第20話 新メニュー
〈セラフ視点〉
「1番さんにキノコのスープ入ります!」
「オークのジンジャーソテーとキノコのスープ入りまーす♪︎」
「エールとパンのおかわりお願いします!」
「こっちに赤ワインをお願いします!」
魔の森から帰った僕らは、本日の営業を始めた。
母さんの私服を着たジャンヌが前掛けをつけて、お客さんの注文を復唱する。
「キノコのスープとオークのジンジャーソテーを1つずつ、それと焼き鳥のタレが4本とエールが2つですね。少々お待ちください」
母さんやアビゲイル、ローラさんはジャンヌと狼のモンスター、ヴィルカシスのオーマにとても驚いていた。特にローラさんはオーマに対して警戒の目を向けていた。それはローラさんが元冒険者であるからだ。
しかし、僕らが説明するとジャンヌもオーマも彼女達は直ぐに受け入れてくれた。ジャンヌは直ぐに接客の仕事を覚え、僕ら従業員の一員となった。
常連のハザンさんが僕に言った。
「またえらい別嬪さんが入ったなぁ!」
この宿屋の隣で牧場を経営しているルーベンスさんがハザンさんの言葉にエール片手に反応する。
「ジャンヌさんはどこから来たんだ?賢そうだし王都からか?」
僕は答える。
「いえ、彼女はリュカのお姉さんで……」
「おお!ってことはマリーさんのお姉さんの娘か!!」
ルーベンスさんがそう言うと、ハザンさんは焼き鳥を頬張りながら僕を小突く。
「セラフよぉ、あんな綺麗な従姉妹達がいて幸せだなぁ!」
そうか、ジャンヌとリュカが僕の母さんのお姉さんの娘なら2人とも僕の従姉妹となる。僕は接客中の2人に視線を向けた。
端から見ると2人とも本当に美人だ。
すると、無駄話をしていた僕の頭をアビゲイルがチョップしてくる。
「コラ!喋ってないで働きなさい!」
「うっ」
ごめん。アビーも美人だよ。
僕は赤ワイン樽から赤ワインをグラスに注ぎ、厨房で出来上がった料理を受け取る場所、通称デシャップからキノコのスープを受け取った。
マッシュルームのような香りのするスープは僕に食欲をわかせる。
実は、このキノコはアーミーアンツ達が栽培していたキノコだ。前世の記憶でもアリがキノコを栽培していることは何となく知っていた。しかしそれは勿論人間の食べるようなキノコではないのだけれど、この世界のアリ、アーミーアンツが栽培しているキノコは僕らも食べられる大きさでこの世界では一般的に流通していたキノコであった。
アーミーアンツ達が僕の配下となった恩恵としてこのキノコと人間に仇なすようなモンスターの討伐、その素材等を提供をしてくれることとなった。また、この村付近の警護と魔の森の中間部まで──アーミーアンツ達の行ける最も奥がこの中間部までである──で起きている魔の森の情報の提供もしてくれる。ハルモニア神聖国3大楽典のリディア・クレイルの情報もまた知らせてくれることになった。
「お待たせしました!キノコのスープです」
「ハザンの旦那、それで何杯目ですか?」
ルーベンスさんの問いにハザンさんは答えた。
「3杯目よぉ!この焼き鳥と合うし、焼き鳥はエールにも合うし最高よぉ!ダーッハッハッ!!」
因みに、僕が血だらけになって倒れたことは母さん達には内緒にしたし、アーミーアンツやハルモニア神聖国の者が魔の森で暗躍していることも内緒だ。心配をかけたくないとデイヴィッドさんに言うとデイヴィッドさんはすんなり承諾してくれた。
今日の営業も終了し、新しい仲間を入れて僕らは夕食をとった。パンと焼き鳥、キノコのスープを皆で食べているとアビゲイルが言った。
「森からジャンヌさんが一緒に来た時は驚いたなぁ。リュカと同じで鷲から人になったってことなんでしょ?」
「えぇ、怪我をして倒れているところをセラフ様に救って頂きました」
ジャンヌは野生の鷲からリュカのように人間化したと皆には説明している。デイヴィッドさん的にはグリフォンから人間化したと言わずに、鷲からの方が皆恐がらないだろうとのことだった。ジャンヌはそれで良いと了承していたけれど、そんな配慮がいるのか?と僕は思った。しかしヴィルカシスのオーマに対してのローラさんがとった警戒心のことを考えるとあながち間違ってはいない配慮の仕方なのかと納得した。
そんなローラさんが口を開く。
「私は、あの大きなヴィルカシスの方に驚いたよ。腰を抜かしそうになったわ」
僕の付与魔法によって肉体が強化されて普通のヴィルカシスより一回りも二回りも大きくなってしまったのだ。
母さんが僕らに訊いた。
「それで魔の森では一体何が起きていたの?」
僕らは女性陣が恐がらない範囲で話をした。ハルモニア神聖国のことは省はぶき、オークジェネラルの子分達をアーミーアンツ達が倒してしまったせいでそのオークジェネラルが村の方まで来てしまったのだと説明する。
そしてそのアーミーアンツの女王をデイヴィッドさんとリュカが討伐して事なきを得たと説明した。
この説明している間、リュカは3回ほど席を立っておかわりをしていた。
──リュカさん、ちゃんと話聞いてた?
アビゲイルは安心したのかデイヴィッドさんが説明を終えたと同時に肩の力を抜いた。
「よかった~、もう心配しなくて良いのね!」
デイヴィッドさんは腕を曲げて上腕二頭筋を強調しながら親指を上げた。
「おうよ!もう安心だ!」
女性陣は安堵し、食事を終えた僕らはそれぞれの部屋へと戻り、就寝に入る。リュカはアビゲイルと同じベッドで寝て、ジャンヌは僕と同じベッドで寝る。
え?
「セラフ様、さぁ一緒に寝ましょう」
「いやアカンやろ!」
僕ら『黒い仔豚亭』のメンバー達は、新しく加入したジャンヌの寝る場所のことをすっかり忘れていたのだ。
母さんは静かに言った。
「セラフは久し振りにお母さんと一緒に寝ましょうか?」
「えぇ……」
それはそれで嫌だった。
「何その不満そうな顔は?お母さん、悲しいわ……」
「ぅ……」
ジャンヌは言った。
「すみませんセラフ様、マリー様。本当はセラフ様と同じお部屋で護衛をしていたいのですが、私は屋根の上で寝ようかと思います」
それはそれで、ジャンヌが可哀想というか。僕は今日だけ我慢して母さんと寝ることにして、明日朝早くデイヴィッドさんを叩き起こしてこのことについて相談してみようと思った。




