第27話 弱くね?
〈セラフ視点〉
「へへ、良いじゃねぇか?」
ロングソードを背負った男はジャンヌの腕を掴んで続けてこう言った。
「金払うっつってんだからよぉ?」
この世界では宿屋と酒場が混ざった形態の店が多い。それ故、酒場の店員と客が2階の宿部屋で一夜を共にすることも珍しくない。まあ、日本で言う風俗営業みたいなものだ。──前世の記憶があるからと言って、何故ただの高校生だった僕が風俗営業の実態を知っているのかは、伏せておこう。いや日本の高校生なら興味本位で1度くらい調べたことがあるはずだ──勿論うちの宿屋はそういったことを推奨していない。
「お手を離していただけませんか?仕事がございますので」
──…我慢してて偉いぞ……
僕はそう思ったが、一瞬心の中がザワつき、不快感を催す。ロングソードを背負った冒険者は尚もジャンヌの腕を離さなかった。それどころか自分のところに引き寄せようと引っ張る。
「だからよぉ、固いこと言うんじゃ……ん?」
引っ張ってもジャンヌが動くことはなかった。そのことにおかしいと気が付くロングソードの冒険者だがしかし、すぐに自分が酔っぱらっているからと思い直したのだろうか、怪しい笑みを浮かべる。
ジャンヌは同じ文言で威圧した。
「お手を離していただけませんか?」
前髪によって隠れていない方の片眼でジャンヌはロングソードを背負った冒険者を睨みつける。静まる店内。するとデイヴィッドさんが厨房から出てきた。
そのデイヴィッドさんに今度はロングソードと同じパーティーの弓使いのチャラそうな冒険者が言った。
「お出でなさった。なぁ、俺らちゃんと金払うからよぉ、お前さんとこの商品を今夜だけ貸してもらいたいんだわ。俺は断然この娘だ」
チャラそうな冒険者は立ち上がりリュカに近付くと肩を組もうとする。しかしリュカはするりと伸ばされた腕から逃れた。チャラそうな男は「おっと」と言ってからリュカに「つれないなぁ」と言った。リュカはほっぺをふくらまして、不機嫌さをアピールしたが、見る人が見ればより可愛く見えてしまうのではないかと僕は思った。
デイヴィッドさんは言う。
「お前ら、うちの従業員をもう一度商品呼ばわりしたら……いや、もうここから出てけ。さっさと失せろ!!」
「昔の冒険者はすぐ怒鳴るよなぁ、てかよぉ、俺らはキチンとギルドの依頼を受けてこのクソド田舎に来てやってんだぞ?」
そう言って、懐から依頼書を見せつける。そうなのだ。コイツらに手を出せば後々面倒になるのは目に見えているし、アーミーアンツを使ってコイツらを始末したら、魔の森の危険度が上がり、討伐隊が編成されるかもしれない。村に来る人も少なくなるに違いない。ちなみに僕は自分の家族と思える人達がこのような扱いを受けて内心怒りに燃えており、始末するなんて恐ろしいことを簡単に考えてしまっていた。
「お前らが困ってるから来てやったってのによぉ、こんな仕打ちされたんじゃ、この村について冒険者仲間達に共有してやんなきゃな?追い出されたってよぉ、それにこんな上玉の商品がいて、早い者勝ちだってなぁ」
その言葉でとうとうデイヴィッドさんが殺気だたせる。すると今まで静観していたロングソードと弓使いの冒険者達と同じパーティーであるハルバートを背負った背の高い冒険者が立ち上がった。デイヴィッドさんよりも身長が高い大男だった。大男はデイヴィッドさんを見下ろしながら言った。
「俺が相手になるぜ?」
ハルバートを担いだ大男の冒険者がそれに手をかける。しかし突然、大男は背後から横っ面を殴られ、店内の隅っこまで吹っ飛ばされた。殴ったのは正面にいるデイヴィッドさんでは勿論なかった。なんと、常連のお客さんであるハザンさんだった。
ハザンさんはしゃっくりをしながら、冒険者パーティーに言う。
「ヒック、ここでの無礼はぁ、俺が許さねぇ~」
そんなハザンさんをルーベンスさんが後ろから羽交い締めにして止めた。
「飲み過ぎだ!ハザンの旦那!」
「おおい、ヒック、ルーベンス~、止めんじゃねぇ~」
店内は騒然としていた。僕自身も驚いていた。冒険者が農家のハザンさんにたった1発殴られただけで気を失っているからだ。
──え?あの人あんなに強かったの?
ハザンさんは僕の作ったランドクラブの天ぷらをひと齧りしてからもう一度柄の悪い冒険者パーティーに向き直った。
「てめぇもだよ、てめぇ、リュカちゃんにまで手ぇ出そうとしやがって、ヒック……」
ハザンさんはルーベンスさんの腕を振りほどき、弓使いのチャラそうな冒険者に詰め寄ると、その冒険者は後退る。それもその筈、ハルバートを背負った大男はおそらくパーティー内ではタンクの役割を担っていた筈だからだ。ソイツがワンパンでKOされてはビビらざるを得ない。
「おう、てめぇもだ!ヒック、ジャンヌちゃんから手ぇ離しやがれぇぇい」
さっきの騒ぎでジャンヌは既にロングソードの冒険者の手から逃れていた。その事にようやくロングソードの冒険者は気付き、ジャンヌと目を合わせる。
「離せっつってんだろうがぁ~」
もうとっくに離しているのだが、ハザンさんはそう言って、目の前の弓使いの男の顔面をぶん殴る。弓使いの冒険者は物凄い勢いでのびているハルバートの大男のところまでぶっ飛ばされた。そして全身をピクピクとさせながら動かなくなった。
ロングソードの冒険者はここでようやく、背負っているロングソードを抜いた。しかし、今度はその背後から村の防壁を建造している大工のトウリョウさんが両手で指を組んだ大きな拳骨をロングソードの冒険者の後頭部に叩き付ける。
ロングソードの冒険者はその衝撃によって床に叩き付けられ、顔面が床を貫通してめり込んだ状態になった。
──え?なんでこの人達こんなに強いの?
トウリョウさんは言った。彼も少しだけ酔っぱらっている。
「ここの床は明日俺が責任を持って修理するから安心してくれぇ……で、どうする?コイツらぁ?」
皆が静まり返っていた。ハザンさんとトウリョウさんの強さに驚いていたというのもあるが、この冒険者達をどうすれば良いのか皆が考えていた。
すると、アルベールさんが言った。
「……コイツら、俺達が預かっても良いか?」
皆が沈黙し、アルベールさんの真意を聞きたがる。
「コイツら昔っから素行が悪くてな、冒険者の間でもそこそこ有名でよ。取り敢えず明日、冒険者ギルドに突き出してみようと思うんだが、どうだ?」
デイヴィッドさんが言った。
「俺としちゃあ、それで問題ないが……ジャンヌとリュカもそれでもいいか?」
「私は構いません」
「はい♪︎」
この宿屋にも幾度となく訪れていたアルベールさん達になら任せても良い。それはデイヴィッドさんだけでなく皆がそう思ったことだった。それからデイヴィッドさんは村長の家にある牢屋までアルベールさん達と一緒に気を失った冒険者達を運ぶのを手伝う。流石に今から村を出て、冒険者ギルドのある小都市バーミュラーへとアルベールさん達を向かわせる訳にはいかなかったので、この冒険者達を監禁できる場所まで運んだのだ。ローラさんがアルベールさん達の会計をタダにしようとしたが、セツナさんが、そこはキチンと払わせてほしいと言って、お金を置いていった。
僕は思う。
──これからどうなってしまうのだろうか?