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第46話 悲しい

〈セラフ視点〉


◇ ◇ ◇


 誰もいない草原を僕は一人ぼっちで走っていた。母さん、アビゲイル、デイヴィッドさん、ローラさん、リュカとジャンヌもオーマも誰もいない。僕は彼等を探して走った。


「母さん!!アビー!!」


 虚しく僕の声だけが草原に響く。走るのをやめて手を膝についた。すると僕の背後で物音がする。 


 ──母さん達だ!


 僕は笑顔となって後を振り向いた。しかしそこに見えたのは、大地より這い出てきた帝国兵達だった。腕や足が折れ、ゾンビのように顔色が悪い。


 僕は一歩後ずさると、また背後から物音が聞こえた。僕は後を振り返る。そこには僕を囲むようにして約2千人もの帝国兵が大地から這い出てくる。


「よくも……」

「殺したな?」

「許さない」

「お前を殺した後は」

「お前の家族も殺してやる」


 やめろ!!やめてくれ!!


 逃げ場を失った僕は、その場で踞った。そしてそんな僕をゾンビとなった帝国兵達が埋め尽くす。


◇ ◇ ◇


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 目が覚めた。僕の隣のベッドに母さんがいる。僕は心の底から安心した。大きな声で叫んだのに母さんが起きなかったのは、母さんも精神的に疲れていたからだろう。僕はベッドから出て母さんの寝顔を見た。僕のように──実際に見たわけではないがおそらく──苦しい表情を浮かべて寝ていた。


 僕は母さんのおでこに手を置いて、悪夢から解き放つ為に精神強化の付与魔法をかけようとした。勝手に悪夢を見ていると決めつけてしまったのは、僕が先程見た夢のせいである。しかし僕が手を置いただけで母さんの苦しそうな表情が和らいだのがわかった。


 僕は手をどけた。


 昨日、母さんは僕の様子が変だったと気付いていたと思うけど、どのようにして声をかけて良いのかわかっていない様子だった。なるべく普通に接しようとしてくれていたし「大丈夫だから」とか「安心して眠りなさい」とか声をかけてくれた。なにより母さんもこれからこの村がどうなってしまうのかと不安がっているようだったのに。


 僕と母さんはいつものようにベッドに入り、僕は悪夢を見て、覚醒した。早朝を迎え、オーマの朝食を用意しに、厨房へと向かった。すると階段下の部屋よりアビゲイルが出てきた。


「おはようセラフ」


「おはようアビー」


 アビゲイルもよく眠れていないのがこの挨拶でわかった。それはアビゲイルも僕を見て思うだろう。いつもと同じ朝の挨拶なのに、言い方が違うだけでこれほど相手の気持ちがわかるものかと思った。僕らはずっと一緒だったから。


「オーマの朝食を準備するつもり?」


「うん……」


 会話がぎこちなかった。すると騒がしくこの黒い仔豚亭に入ってくる者がいる。また帝国兵が襲ってくるかもしれないと言って、寝ずの番をしていたデイヴィッドさんだ。


「帝国軍が退却したぞ!!」


 デイヴィッドさんはそう言って、大きく広げた腕の中で僕ら2人を包むように抱き締めた。窓の外から王国騎兵隊の人達が行き交い、村人達に帝国軍退却の報を知らせるのが見えた。だんだんと外が賑わいだした頃に、デイヴィッドさんは僕らから離れ、階段下の部屋で先程までアビゲイルと寝ていたローラさんの元へと向かった。


 デイヴィッドさんの熱い抱擁から解き放たれた僕は、朝の冷たい空気に晒される。隣にいたアビゲイルがそんな僕の冷たい手を優しく握った。


 僕はアビゲイルの方を向むくと、彼女は言った。


「セラフ、ありがとう。それと…ごめんね……」 


「え?なんで謝るの?」


「だって、セラフが昨日から元気がないこと知ってたんだもの。それなのに私、セラフに声をかけられなかった」


 僕は謝るアビゲイルに何を言うべきか考えた。しかし自分の気持ちと自分の考えたアビゲイルの気持ちがごちゃごちゃと混ざりあって言葉にならなかった。


「セラフが悩んでいたのは帝国兵を殺してしまったから、だよね?」


 僕は無言で頷いた。うん、と返事をすることすら躊躇ってしまう。しかし僕は口にする。


「ぼ、僕が殺した…リュカを利用して……」


「そうだね…私と一緒……」


「…アビーと、一緒?」


「私もセラフを利用して帝国兵を殺してしまったわ」


「アビーは関係ないよ!!」


「関係ある!!私達、血は繋がってなくても家族でしょ!?セラフ1人に背負わせる訳にはいかないわ!!」


 アビゲイルの言葉を受けて、何故だか僕の頬に熱い涙が伝う。


「…あ、あれ……どうして……」


 僕は自分の身体に起きた出来事に戸惑いながら、涙を手の甲で拭う。


 そんな僕をさっきのデイヴィッドさんみたいにアビゲイルは抱き締めてくれた。前世の時、田中周作であった時に、こんな風に声をかけてくれる人は1人もいなかった。


 この世界に来て、母さんとデイヴィッドさん達と暮らせてとても幸せだった。しかしその幸せが陰る。あの頃には戻れない。僕は人をたくさん殺してしまったのだから。いや、あの頃に戻れないから悲しいのか?僕は殺めてしまった帝国兵のことについてはどうでもよかったのか?そんな思考が昨日からずっと渦巻いては消えていった。


 転生したことにより、母さんには怒られながらもその愛を実感していた。だから自分が犯した罪を家族に背負わせたくはなかった。だけどアビゲイルは家族だからこそ一緒になって背負うべきだと言うのだ。僕はそれが何より嬉しかった。


 迷惑をかけるのが嬉しいって変なことだよね?でもそれが凄く温かくて心強かった。


 僕はアビゲイルの胸の中で泣いた。膝をついて、アビゲイルは僕を覆うように尚も抱き締めてくれた。


「セラフ!?」


 2階から母さんが駆け下りてくる。そして僕とアビゲイルの輪に加わった。


「ごめんなさい、セラフ。お母さん勘違いしてた……セラフは帝国兵が襲ってくることに恐怖を感じているものだとばかり思ってた……でも違うのね……帝国兵を殺めてしまったことで悲しんでいたのね……」


 僕らは暫く抱き合った。母さんは言った。


「アビーもありがとう。セラフを見てくれて……」


「当然よ。私達家族なんだから」


 その言葉に母さんも涙を流した。すると僕らのやり取りを見ていたのか、隣にローラさんを伴ったデイヴィッドさんが言った。


「…セラフ、これは慰めになるかわかんねぇが、どの国の兵士も死を覚悟している。だから気にするな、とは言わねぇ。しかし気にされる程兵士はやわじゃねぇ。お前の悲しみは時として兵士を冒涜することもある。だから何故兵士は戦い、そして死んでいったのか。お前は何のために戦い、葬ったのか。そこを考えろ」


 10歳の子供にしては、難しすぎる問いだが、デイヴィッドさんは僕のことを子供扱いしていないのが伝わる。


「僕は…家族を、この村を守るために……」


「なら、外へ出てみろ。お前が守ったモノがそこにある。そして誇れ、自分を、戦いに散った兵士達を。お前が悲しむのであれば、破った者達の求めていたモノを確かめる義務があるんだ」


 僕はアビゲイルと母さん、そしてその後ろからデイヴィッドさんとローラさんと共に、帝国兵が退却してお祭り騒ぎとなっているヌーナン村の様子を見た。


 村人や冒険者、この村に残ってくれた騎兵隊の皆が互いに抱き合い、歓声をあげていた。


 ──僕が、守った人達……


 悲しみは消えはしなかったが、名状しがたい希望のようなモノが悲しみの隣で寄り添うのを感じられた。


「セラフッ!?」


 宿屋に向かってくるアルベールさんとセツナさんが見えた。ジャンヌがいない。


 ジャンヌはどうしたのかと尋ねようとすると、


「セラフ様ぁぁぁ!!」


 ジャンヌが上空より物凄い速度で急降下し、僕の前に跪いた。ジャンヌの後を追って強風が黒い仔豚亭の玄関を叩く。


 そんなジャンヌの後ろにアルベールさんとセツナさんがジャンヌの両後側に跪いた。


 ジャンヌが言う。


「此度の侵略戦争の黒幕がわかりました。つきましては、早速中で今後の動きについて相談したいのですが……」


 ジャンヌは顔を上げて、僕の背後にいる母さんとアビゲイル、ローラさんとデイヴィッドさんに視線を走らせてから、キョロキョロと首を動かした。誰かを探している様子だ。


 ジャンヌは尋ねる。


「リュカ殿はどこへ?」


 リュカさんはまだ階段下の部屋で眠っていた。 

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