第35話 進軍
〈帝国四騎士トーマス・ウェイド視点〉
昨夜国境を越えた帝国兵が、国境付近にあるヌーナン村に夜襲をかけた。付近にあると言っても国境を越えてから結構な時間がかかる。目的である小都市バーミュラーが、国境を越えて凡そ北に位置するとしたら、ヌーナン村は北東に進んだ地点にある。国境とヌーナン村、そしてバーミュラーを線で結べば、ちょうど三角形を形作る位置関係にあると言えるだろう。
ヌーナン村の作戦が成功しようが失敗しようが、我らにとってあまり関係がなかった。
というのもあそこは魔の森に近い村であり、冒険者が寝泊まりしている。そんな冒険者すら皆殺しにするよう命令してあるのだ。
もし成功すれば行方不明者として必ず冒険者達の仲間が捜索願を出すだろうし、冒険者ギルドが異変に感じる筈だ。またヌーナン村を占拠すれば新たな冒険者が魔の森のクエストをするためにやって来る。ヌーナン村が帝国に占拠されたのが知れ渡るのは時間の問題だ。
失敗したらしたで、その情報がバーミュラーに行く。それはそれで構わない。そうなればバーミュラーから見て西にいるバーリントン辺境伯の裏切りに目がいかないだろう。
もとよりバーミュラーを攻め込む為にこれまで秘密裏に準備をしてきた。帝国に潜り込んだシュマール王国の密偵を騙したり、商人の馬車を装い兵站を運んだりと宰相閣下はよく働いてくれた。
ヌーナン村を襲った暗殺者達から何の報告もないが、戦争においてこのような問題はよく起こることだ。だからこそ成功しても失敗してもどちらでも利がある作戦を立てたのだ。私は今一度、ヌーナン村襲撃に際しての連絡が来ていないか尋ねた。
「いえ、何も来ていません!」
「わかった」
私はそう言って、2万の軍勢に向かって声を飛ばした。
「これより!シュマール王国との国境を越え、小都市バーミュラーに向けて進軍する!!」
2万の軍勢は各々の持つ武器を掲げて私の言葉に呼応した。
「おおおおおおおおおおお!!!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
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〈シュマール王国で帝国との国境を警備している警備兵クラウス・ホッペ視点〉
いつもと変わらない風景が目の前に広がっていた。僕はこの代わり映えのしない風景に安堵している。
何故なら、昨夜400人近い帝国兵がこの国境を越える夢を見たからだ。
しかしいつもと変わらない風景といつもと変わらない職場がある。
──あれは本当に夢だったのか?
僕は直ぐに同期のグリムに昨日見た夢を、夢とは言わずに話してみた。そうすればグリムにも思うところがあればこの話に乗ってくれると思ったからだ。
しかし、
「相変わらずお前は臆病だな?どうせ夢でもみたんだろ?」
「うっ、うるさいな!本当に見たんだよ」
馬鹿にされるのはいつものことであるが、自分でも夢だと思うなどとは言わずに、少しでもグリムに反抗しようと本当に見たと言ってしまった。でも何だか昨日見た夢は現実味を帯びていた気がする。グリムは言った。
「じゃあどうしてお前は、帝国兵が来たってのに誰にも報告しないで寝ちまったんだ?」
「そ、それは酷い眠気が襲ってきて……」
「国の一大事なのに眠っちまったってか?ったく臆病なんだか、神経がふてぇのかわかんねぇな!?ハハハハハハ」
確かにそうだ。国の一大事なのに僕は眠気に勝てなかった。グリムが笑っている背後から先輩が声を掛けてきた。
「よぉ、お前ら」
僕らは振り返って挨拶をした。そして僕は昨夜のことを先輩にも訊こうとしたが、先輩に先を越された。
「俺とアドラーは今日限りでこの国境警備の任から異動することになった」
アドラーとはこの先輩の同期に当たる人だ。つまり、僕らの先輩だ。グリムが言った。
「え!?異動先はどこなんですか?」
「こんな辺境の地じゃなくて内地だ。俺とアドラーも王都の役人として働くことになったんだ」
「良いっすねぇ~。あぁ、俺も王都に行って綺麗なお姉ちゃんのいる店に行ってみたかったなぁ」
「ハハハハハハ!そうなれるようにお前らも頑張れよ?」
「はい!」
「は、はい」
僕は綺麗なお姉ちゃんはあまり興味はなかったが取り敢えずグリムに倣って返事をした。そして昨夜の質問をしようと先輩の顔に視線を向ける。
「昨日の夜──」
僕は途中で質問するのを止めた。何故なら先輩の顔が恐怖によってひきつっていたからだ。
「ど、どうしたんですか!?」
先輩は震えながら言った。
「う、嘘だ……」
グリムが尋ねる。
「何がです?」
先輩は僕らの背後、ヴィクトール帝国領を震えた指で示す。
僕らは急いで後ろを振り返った。
土埃が大量に舞っていた。そして昨日の夢とは違って万の軍勢がシュマール王国を侵略せんと押し寄せているのがわかった。次第に地響きと雄々しい声が聞こえてくる。
僕とグリムの足が震える始めた。
「な、なんで!?」
グリムの疑問に被せるように先輩が溢した。
「は、話とちげぇじゃねぇか……」