第39話 乱戦
〈四騎士トーマス・ウェイド視点〉
夕焼けに染まろうとする空、これから夜の帳が降りるのを待ち、疲弊した身体を癒す準備をする時刻だ。
しかし我々は馬で駆けた。
馬の激しい呼吸。後ろから付いてくる部下達の武威を示す雄叫び。力強く草原を疾走する振動と私の心臓の脈動が一致する。
──あぁ、たまらん!!
私は先頭を駆け抜け、横に広げた陣形の右翼より、同じく横に広がった王国軍の左翼に向かって突進した。
王国軍の歩兵隊は盾を構え、その背後には馬に乗った騎兵隊がいる。
「盾に突っ込むぞぉ!!」
私はそう言って、握った長剣の切っ先を盾を構える王国歩兵隊に向けた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「どぉりゃぁぁぁぁ!!!」
怒号にも似た雄叫びで我が騎兵隊が呼応する。すると王国軍の盾を構えていた兵が左右に別れ、背後に隠していた兵達を露出させた。
──現れたか!?魔法隊!!
凡そ百の魔法隊が杖を構え、魔力を漲らせた。そして一斉に詠唱する。
「「「ファイアーボール!!」」」
無数の魔法陣が空中に描かれ、その中心より火の球が我が騎兵隊に襲い掛かる。私は向かってくる火球から目を反らし、反対側の左翼に一瞬だけ視線を向けた。
向こうも同様に火の球が放たれている。
──魔法隊を両翼に散らしたか……
私は直ぐに視線を戻し、握った長剣を胸の前で立てるように構え、魔力を練る。
空より降る火球に向かって手を翳し、私は魔法を唱えた。
「ウィンドスラッシュ」
空に颶風を巻き起こし、火球をかき消した。本来ならばこれを正面の魔法隊にぶつけ、殺戮を図っても良かったのだが、私より後ろにいる騎兵隊が火球の餌食になってしまうのを避けた。長期戦に持ち込みたい私はそれを良しとしない。右翼の騎兵隊を生かす選択肢をとる。
代わりに左翼の騎兵隊は予想通り火球に当たり、続く弓矢隊の攻撃にあっている。魔法隊の火球と弓矢隊の矢を同時に放てば、矢が焼失してしまうからだ。対してこの右翼は突如発生した風により、追撃の矢は射出されなかった。私の起こした風に煽られ、矢の威力が半減すれば致命傷にならず、矢を無駄に消費してしまう。勿論私は、これらを予期してウィンドスラッシュを上空に向けて唱えたのだ。
急いで魔力を込め、再び火球を放とうとする王国軍の魔法隊目掛けて私は言った。
「突撃ぃ!!!」
馬は魔法隊を文字通り蹴散らし、馬上より剣や槍で王国左翼を撃滅していく。そして早々に魔法隊の奥にいた王国騎兵隊とかち合った。馬同士、人間同士がぶつかり合い、鈍く、思わず目を瞑りたくなるような音が響いた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ぐぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うわぁぁ!?」
乱戦となったこの場では馬上よりも地に足をつけた方が戦いやすい。私は馬から降り、踏み荒らされ、血を浴びた草原に立ち、向かってくる王国兵達を相手取る。
正面から馬を走らせ、馬上より私に狙いを定めて槍を突いてくる王国兵がいる。私は首を傾げ、突かれた槍を躱し、すれ違うようにして駆け抜ける騎兵を、長剣を振り上げて馬もろとも跨がった兵を両断した。
それを見た部下である帝国兵達が歓声を上げ、王国兵は息を飲む。
私の実力を目の当たりにし、臆した王国兵達だが、ここは戦場であり、乱戦の場だ。異常な殺意と恐怖に支配された両国の兵達はなりふり構わず各々の敵軍の兵に攻撃してくる。
私と目があった王国歩兵は目を血走らせながら走り、剣を振りかぶる。対して私は歩いてその王国兵との距離を詰める。王国兵は振り上げた剣を私の脳天目掛けて振り下ろそうとしてきた。
私はその振り下ろされる剣を、歩む速度を全く落とさずして半身となって躱し、長剣の切先をその王国兵の喉元目掛けて突き刺した。そしてすれ違い様に斬り払うようにして長剣を抜く。貫いた首元から鮮血が霧のように吹き出し、辺りを彩った。そして次は2人の王国歩兵だ。2人同時に剣を振るう。右側の歩兵は剣を振り下ろし、左側の歩兵は剣を振り上げる。
──遅い……
私は2人の間を通り抜け、その間に2人を斬り裂いた。2人の歩兵は私を見失い、辺りを見回すが、動きが止まり胴体がズレ始める。ドサリと音を立てて草原に横たわった音が聞こえた。私は彼等の死体を見ずして、次の相手を探した。
しかしこれまでの戦闘を見てか、ようやく王国兵達は私と距離を取り、陣形を整え始める。私を中心に円を描くようにして取り囲んできた。私の持つ長剣よりも長い槍を構えている。
全員が一斉にその槍を突いてくるつもりのようだ。
すると馬上より手を挙げた男が掛け声と共にその手を振り下ろす。
「やれぇぇ!!」
案の定、私を囲んだ槍兵達は一斉に中心にいる私目掛けて槍を突く。しかし私は前もって込めていた魔力を解き放ち、その場で横に1回転しながら剣を振り払う。
「フラクタスウィンド」
鋭利を帯びた風が、王国兵の槍を破壊し、そのまま私を取り囲む槍兵を切り刻んだ。そして馬上から命令していた、この王国左翼の将とおもしき人物に向けて私は駆け出す。
狼狽える馬上の将と距離が詰まり、そこから私は馬上の将に向けて跳躍した。空中で剣を振り払い、着地する。
馬上の将の首は跳ねられ、その首が草原に落ちた。そして首より下の胴体はその首よりも少し遅れて草原に落ちる。
──これで、我が右翼は優位に立ったか?
──一度下がって左翼の状況を確認しよう……
私に恐怖した王国兵達は攻めあぐねている。
「その額当て……」
「て、帝国四騎士のトーマス・ウェイド!?」
ようやく私のことに気が付いたか。
「そうだ。私がこの軍の総大将だ」
何人かの者達は私を倒せば、この戦いは終わり、武功を上げることができるとのたまっていた。しかし先程の戦闘を目の当たりにして誰も向かっては来ない。
──楽しむのはここまでか……やはり、一度戦況を把握しよう……
私は踵を返し、自陣へ戻ろうとしたその時、背後より草原を踏み締める音が聞こえた。
「そうこなくては……」
私に挑もうとする蛮勇に目を向けた。
「?」
その者は兜を被り、顔が良く見えない。身長は高く、線が細い。まるで女のようだった
──長剣を下に向けるようにして構えている?いや、ただ握っているだけか?
この戦争で武功を上げたい、ただの世間知らずの若者のようだ。
私は戦況を確認するという作戦を捨て、もう少し王国兵を削る作戦に移行した。




