第3話 リンゴ
〈セラフ視点〉
僕は修道院へ訪問する度、疑問だった。僕が前世に信じていた神と、この世界の神は違うからだ。
というか転生という概念は僕の信じていた宗教とはまた違う。しかし僕の身に降りかかったこの転生という出来事は神の御業でないならば、一体なんだというのだ?
よくある転生モノのアニメやラノベは神様や女神様と対面するシーンがあったりするが、僕は神様に会っていない。ちなみにこれらの読み物は勿論前世の両親からは禁書として扱われていた。
修道院に入るとそこには大理石のような石でできた女神像が置かれている。僕のこの付与魔法はこの世界の女神様による力なのか、それとも僕の前世で信じていた神がもたらした力なのかわからない。もしかしたら僕の信じた神とこの女神様は同一の神様なのではないかと最近では思うようになった。
だから僕はこの女神像に祈った。今、幸せに生きていることと、この力を与えてくださったことに。
「おぉ、セラフか……」
修道司祭様が僕に声をかけた。
修道院では教会と違って自給自足による経営が基本であり、農業とあわせてエールも作っているのだった。
僕は言った。
「おはようございます修道司祭様。今日もいつものエールを買いに来ました」
司祭様は僕を裏へと案内してくれた。既にエール樽を裏口に4つ用意してくれており、僕はお金を払った。
そして4つある樽の1つを抱えた。
「おお、毎度不思議なことだ……」
実はこの時僕は付与魔法を使っていない。本当なら付与魔法を使って身体強化をすればこの樽を4つ重ねてもそれらを軽々と運ぶことができるのだが、それをすると目立ってしまうし、魔力の枯渇によって実験ができなくなってしまう恐れがある。
──ただでさえ、リュカを捜索するために魔力を使うのだから今は節約しなくては……
付与魔法には多くの可能性が詰まっていた。
身体強化、精神強化、魔力強化、この内の身体強化はその者を強くするだけでなく傷を癒す効果もあるのではないかと僕は考えている。また、魔力の枯渇は毎日付与魔法を使用することによって日に日に感じなくなっていた。筋肉トレーニングのように魔力トレーニングを行うと、魔力量が増えるのだと僕は結論付ける。
それと僕は付与魔法の実験を繰り返すことでこの魔法の恐ろしさを感じていた。
例えば使わなくなったデイヴィッドさんの包丁を持ち出して、村を抜け出し、母さんから行ってはいけないと言われている魔の森まで行った際に、その包丁に魔力を込め、魔力が定着した包丁に、更に魔力強化の付与魔法をかけて、木の幹を傷付けるつもりで振り払ってみたのだけれど、その木は傷付くどころか両断してしまったし、岩ですらも同様にバッサリと切れてしまう。身体強化による打撃なんかも、あまりの威力に周囲の人からは地震だと思われてしまう程だった。効果の持続時間もこんな実験を繰り返していると半日は持つようになってしまったし、身体強化をかけていないのに、その力が僕に蓄積しているような感覚があるのだ。だからエール樽を付与魔法なしで楽々と運ぶことができる。
また、いつだったかリンゴの木に付与魔法をかけて木の成長を促し、再び木に果実を実らせようとしたが、リンゴが他家受粉──別の個体の花のめしべに花粉が付着しなければならない──することを忘れていた為、ただ木を大きくさせるだけにとどまってしまった。そしてそのリンゴの木は大きくなったは良いが、成長する為には回りの木の栄養まで吸いとってしまうことに気が付き、僕はリンゴの木にかけた付与魔法を直ちに停止させた。そして早い内に伐採した。勿論付与魔法をかけた包丁で。
あのリンゴの木は大地の景色を変えてしまう程の力があった。僕は興味本位で気軽に実験するのをあれ以来控えていたがしかし、最近またとある実験を行っていた。
あの伐採したリンゴの木を使って小さな小屋を建て、そこに麹菌や酵母を繁殖させているのだ。
僕は前世で、宗教のせいかオーガニックを好む家庭で育ち、種麹や酵母を作った経験があったのだ。幸いこの世界のこの地域は稲作が盛んで、稲玉を手に入れることができた。その稲玉と灰と蒸した米を使えば種麹を製作できる。それを使えば醤油や酒、味噌等、日本料理に欠かせない調味料を作ることができる。
種麹の様子を見ようとしたがしかし、先ずはいなくなったリュカの捜索をしなくてはならない。これも付与魔法を自身に使って感覚を強化させて捜索するつもりである。
さて、僕はエール樽を1つずつ、修道院から4往復して運び終え、母さんから許可をもらってリュカの捜索に出ようとしたその時、隣の牧場から助けを呼ぶ声が聞こえた。
「お~い!!誰かぁ~!!」