第28話 不穏
〈セラフ視点〉
これからどうなってしまうのか僕にはわからなかった。
次の日となり、僕はオーマに朝食を与えると朝早くに訪問者がやって来た。
大工のトウリョウさんだ。
「セラフ、昨日はすまんかったなぁ」
トウリョウさんはそう言って後頭部をかいた。昨日トウリョウさんが冒険者をぶん殴って空いてしまった床の穴の修理をしに来たとのことだ。防壁のほうは弟子のシデさんに任せたらしい。僕は言った。
「昨日は凄かったですね?昔トウリョウさんは冒険者かなんかだったんですか?」
「いやぁ~、それがよぉ、俺は昔っから大工一筋でよぉ。昨日シデに言われて俺が冒険者の若造を床に埋め込んだなんて聞いてこっちが驚いたってもんよぉ~。それよりも今日もあの旨いカニの刺身ってヤツはあんのか?」
カニ=ランドクラブなんて説明はしていない。カニの刺身はまだ確かに残っているが冷蔵庫のないこの世界で、刺身の鮮度を維持するのは至難の業である。僕は付与魔法を使って水を凍らせて、即席の冷凍庫を作り、そこに保存している。
トウリョウさんはカニの刺身がすっかり好物になったようだ。
「今日でカニの刺身は終わりにして、明日コロッケの中にでも入れようかと思ってるんですよ」
「おいおい、それも旨そうだな!!」
「だからなるべく早く床を直してくださいね♪︎」
「わかったぜぇ!」
トウリョウさんと別れた僕は醤油の作成をしてから、今度はアーミーアンツ達から情報の提供、モンスターの肉と素材をもらいに行く。この時、またランドクラブがいたら採ってきてほしいと頼もうか。
魔の森へ行くまでの間、僕は考えた。昨日の冒険者の一件についてだ。
あの冒険者達には腹が立ったし、この後の処分がどう成されるのかも気になる。仮にあの冒険者達がこの宿屋やこの村に悪評を立たせて、横暴な者達が数多く現れたらどうしようか。僕の家族達を傷付けたらその時は、僕は何を想い、どう行動するのだろうか。想像するだけで胸が締め付けられるような感覚に陥る。
でもきっとアルベールさん達が上手いことやってくれるだろう、と僕は楽観的に考えた。
この先家族達に起こる事やこの村に起こることも確かに気になるのだが、昨日起きたこともまた気になる。それは農家のハザンさんとさっきの大工のトウリョウさんについてだ。
──モンスターが蔓延る世界なんだ。自分の身は自分で守るのがこの世界では当たり前なのだろう……それにしてもあの冒険者達、弱すぎだよね……
僕は数体のアーミーアンツの前へと赴き、そのアーミーアンツを介して女王アリと通信する。
数多くの冒険者が魔の森に入り、森の生態を調査しているが、アーミーアンツ達が上手く立ち回って今まで通りの正常な魔の森を演出してくれていることを確認した。僕や女王アリはアーミーアンツの行動範囲である魔の森の中間部よりも奥から来る討伐難易度の高いモンスターによる侵攻やハルモニア3大楽典のリディア・クレイルが何かをするのではないかと心配していたが、何も起きていないとのことだ。
それがまた不気味で、何も起きていないと僕らが思っている裏で実際には何かが着々と進行しているのではないかとつい考えてしまう。
しかしその為の防壁の建設であり、アーミーアンツ達との定時連絡を実行しているのだ。
そして今日も何事もなく営業を迎える。僕は宿屋へと戻った。
──あ、床が直ってる……
─────────────────────
─────────────────────
〈冒険者アルベール視点〉
俺達は今日、魔の森の調査をしてから、村長の所有する地下牢の中で監禁している3人の冒険者を引き取り、連行する。冒険者ギルドのある街、小都市バーミュラーへと向かった。
コイツら、3人の冒険者は思ったよりも素直に言うことを聞いた。道中、特に何かをするでもなく、俺達は目的地へと歩いた。
結局元Bランク冒険者、剛力のデイヴィッドと元Cランク冒険者の魔術師ローラの実力を詳細に見られないまま今日に至る。この村は良い村だ。長閑で自然豊かで、村の人達も温厚で、何より飯が旨い。
特にあの『黒い仔豚亭』。
あの宿屋は王都や帝都にあるどの宿屋にも負けない良さがあった。料理に接客、働く女達の気立ての良さ。
実に勿体ない。
どうにかしてあそこのレシピと女達は今後も無事でいてほしいと願うばかりだ。しかし俺もこの業界では一定の地位を得ている。仕事のこなし方には定評があった。この業界では信用が全てだ。だから無駄な感情は捨て去るべきである。
そして昨日、思わぬ情報が手に入った。
昨日、依頼主と最終の打ち合わせをして久し振りにこの村に訪れた時は驚いた。まずは、この村を囲うように木製の防壁が建てられていることと、何より危機感を抱いたのは農家を営んでいるハザンとこの村を囲う壁の建造をしている大工のトウリョウとか言う奴の実力だ。
これは依頼料とクエスト達成の報酬を上げて貰わなければならない。
既にハザンとトウリョウの経歴をコイツらを連行する時に村長より教わったが、あの強さは謎のままだ。
「よし、ここまで来ればもう良いだろう」
俺は自身のパーティーメンバーにそう言い、連行していた3人の冒険者の手枷とそれぞれを結び付けていた縄をほどいた。
ロングソードを背負っていた冒険者ラウールにはそのロングソードを、弓使いのチャラ男であるレインには弓を、ハルバートを背負っていた大男モンティにはハルバートを、それぞれ手渡した。
ロングソードの冒険者、ラウールはそのロングソードを強く握り締めて言った。
「ちっ!あいつら調子に乗りやがって!」
俺はラウールを慰めた。
「剛力のデイヴィッドに気を取られていたんだ。仕方がない」
文句を言いたいのは俺達の方だった。本当はコイツらがデイヴィッドにけしかけて、その実力を見たかったからだ。だが、コイツらのおかげで思わぬ実力者を見付けることもできた。だから今日はこの村には泊まらず、外から寝込みを襲うことに決めたのだ。
暗殺者ギルドの他のメンバーと連携をとって、他のメンバーは外から侵略を試み、俺達は内から、しかも剛力のデイヴィッドをまず最初に殺ってから徐々に依頼を達成させようと考えていたが、内側にあんな実力者がいるとなると、他のメンバーと帝国兵と共に俺達も外側から一気に攻めた方が成功する確率が上がると思ったのだ。念のため、俺やセツナ程の実力はないが、数人を『黒い仔豚亭』に宿泊させてもいる。
「あそこにある大樹の前で他の連中と待ち合わせている。そこまでついて来い」
3人の冒険者に俺が言うと、とんがり帽子を被った魔法詠唱者のセツナが黙ったまま自身の掌を見つめている。
「どうした?あの村の連中に情でも沸いたか?」
「まさか、そんなわけないでしょ?ただ……」
「ただ?」
「今日は何だか無性に魔力が荒ぶってるの」
「ハハハハハハ!!そりゃあ良い。おい、お前ら今夜決行するぞ!村人は皆殺しだ!!」