第25話 カニ料理
〈セラフ視点〉
「なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!!」
「うめぇぇぇぇ!!!」
「頼む!これをもっとくれぇぇぇ!!!」
常連さん達が驚愕の悲鳴を上げていた。僕からしたら嬉しい悲鳴である。
厨房から客席を覗くと、ランドクラブの刺身と蟹味噌のセットを皆が美味しそうに食べていた。
するとリュカと目が合い、ハザンさんの前に来るようにと手招きしてきた。
僕は首をかしげながら、厨房から出るとハザンさんは言った。
「おいセラフ!いきなり凄い料理だしてきやがったな!」
ハザンさんは僕にデイヴィッドさんの後を継いだらどうかと提案してきた人だ。
「これ、どうやって作ったんだよ!?」
「それはまだ秘密です♪︎」
ランドクラブはこの世界の市場に流通していない。もしこの美味しさが明るみに出れば多くの人達に乱獲されてしまう可能性があった。そうなればまだ不安定な魔の森に新たな刺激を与えかねない。女王アリからはまだハルモニア3大楽典のリディア・クレイルの情報があがっていないし、いつ奴の脅威が振り掛かるかもわからない為、まだランドクラブについては秘密にしようとなったのだ。
「そうか、そりゃそうだよなぁ!ダーッハッハッハッ!!」
ハザンさんは唾を飛ばしながら笑った。
僕は嬉しかった。
僕の料理を美味しいと言って食べてくれる。ずっとこうして過ごしていたい。そう思った。
営業が終わると家族皆で夜ご飯を食べた。カニのしゃぶしゃぶを作った。魔力を通すと火が着く魔道具をコンロのように使って、沸騰させたお湯に薄切りのオーク肉と蟹、葉物野菜とキノコを入れて、ラディッシュのすりおろしとポン酢もどきのタレに浸けて食べる。
僕はこの時間が好きだった。
母さんがいる。アビゲイルとデイヴィッドさんとローラさんがいる。リュカとジャンヌ、皆で仲良く鍋をつつく。
「おい!リュカ!それは俺が手塩をかけて育てたオーク肉だぞ!!」
「ああ!どうりで美味しかったわけですぅ♪︎」
「お、おう……」
怒るに怒れないデイヴィッドさんに僕らは笑った。そのやりとりだけでなく夕飯が美味しくて、楽しくて僕らは笑った。
夕食を終えると、僕はジャンヌと2人で皿洗いをしながら片付けをした。
皆もう寝る準備をしている。
そんな2人きりの状況の中、ジャンヌは僕に言った。
「セラフ様……私は真実を話さねばならないと思うのです……」
真実?僕は彼女の真意がわからなかった。だから僕は黙って彼女の話を促した。
「私共、グリフォンのことについてはどこまでご存知ですか?」
グリフォンの時のことをジャンヌから話すなんてかなり珍しい、というか初めてじゃないだろうか?だから僕は驚いた。ジャンヌはグリフォン時代を語るのを避けていたから。
僕は皿洗いをしながらも真剣にジャンヌの話に耳を傾け、問われたことに対して回答した。
「モンスター図鑑でその姿と、群れで行動していることなら知っているよ」
僕の言葉にジャンヌは言った。
「私は……」
しかし彼女は言葉を詰まらせ、洗ったばかりのお皿の水滴を拭う手を止める。僕は本当はもう十分に洗い終えたお皿を、沈黙を埋めるために洗うふりをした。するとジャンヌは言った。
「私は、群れから追い出された出来損ないなんです……も、申し訳ありませんセラフ様!!私は自分の無能さを隠してあなた様の従者になりました!!どうか、出ていけと申されれば私は──ッ!?」
僕はジャンヌの告白を聞いて自然と涙を流していた。その涙にジャンヌは驚く。彼女が何を心配していたのかわかったからだ。自分が不出来のせいで群から除のけ者にされたことを隠していた。それが心のどこかで引っ掛かっていて、打ち明けなければならないのだと思ったのだろう。そしてそれを打ち明けることによって僕やデイヴィッドさん達から追い出されることを恐れているのだ。
「セ、セラフ様……?」
僕は涙を拭いながら言った。
「1つ訊いていいかな?」
「はい……」
「どうして今、それを告白しようと思ったの?」
「それは……ここで働き、皆さんと一緒にご飯を食べていてとても、とても楽しくて……だから皆様に黙ってあの輪に入っていることがとても辛くて……」
言葉を詰まらせるジャンヌに僕は言った。
「僕も同じだよジャンヌ……」
「ぇ?」
「僕もこの宿屋で過ごす時間がとても好きなんだ」
僕は続けて言った。洗い物の手を止めて。
「それに僕は母さんと2人、役に立たないからといって父さんから家を追い出されたんだ。そしてデイヴィッドさん達が拾ってくれた」
僕がつい泣いてしまったのは、前世の記憶と生まれて直ぐの記憶からだった。家族や周囲から除け者とされたことを思い出したのだ。
ジャンヌは僕の言葉に信じられないような顔つきで溢す。
「そ、そんなことって……」
「だからジャンヌ、僕は君のことを捨てたりしないよ。それに、従者にするつもりもない」
初めてジャンヌを見たときも、なんだか無性に助けたいって思ったんだ。その理由が今回の告白でよくわかった。
「君は僕の家族だ。君が居たいならいつまでも居て良いし、離れたいと思ったら離れれば良い。その全てが君の自由だよ」
僕らしくないことを言ってしまい、なんだか恥ずかしくなった。僕は取り繕うようにして既にピカピカのお皿を洗い、続けて言葉を口にする。
「って、なんだか恥ずかしいこと言っちゃったかな?」
僕の言葉は洗い場にこだまする。ジャンヌが暫く黙ったままであった。だから彼女がどんな反応で聞いていたのか急に不安になって僕は彼女を見た。僕が視線を向けると彼女はポロポロと大粒の涙を流してその場に踞ってしまった。