第34話 襲撃を終えて
〈セラフ視点〉
まだ外は暗く、これから徐々に明るくなるであろう早朝に昨夜起きた出来事を僕らはジャンヌの口から聞いた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「あ、おかわりいただきます♪︎」
リュカが呑気にご飯を食べている横で、気まずそうに黙ったまま俯くアルベールさんとセツナさんがいた。
僕らは信じられないような話に沈黙した。デイヴィッドさんが口を開く。
「にわかには信じがたいが、本当なんだなアルベール?」
アルベールさんは頷いた。僕は寝ていたせいで昨夜のこと等全く気が付かなかった。ジャンヌやリュカがいなければ、一体何人の犠牲者が出ていたのかわからない。
僕らは再び黙った。僕もそうだが、まだ信じきれていない。この沈黙を埋める為にジャンヌが声を発する。
「この冒険者とセラフ様は親しい間柄だと存じておりました。それ故、この事は内密にしようかと思いましたが、このヌーナン村を襲撃した後のヴィクトール帝国の動きが気掛かりでしたので、皆さんに共有した次第でございます」
デイヴィッドさんが尋ねた。
「帝国の動き?」
ジャンヌは答えた。
「はい。このヌーナン村の襲撃を成功させたと仮定した際、帝国兵がこの村を占拠し、小都市バーミュラーを攻め落とす、とのことでした」
デイヴィッドさんやローラさん、母さんにアビゲイルは驚きの声を上げた。確かに驚くべきことだ。しかし僕はジャンヌの言葉通り、あの優しいアルベールさんが僕達を殺そうとしていたことにショックを受けていた。
デイヴィッドさんは再び尋ねる。今度はアルベールさんに対してだ。
「アルベール?この作戦が失敗した場合、次の動きはどうなるんだ?帝国は?王国を裏切ったバーリントン辺境伯は?」
「し、知らねぇ。失敗するなんて思っていなかったからな……」
アルベールさんの最後の言葉で僕は寒気をもよおす。
ジャンヌは説明した。
バーリントン辺境伯は南の帝国との国境を防衛する役割を担っていたのだが、数年前その片翼であるバーミュラーの街をインゴベル国王の命令によって小都市と指定され、自治権を奪われたのが裏切りの動機となったらしい。
それを聞いたローラさんが補足する。
この村から西方面に見えるトラヴェルセッテ山脈がヴィクトール帝国とシュマール王国の国境ラインであり、バーリントン辺境伯はその山脈を越えて帝国が攻め込んで来ないか常に監視しているとのことだ。
天にも昇るその山脈であるが、その両端は比較的登りやすく、そこから商人や冒険者はヴィクトール帝国に、或いは帝国人はシュマール王国に入国できるようになっている。今回その東側──僕らの村が近くにある国境──から帝国兵が越境し、僕らのヌーナン村を襲おうとしていたようだ。
インゴベル国王陛下は、その山脈の両側、東西を監視しなければならないバーリントン辺境伯の負担を軽くするつもりであったようだが、それが逆に彼のプライドを傷つけてしまったようだ。バーミュラーの小都市を帝国に攻め落とさせ、バーリントン辺境伯は自分の領地とバーミュラーを帝国領として認めながらも自分のモノとして取り戻すつもりだったらしい。
──そんな理由で僕らは皆殺しにされかけたのか……
ジャンヌは言いにくそうな口調で言った。
「このヌーナン村襲撃はあくまでも作戦の一端です。このヌーナン村襲撃作戦が失敗した場合、その報告がバーリントン辺境伯と帝国は勿論、シュマール王国にも届けられる筈です。しかし今回我々のせいで、この3陣営に何も情報が届かないようになってしまいました」
暫し間が空いたのでアビゲイルが口を開く。
「そ、それって良いことなんじゃないの?」
ジャンヌが言った。
「失敗したらしたで色々な情報が色々な形でバーミュラーに届いていたかもしれないのです。そうであれば、バーミュラーは何か対策を講じられた筈です。しかし今回は我々のせいで何も起きていないことになっております」
「だ、だったらバーミュラーの都市長様に今回のことを伝えれば──」
「そうしたいのですが、誰も信じてはくれないでしょう。400人の帝国兵を生きたまま捕らえておけば……」
ジャンヌの嘆きは、僕を少しだけ悲しくさせた。今の発言は400人の帝国兵を皆殺しにしたということに他ならない。しかしジャンヌやリュカを僕は責められない。彼女達がいなければこの中の何人かが死んでいてもおかしくはなかったからだ。
母さんやアビゲイル、デイヴィッドさんやローラさん、リュカにジャンヌ、ハザンさんにルーベンスさん達が傷つけられ、殺されれば僕はリュカを食べていたホブゴブリン達のように帝国兵やアルベールさんを殺していただろう。
デイヴィッドさんは言った。
「いや、ジャンヌ。例え400人の帝国兵を生かしたまま捕らえたとしても、ジャンヌやリュカを危険視する貴族連中がきっと現れる。それも味方の筈のシュマール王国陣営にな」
デイヴィッドさんの物言いは何か、説得力があった。この時ローラさんの目線がデイヴィッドさんの義足に注がれていたのを僕は見流さなかった。
デイヴィッドさんは続ける。
「お前達のしてくれたことは、正解だ。何よりこれから正解にしていけば良い」
「どのようにしてでしょうか?」
「帝国の動きを読むんだ。アイツらはこの村の襲撃が失敗し、或いは何の報告もない状況でどう動くと思う?」
ジャンヌは答える。
「密偵をこの村に送ると思うのですが……」
「いや、違うな。この村を襲うのはバーミュラーを攻め落とす為の準備に過ぎない。戦争は早さが肝心だ。一度進んだ作戦を簡単に止められる程軽いもんじゃねぇ。この村の襲撃に失敗した場合、小都市バーミュラー側は帝国に対して何かしらの対策を講じる筈だ。そうなればバーリントン卿の折角の裏切りを有効活用できなくなる恐れがある。それに時間をかければ400人の帝国兵が国境を難なく越えていることについて追及されるかもしれない」
「ということは……」
「ああ、今日中に軍を引き連れて戦争を仕掛けて来るだろうよ」
魔の森のリディア・クレイルといい、今回のことや帝国のこと等、問題が山積みだ。
さて、僕らは今後どう動こうか?