第29話 戦闘準備
〈セラフ視点〉
バキッと音を立てて木のスプーンが割れた。「あれ?」とハザンさんが首をかしげている。
──これで何度目だ?
僕は不思議に思った。ハザンさんは大きな声で言った。
「最近よぉ、身体の調子が妙に良いんだ!畑仕事もいつもより楽だしよぉ!これもマリーちゃんのおかげかな!?ダーハッハッハッハ!!」
ハザンさんはそう言って僕の母さんに絡んでいる。そして大工のトウリョウさんはハザンさんに言った。
「実は俺もよぉ、今日ここの床直して壁の建造をしてたんだが、まったく疲れねぇのよ!」
トウリョウさんとハザンさんは昨日の柄の悪い冒険者達を撃退したことにより元々顔見知り程度の関係だったが意気投合したらしい。
そしてこの2人の疲れ知らずは、実は2人に限ってのことではない。デイヴィッドさんやローラさん、母さんにアビゲイルまでもが同じ様な状態なのだ。
これは、いよいよ悟らねばならない。
おそらく、この原因は僕の作った料理を食べていることにある。僕はこれと言って意識的に付与魔法をかけながら料理をしている訳ではない。しかし彼等に何かしらの影響を与えていることは確かなのだ。それは調理をしているからなのか、保存の為の付与魔法がかかった食材を彼等が食べているからなのか、それともその両方に原因があるのかわからない。
──アビーが風邪を引いたのも僕の料理を食べて一種の魔力暴走を起こしたからなのかもしれない……
今日の営業は、魔の森の調査に来ている冒険者達で相変わらず多いが、昨日のような騒ぎは起きずに閉店時間となった。喧嘩1つ起こらなかったのはハザンさんやトウリョウさんがいるからなのだろうか?
お客さんは帰り、宿泊客は2階の宿部屋に入る。僕らは締めの作業をして、寝た。
今日は僕が自分のベッドを利用して、ジャンヌが床だ。
─────────────────────
─────────────────────
〈ジャンヌ視点〉
セラフ様に人間にしてもらってから数日。この宿屋の仕事にも慣れてきた。文字や算学をローラ様より学び、仕事をマリー様とアビゲイル様から学んだ。特にアビゲイル様からは力のいれ具合をセラフ様から学ぶようにと命じられ、最近は人間の女性のように振る舞うことが出来てきた気がする。
宿部屋と1階の酒場の清掃。それが終わればセラフ様の護衛とお供。この時間が何よりも幸せだった。
グリフォン時代の私は出来損ないで、何をしても上手くいかなかった。皆が普通にやっていた狩りや風属性魔法が上手く唱えられずに周囲から蔑まれていた。
群の中で自分の存在意義を示せないモンスターは、そこから出ていかざるを得ない。私がこの歳まで群の中に入れたのは群のボスであった母の存在のおかげだ。しかし新しくボスとなった今のグリフォンが母を殺した。
一対一の戦い等ではなく、一対多数の卑怯な戦いだった。私も母に加勢したが、出来損ないの私が戦力になることもなく。呆気なく敵の風属性魔法によって怪我を負ってしまう。そして母が私の目の前で殺された。しかし母は最後の力を振り絞って私を風属性魔法で遠くへ飛ばして逃がしてくれた。
こんな出来損ないの私を最後まで生かそうとしてくれたのだ。母の魔法によって私は、魔の森最深部から抜け出し、魔の森の中間部まで逃げおおせた。しかし傷を負っていた私は近くにいたリディア・クレイルによって精神支配を受ける。
何とか抵抗していたが怪我と疲労と眠気によって徐々に精神が蝕まれていった。丸1日程私は精神支配に抗っていたが、そこにアーミーアンツがやって来た。最早抵抗する力もないと悟ったその時、リュカ殿とセラフ様が助けてくれたのだ。
傷を癒してくれただけでなく、力を与えて下さった。この力があれば、あの母を殺したグリフォンに負けることはない。しかし復讐など母は望んでいない。私を風属性魔法を使って逃がしてくれたのは復讐させる為ではない。私に生きていてほしいからだ。
──母さん……私は今とても幸せに暮らしております。
セラフ様の護衛はつい緊張してしまうが、あの御方はそんな私をいつも気遣ってくれる。私のことを家族だと言っていただいた際は、今まで感じたことのない多幸感に包まれた。
それにデイヴィッド様やローラ様もマリー様もアビゲイル様、リュカ殿にオーマ殿も皆優しく、私を無条件で受け入れてくれた。こんなにも居心地の良い空間があるのかと私は心の底から感動していた。
もしこの宿屋やセラフ様とこの家族達を不幸にするような輩が現れたら私はソイツを許さないだろう。
──この前のような冒険者が現れれば、セラフ様の目の届かないところで処分すべきだ……
酒場の営業も終えて、セラフ様はベッドへ、私は床で眠りにつく。
村が、皆が、寝静まった。魔の森ではこんなに静かな時を過ごしたこと等ない。常に神経を尖らせ、夜行性のモンスターの移動する音や他のグリフォン達の動き、遠くで争うような音が聞きたくもないのに聞こえてきた。陰口に怯え、いつ危険なモンスターに襲われるかわからない夜を過ごしていた。
そのお陰なのか、風属性魔法を使って遠くの音や魔力の反応を無意識的に拾ってしまう。
そんな私の神経が、とある音と殺気だたせた魔力を察知する。
ここから遠く離れた場所から大勢の人達がこちらに向かって来ている。馬に乗っているような速さだった。私は直ぐに起き上がり、セラフ様を見る。
くかー、と寝息を立てて眠っている。
──なんと愛らしい……
私はセラフ様の天使のような寝顔を見てから、扉を開けて、部屋から出た。宿泊客も殆どが眠っている。私は音を立てないように外へと出る。
すると外にいるオーマ殿も何かを察知しているのか起き上がり、私と目を合わせた。それからリュカ殿もアビゲイル様達の部屋から抜け出して外へとやって来る。
「ジャンヌちゃん達も何か感じるの?」
私は答える。
「ええ。北からおそらく60数名がこの村に押し寄せています」
「凄い!よくわかるね!」
「わん!」
──まさか私のこの臆病な感知能力が誉められるとは……
リュカ殿とオーマ殿に誉められると何だか嬉しかった。私は照れて後頭部をかくと今度は南から同じくらいの人間達と馬の気配を感じた。私が言わずともリュカ殿とオーマ殿も南を見やった。
「こっちからも……」
「ええ。こちらは50名ほどがやって来てますね」
──確か南は帝国の領土の筈だが……
「どうする?どうする?」
リュカ殿は棍棒を持って足踏みをし始めた。その頃、北からやって来る者達が二手に分かれたのを察知する。30人はそのまま北から、もう30人は西へと向かう。一方、南の帝国のある方角からやって来る者達も二手に分かれ、南に20人が残り、もう30人が東へ陣取ろうとする。
私は言った。
「囲むつもりですね。しかし南と東は勢力が少ない…いや……南の残った20名のその更に奥からもっと大勢の気配を感じますね……なるほど、見えてきました」
「何が?何が?」
リュカ殿の問いに私は答える。
「村を囲み、村民の士気を落とすのが目的でしょう……北と西が本命で、南と東は見せ掛けです。しかし南には更なる勢力を隠している辺り、念入りに計画が練られている可能性がありますね……」
「ん?」
「わん?」
リュカ殿とオーマ殿は首をかしげる。
「まあ、良いでしょう。全員蹴散らすまでです。リュカ殿は北、私は西を担当しながら南にも注意を払います。オーマ殿は南からやって来る勢力をお願いします」
「は~い!」
「わん!」
リュカ殿は返事をしてから私に尋ねた。
「あれ?東はどうするの?」
「東は問題ないでしょう」
それぞれが担当する方角へ私達は散った。私は村の西へ走しり、村と十分距離をとって立ち止まる。
リュカ殿もオーマ殿も位置に着き、この村に仇なす愚か者達を迎えた。
私の前に現れた30人の愚か者の先頭にいるのは、『黒い仔豚亭』に来たことのある冒険者達だった。
──リーダーの男の名前は確かアルベール……そういうことか……
アルベールが言った。
「おいおい、誰かと思ったらあの宿屋の給仕じゃねぇか!?」




