辺境伯の兵を撃退したことによって、帝国軍が打つ手なしと判断し、退却したとのことだ。
デイヴィッドさんが言った。
「なるほどな、流石はエイブル殿下だ」
ジャンヌは続ける。
「公には、その王弟エイブルの兵がバーリントン辺境伯の屋敷に押し入った際、辺境伯は既に亡くなっており、裏切りの発覚を恐れたバーリントン辺境伯が服毒自殺をしたという結論に至っております」
なるほど、エイブル殿下の兵が予定もなく屋敷にやって来て、裏切りが露呈したと思ったのか。しかし僕は疑問に思ったことを伝える。
「あれ?でもジャンヌ達はそのエイブル殿下の兵が屋敷に到着する前から、その屋敷に行ってたんだよね?」
「はい。我々がバーリントン辺境伯の死体を発見したのは、バーリントン辺境伯の軍が領地を離れて小都市バーミュラーへと向かう最中であります」
デイヴィッドさんが整理をする。
「てことは、裏切りが発覚する前にバーリントン辺境伯は自殺してたってことになるのか?」
「そうです」
アビゲイルが口を開いた。
「え?どういうこと?」
「つまり、バーリントン辺境伯は自殺に見せかけられて殺された。ということです」
「え……」
食事処に張り詰めた空気が漂った。ローラさんがその空気を破る。
「結論が少し飛躍しすぎじゃないかい?エイブル殿下が気付いたことを途中で辺境伯が悟った可能性だってあるし……」
ジャンヌはそれを否定する。
「バーリントン辺境伯は執務室の椅子に座りながら、死ぬ直前までワインを飲んでおりました。おそらくそのワインの中に遅効性の毒物が混入していたかと思われます。床に落ちていたグラスからワイン以外の匂いがした為に、そう悟りました。そしてバーリントン辺境伯が飲んでいたグラスと別にもう1つのグラスがワインボトルの近くに置いてありました」
僕はジャンヌから引き継いで、思考を口にする。
「…ジャンヌ達がその執務室に入る前に誰かがいた……っていうことね?」
「はい。その通りでございます!幸い、我々がバーリントン辺境伯の死体の第一発見者であった為に、このような状況に気付けました。また我々がバーリントン辺境伯の屋敷に入る直前、その屋敷を覆う程の強大な魔力を放つ者がおりました。おそらくその者がバーリントン辺境伯を殺害した犯人かと推測します」
僕は一瞬ドキッとした。あのジャンヌが強大と表現するとなると相当な使い手であるからだ。
デイヴィッドさんが言った。
「つうことは、ソイツが裏で今回のことを計画してたってわけか!?だったら直ぐにでもバーミュラーにいるエイブル殿下に知らせなきゃ──」
デイヴィッドさんが言い終わる直前に、母さんがスプーンを床に落とした。
皆が一斉に母さんの方を向くと、母さんは「ごめんなさい」と言いながら落としたスプーンを拾う。母さんはエイブル殿下の話が出てからなんだか様子が変だった。
ジャンヌが仕切り直して声を飛ばす。
「その裏で糸を引いていた者というのが、そのエイブルである可能性が高いのです」
「は!?」
「え!?」
「どうして!?」
なるほど、礼儀作法がしっかりとしているジャンヌが国王の弟である者をさっきから呼び捨てにしているのはそういった意図があったからなのか。
「エイブルはどのようにしてバーリントン辺境伯の裏切りに気付いたのでしょうか?」
「それは密偵とかを駆使して……」
「初めからバーリントン辺境伯と組んでいて、最後に裏切れば、全て辺境伯のせいにできます」
「そ、そりゃ流石に考えすぎなんじゃ……」
「いえ、そうでもありません。もしかしたらバーリントン辺境伯が息子や兵達に情報を漏らしていた可能性を考慮して、エイブルは辺境伯の息子グレッグやその兵達を捕えることもせずに戦場で皆殺しにしております」
僕は気分が悪くなった。
ローラさんが反論する。
「そ、そんなことを計画したとして、エイブル殿下は一体何がしたいんだい?」
「この戦で最も武功を上げたのはエイブルです。バーリントン辺境伯の地もエイブルが支配すると考えられます。辺境伯の防衛費や予算がそのままエイブルの懐にいれることも可能です。また小都市バーミュラーの市長は元六将軍であるロバート・ザッパ氏が就任しております。彼は現国王派閥でありますが、今回エイブルがいなければバーミュラーを帝国に落とされていたことでしょう。そのことがバーミュラーに住む住人に知れ渡れば、次の都市長選で選ばれるのはエイブルの息のかかった者になります。それかロバート・ザッパに恩を売り、都市長を続行させる代わりに現国王派閥から王弟派閥へと移行するかもしれません」
なるほど、王弟であるエイブル殿下の狙いは、自分の強い影響力を行使して次期国王になるつもりなのか。
ジャンヌは続けた。
「次の国王が誰になろうと構わないのですが、エイブルのせいでここヌーナン村が2度も危機に晒されたことが許せないのです。もしかしたら魔の森で起きていることもエイブルの息がかかっているかもしれません。それにバーミュラーを支配し終えたら次はヌーナン村を支配するかもしれません」
「そ、それは……」
「いくらなんでも……」
「ですからアルベールとセツナを利用して、エイブルの息のかかった者を誘き寄せようかと──」
デイヴィッドさんが言った。
「待て待て待て!仮にエイブル殿下が次期国王になろうとしていたとして、こんな田舎村を支配することは流石に考えられ──」
すると母さんが珍しくデイヴィッドさんの言葉を遮り、割って入った。
「考えられます」
「え?」
デイヴィッドさんは、勿論皆が母さんの方を見た。母さんは身体を震わせている。
「母さん、どうしたの?」
僕の言葉に構わず母さんは言った。
「王弟エイブルにはこの村を襲う理由があります」
ローラさんが尋ねた。
「どんな理由なんだい?」
「…エイブル・ルタ・ルディーボ・シュマールはセラフの父親だからです」