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第26話 はじまり

〈セラフ視点〉


 ジャンヌとの仲も深まり『黒い仔豚亭』の忙しい日々が続いた。


 アビゲイルはいつもの仕事、階段の掃き掃除をしていた。


「アビー?もう大丈夫なの?」


 アビゲイルは返す。


「うん。昨日は1日休ませてもらったから──」


 アビゲイルは、昨日まで風邪をひいて、寝込んでいたのだ。


 ──昨日僕が作ったハチミツと生姜を合わせた飲み物が効いたのかな?


 僕はアビゲイルの立っている階段の一段上に立って、アビゲイルと同じ目線でもう一度質問する。


「ほんとぉ?」


 アビゲイルは顔をあからめた。


「ほ、本当よ!」


 僕は更に接近してアビゲイルのおでこに自分のおでこをくっつけて言った。


「まだ、なんだか熱いよ?」


 アビゲイルは照れ臭そうにして言う。


「ちょっ!?それはセラフが……」


「僕が、何?」


「っ……と、とにかく!もう元気だから大丈夫なの!!」


 アビゲイルはそう言って、階段の掃き掃除を続け、僕から遠ざかる。


 リュカもジャンヌも仕事に慣れて、僕らの『黒い仔豚亭』は更なる活気に溢れた。


 そしてこの村にやって来る冒険者の数が増え始めた。


 魔の森を調査する為だ。


 僕は女王アリ達から受け取るモンスターの肉と素材、キノコと蜂蜜を受け取る際に多くの冒険者達が魔の森に入ることを伝え、それからハルモニア神聖国3大楽典のリディア・クレイルの動きについて尋ねた。


 やはり動きが掴めていないとのことだった。もしかしたら、魔の森の支配を諦めたのか、それとも魔の森の最深部へと入り、その勢力を更に強めているのか、いずれにしても警戒しておかなければないだろう。ちなみにリディアによって精神支配を受けたモンスターを発見することもしばしばあったが、どのモンスターもアーミーアンツ達で対処でき、その数も殆ど見なくなっているようである。


 僕らのヌーナン村はいつも以上の活気に溢れていた。この村に宿屋は僕らの『黒い仔豚亭』くらいしかなく、魔の森の調査にやって来た冒険者で満室となってしまった。宿に入れなかった冒険者は野宿か、僕がエールの買い付けに行く修道院で寝泊まりしている。その修道院で軽食やエール等も振る舞われているが、デイヴィッドさんのような腕利きの料理人はおらず、僕らの宿屋は冒険者達で賑わっていた。


「うんめぇぇぇぇ!!」

「なんだこれ!!?」

「キノコのスープ…落ち着く……」

「この焼き鳥ってのは本当にエールと合うな!」

「給仕の顔面レベル高すぎんだろ!!」

「疲れた後のオーク肉もうめぇ!」

「このタレは何でできているんだ!?」

「このみずみずしい食べ物は何なのですか!?」

「あの娘可愛いなぁ……」


 常連のハザンさんやルーベンスさん、最近では防壁を建造してくれている大工さんのトウリョウさんとその弟子のシデさんがいつものように訪れ、それから冒険者のアルベールさん達も今日は来てくれていた。


 厨房から客席を覗く僕は、アルベールさんと目が合う。こっちに来てくれと手招きをするアルベールさんだがなかなか手が空かない。オーダーを一通り出し終えた僕はデイヴィッドさんに一言断って、アルベールさんのところへ行った。


「いらっしゃいませ!」


「おうセラフ!お前、厨房に入ったんだな?降格か?」


 アルベールさんはチラリと新しく入ったジャンヌを見た。なるほど、母さんの次はジャンヌが狙いか。


「違いますよ!元々デイヴィッドさんから料理を学びたかったし、ジャンヌが入ったから給仕から僕が手を引いたっていうか…まぁ降格みたいなもんか……」


 とんがり帽子を被ったセツナさんがアルベールさんに叱責する。


「コラ!アンタが変なこと言うから!」


「ちょっ!ちげぇよ冗談だよ、冗談!」


 呆れるセツナさんは、気を取り直すようにして僕に尋ねる。


「この料理はなにで出来ているの?見たことないけど凄く美味しいわ」


 セツナさんはフォークで、白くてしまったランドクラブの刺身を刺し、持ち上げて眺める。


「それは秘密です。因みに僕が調理してます!」


 するとアルベールさんが僕に腕を回して、言った。


「なんだとセラフ、教えてくれたって良いじゃねぇかよ~」


 そう言いながら僕の首を絞めてくる。


「ちょっと、止めてくださ──」


 すると物凄い殺気が宿屋の中を満たし始めた。さっきまであんなにも騒がしかった宿屋がその殺気のせいで一瞬だけ鎮まった気がする。


 その殺気の発信源はジャンヌだ。


 ジャンヌが僕の首を絞めているアルベールさんにガチギレ寸前だった。


 僕はアルベールさんに首を絞められながら首を横に振り、ジャンヌにその殺気を抑えてくれと懇願した。


 アルベールさんは僕のこのジェスチャーにそんな意図があるなんてつゆもわからず、余計に首を絞めてきた。


「オラオラ~!降参かぁ~!?」


「お願いします!や、やめてぇ~!」


 これはアルベールさんとジャンヌに言っていた。内訳は1対9だ。勿論ジャンヌに9割お願いした。


 僕の懇願により、アルベールさんは首締めを止め、ジャンヌの殺気が消える。


「なんか一瞬だけ寒くなったか?」

「いや?全然?」

「エールが足りてないんだよ!おらもっと飲めぇぇ!!」

「お、おう!リュカちゃん!エールお代わり!」


「はーい♪︎2番さんにエールの追加お願いしまぁす!」


 僕はアルベールさん達に厨房に戻ることを告げ、きびすを返すとアルベールさんは言った。


「セラフ?」


 僕は振り返る。


「いや、なんでもねぇ」


 アルベールさんはそう言ってから「頑張れよ」と一言付け足した。


 僕は少しだけ不思議に思い、首をかしげたが、アルベールさんの言葉に「はい」と返事をして厨房へと戻る。


 しかしその途中、ジャンヌの冷たい声が聞こえた。


「離して頂けませんか?」


「へへ、良いじゃねぇか?」


 柄の悪い冒険者にジャンヌが絡まれていた。


 すると、アルベールさんの声だと思うが、こう聞こえた。


「はじまったか……」


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