第40話 兜を被った者
〈ジャンヌ視点〉
バーリントン辺境伯を捕らえ、その裏切りを白日の元に晒そうと、辺境伯の屋敷へ行ったことのあるアルベールとセツナを案内人として、その屋敷へ向かっている最中、帝国軍と王国軍が戦をしている現場を目撃する。
アルベールが言った。
「王国軍が押されてる?」
私は尋ねた。
「それは確かか?」
「いや、手前の戦況しか見えないから何とも言えませんが……」
私達の見ているのは王国左翼、帝国側から見れば帝国右翼の戦況である。
私は提案する。
「だったら王国に味方した方が良いんじゃないか?」
セツナが言った。
「しかし、少しでも早くバーリントン辺境伯の所へ向かった方が……」
「いや、結局はバーリントン辺境伯の裏切りをバーミュラーの者達に知ってもらうには、辺境伯の兵が裏切る瞬間を目撃させてからでないと意味がない。確かに早くに屋敷に着いた方が色々と状況を探ることができるが、見たところこの戦いは今始まったばかりのようだ。少しだけ王国軍の味方をしてこの戦況を有利にした方が我々が屋敷に早く到着するよりも利があるだろう」
セツナは言った。
「…しかし参戦すれば姉さんの顔がバレてしまいます……」
いつの間にかセツナもアルベールも私のことを姉さんと呼ぶようになった。
「確かにそうだな…少し待ってろ……」
「え?」
「ん?」
私は一瞬にして、乱戦の場へと向かう。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
「ぎゃぁぁ!!!」
「ひぃぃぃ!!」
「うわっ!?」
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
恐怖を打ち消そうとする雄叫びや恐怖に屈服する悲鳴が聞こえる。私はそれらを無視してこの乱戦の場に落ちていた王国軍のモノとおもしき兜を3つ拾ってアルベールとセツナの元へと戻った。
その際に、片腕を失くし、口と腹から血を流した兵と目があった。その兵は私に近付きながら言った。
「あぁ、あぁ……女神様だ……戦場の女神様がここにぃ!!?」
私は、その兵を無視してアルベール達の元へと戻った。
「あ!?」
「姉さん!?」
アルベールとセツナは突如として消え、突如として現れた私に驚いていた。
そして私は先程拾った兜を2人にそれぞれ渡し、自分の分を身に付けながら言った。
「何も帝国兵を全滅させる訳ではない。多少手助けするだけだ」
「全滅って……」
「流石の姉さんでも無理なんじゃ……」
アルベールとセツナはぶつくさ言っていたが、私達は王国左翼軍の元へと走った。
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〈帝国四騎士トーマス・ウェイド視点〉
兜を被り、私と相対しようとするその者は、ただ子供が棒きれを握るように長剣を握っていた。
初めこそ剣術の素人が戦場で得物を手にし、膨れ上がった破壊衝動と武功と言う名の欲望とが合わさった愚かな状態かと思ったが、それにしては先程例えた、子供が棒きれを握るように程よく力が抜け、決して欲望に溺れただけの戦場知らずとは言いがたかった。
私が長剣を握り直し、構えようとするとその者は突如として消え、気が付けば私の眼前に現れ、棒きれ、もとい王国製の長剣を振り下ろす。
「なにッ!?」
私は驚きと共に身体を左側に反らして、その一撃を躱し、直ぐ様飛び退いた。
咄嗟のことで体勢を崩しそうになったので草原に手を付きながら着地を決めると、兜を被った者は長剣を振りながら首を傾げている。
──危なかった!?
──何という素早さだ……
──しかし剣はてんで素人……
──身体強化系を扱う格闘家か?
──だとしたら何故長剣を持つ?
考察が終わり切らない内に、再びその者が長剣を握り直し、私を見やる。
──来る……
私はとある魔法を自分にかけた。これは保険であり、総大将という責務を完遂するための魔法だ。
戦場で聞こえる音が遠退いて聞こえる。兜を被った者と私だけの世界。
──良い集中状態だ……
私がそう胸の中で言葉遊びをしていると兜を被った者が消えた。
そうかと思うと、先程と同様にして眼前に現れ、剣を振り下ろす。
──同じ手に何度もかかると思うなよ!?
私は振り下ろされた剣に合わせて、握り締めた長剣をぶつける。兜を被った王国兵の剣は両断され、切先部分がクルクルと回転しながら上空へと舞った。
「終わりだ!」
私は自慢の長剣でその王国兵に止めを刺そうとしたが、その王国兵は、剣を握っていない方の手を掲げている。
──魔法兵か!?
──剣は偽装!?
──魔法隊の生き残り!?
その王国兵は魔力を練り上げる。
「ッ!?」
ゾワリと寒気がした。
その時、先程私が保険でかけていた魔法が発動する。私の周囲に風が舞い、私を後方へと強制的に退却させる。私が恐怖を感じた瞬間に発動する緊急脱出用の魔法だ。
この軍の総大将である私が、このような所で討たれる訳にはいかない。先程危機を感じた際に、同じことが起きぬようこの魔法をかけてよかった。(過去にこの保険を脱出専用ではなく、攻撃魔法にすることはできないかと苦心したが、敵を葬れる程の魔力を自身に刻み込むこと等できはしなかった。)
私は遥か後方へと飛んだ。兜を被った王国兵は、追撃せずに私を見てはいたがとうとう標的を変える。私は自陣へと戻る途中、上空より先程の戦場である右翼の全体の様子を眺めた。
あの兜を被った王国兵の他に2人程手練れがいる。同様にして兜を被り顔はよく見えないが、戦闘の姿勢からして1人は剣士であり、もう1人は魔法詠唱者であることがわかる。
この3人によって優勢であった右翼が持ち直された。
私は中央の自陣へと戻り、伝令係より魔法隊によって左翼の騎馬隊が壊滅的であるとの報告を受けた。中央にいた歩兵隊は私のいた右翼側に向けて前進したことから右翼の戦況はマシだった。しかし左翼方面にいた歩兵の被害が大きい。
──それに右翼にいたあの3人の王国兵……
もう夜だ。戦況を5:5に調整したかったが、4:6、いや多く見積もって3:7の割合で我が軍が劣性である。主力である魔法隊と私直属の騎兵隊を温存しているからといっても、あまり良い状態ではない。
「全軍に告ぐ、自陣へと戻り、明日の朝再び会戦する!!」