第152話 最高火力
〈Aランク冒険者ミルトン・クロスビー視点〉
鷲のような目をした女は歯噛みをしながら俺に言った。
「この壁は我が主が建て賜うた壁だ!!あの小さき御身でひたむきに、誠心誠意を尽くされ築き上げた壁だ!!」
ホワイトが言う。
「は?じゃあ壊されないように守ったらぁ?あ、もう壊れちゃっ──」
ホワイトは言葉を切る。何故なら俺があの時、バーミュラーで感じた以上の殺気がこの戦場を覆い尽くしたからだ。
女の放つ殺気は、まるでさっき俺が唱えたグラウンドフレアの爆発のように周囲を襲った。空気が重く、鋭い刃のような気配が肌を刺す。恐怖が全身を縛り、足は大地に縫い付けられたように動かない。息をすることさえ忘れ、ただ立ち尽くし震えるだけだった。心臓の鼓動が耳の中に激しく響き、冷や汗が滝のように流れた。
目の前の存在は死そのもの。逃げることも声をあげることもできず、ただ恐れ慄き、時間が止まったかのような錯覚に囚われる。
これは何も俺だけの反応ではない。
ホワイトは上手く呼吸ができず、喘ぎ声を漏らし、文鳥に乗り移ったセレスはホワイトの肩に乗ったまま置き物のように動かない。
俺は自らの認識を変えねばならない。ランディル・エンバッハの使いがここまで禍々しく、恐怖を与える存在だとは思わなかった。それと同時に俺はウィンストンに嵌められたと悟った。
ランディルより弱い者が相手になると断言されていたのだ。
──くそがッ!!?
俺は大剣を構えようとしたが上手く身体が動かない。
──動け、動け動け動けぇぇ!!!
やっとの想いで大剣を構えた。対四執剣用の布陣をホワイトとセレスに命じようとした次の瞬間、目の前の女と同等の殺気があと2ヶ所で起きた。
「は……?」
俺は困惑しすぎて状況が飲み込めない、そのおかげで口は動いた。
「全員逃げろ!!」
この全員とは俺のパーティーメンバーだけの話ではない。フースバルの軍1万5千人に向けて言った。
──人間の敵う相手じゃない!!
俺は全魔力を大剣の切先に集中させ、大地を踏み締め、全身全霊をかけて振り下ろす。
「イグニス・アルクス!!」
全力を出して放ったつもりだったが、いつもよりかなりぎこちなく、魔力伝達が上手くいかなかった。それでもどんな者でも触れれば致命傷を与えられる程の灼熱の炎を纏った斬撃だ。そして、この隙に退散を促す。
「今の内に逃げろ!!」
周囲に促そうとしたが、俺の放った天にも昇る火柱のような斬撃が、蝋燭に灯った火が吹き消されるようにして焼失した。
「…なん、で……?」
俺は疑問を呈するだけだった。そして殺気を放った女の背後から金髪の男が手に火の玉を浮かべながら佇んでいた。
瞬間、俺は察知した。
──あの火の玉は…俺のイグニス・アルクスだったものか……?
そう悟った後、突如として俺は大地に頭を押し付けられる。ホワイトが後ろを振り返り、恐怖を張り付けた顔を俺に向けて、次に俺を押さえ込んでいる者に下から上へ目線を動かした。
俺を押さえつけている鷲のような目をした女が言った。
「コイツは生け捕りにする。あとは作戦通りだ」
その言葉が何を意味しているのかわからなかった。しかし何か良くないことが行われることを全員が予期した。そのせいか、女の言葉を聞き終えた者達は一斉に逃げ出した。
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〈ミルトンのパーティーメンバー・ホワイト視点〉
僕のこの幼い容姿で生意気な言葉を吐けば色んな者達が僕に攻撃をしてくる。そこが狙い目だった。先に攻撃をされれば正当防衛が働き、ぶちのめしてスッキリするだけでなく、その上お金まで貰える。
だけど、後悔したことが過去にあった。それは、まだパーティーメンバーに入っていない僕がいつものように挑発の言葉をいち冒険者であるミルトン様に吐いた直後である。僕は風属性魔法を詠唱してミルトン様の攻撃をいなそうとしたが、彼はあの成りで火属性魔法を使う魔法剣士であり、僕の風属性魔法は相性が悪かった。だから直ぐに組伏せられた。僕はその時初めて恐怖を感じた。だけど、僕の魔法をかってくれて、ミルトン様は僕をパーティーメンバーに勧誘してきた。
この人の仲間として一緒にいれば、もうあの時の、手も足もでず組伏せられた恐怖を感じずに済む。そう思ってパーティーメンバーに加わった。
しかし理不尽なまでに強いミルトン様が、簡単に組伏せられるところを目撃してしまった。
──あんな奴、相手にしろって!!?
「無理無理無理無理無理無理無理!!!」
それに新しく現れたあのくすんだ金髪の化け物もヤバい。ミルトン様の放った今まで見たこともない最高火力の『イグニス・アルクス』を簡単に掌中に収めてしまった。
──火属性魔法詠唱者としての格が違いすぎる!!?
だから、僕は西へ向かって逃げた。肩に乗っていた文鳥に乗り移ったセレスは既に何処かにいなくなっている。
僕が逃げ出すと、将軍であるフースバルと大剣──ミルトン様より小さい大剣──を構えた兵が、僕と同じくらい小さな少女に行く手を阻まれていた。
「何してんの!?早く逃げなきゃ!!」
ここに何故、少女がいるのかわからない。けれど僕は少女の手にしている短剣を見て寒気を催す。
──あれは、ゼンウの短剣!?
そして察した。ゼンウとヒルダは沈下したヌーナン村へ向かったが、この少女に殺られてしまったのだ。つまりこの少女はあの禍々しい殺気を放った内の1人である。
しかし、あの2人と戦い、ヌーナン村を沈下させたのならば相当な魔力が消耗されている筈である。また、属性が土属性魔法である可能性が高い。
──僕の風属性魔法の相克だ!
ミルトン様を組伏せたあの女と、僕の風属性魔法とは相性の悪い火属性魔法詠唱者のくすんだ金髪の男と戦うよりかは、まだマシである。それに別に倒さなくてもよいのだ。逃げる隙を作ればそれで良い。
大剣を構えた兵士と将軍フースバルが共闘の相手ならばその隙をついて、一撃食らわせ、逃げることなら可能なんじゃないかと思えた。
──見た目もなんかオットリしてるし、頭を使う戦いは苦手とみた……
僕は全神経を少女に注ぐ。その間にフースバルは槍を突き、隣にいた大剣を構えた兵がその剣を振り下ろす。
魔力の起こり。どんなに優れた魔法詠唱者でも魔法を放つ瞬間は、魔力が揺らぐものだ。しかし少女から魔力を感じられない。
そして何故か、少女の足元から尖った棘のような石柱が大地より無数に発生し、フースバル達に襲いかかる。
──え?起こりは?魔力が揺らぐはずなのに!?
疑問を呈したが、直ぐにその疑問は解消された。僕のいる空間全てが少女の魔力で満たされているのだ。あり得ない殺気とあり得ない魔法の攻防によって、感覚が狂っていた。
──は!?魔力消耗してコレッ!?
僕は知らずして、死地に足を踏み入れていたのだ。
──少女の莫大な魔力の内側に入っていると言うことは僕の足元にもあの石柱が襲ってくる……
しかし僕は魔法を唱えた。
「舐めるな!」
最高速度で魔法を放つ。両手より竜巻を発生させ、地を這うようにしてフースバル達の股を抜け、大地より出でた石柱を破壊した。
フースバル達は僕の援護に感謝もせず、そのまま攻撃する。その攻撃に追随するよう僕も駄目押しの魔法を唱えた。
「サイクロン!」
フースバルの槍がまず最初に到達した。次に兵士の振り下ろす大剣、そしてその2人すら飲み込む僕が唱えた巨大な暴風が少女を襲う。
少女は僕に石柱を破壊され、そこを一瞥してから僕らの攻撃に視線を向けたのが、フースバルと兵士の間の隙間から見えた。次の瞬間、少女は軽く右拳を放った。
その攻撃によって、フースバルの槍と兵の大剣が破壊され、2人は跡形もなく消え去り、更には僕の放った上級魔法である巨大な竜巻をも壊した。
「はぁ!?なんだよそれ!?だけど足元がお留守だよ?」
巨大な竜巻、上級魔法は視線誘導だ。足元にエアリアルという中級魔法を僕は同時に放っていた。サイクロンより劣るが、操作が可能で、小回りがきく。跡形もなくなったフースバル達を迂回して少女の足元を穿つように風が凪ぐ、筈だった。
「ん?」
しかしその風は少女が唱えた土壁によって防がれていた。
「はぁぁぁ!?」
不平を大いに漏らした僕だが、突然違和感を覚える。こんな強敵を前にして、何故逃げなかったのか。サイクロンを唱えた瞬間に逃げ出せば良かったのに。きっとあの可憐な少女がバラバラになるような姿を見たいと少しでも思ってしまったせいだ。
僕は今度こそ、逃げ出そうと周辺を見渡す。身代わりになってくれそうな兵が密集しているところを探した。しかし首を回してすぐに気が付いた。右半身が痛い。
「あぁ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
僕は悟った。先程の少女の正拳突きは2人の兵士と上級魔法の風と僕の右半身を穿っていたのだ。
僕が自分の状況を認識すると、激しい痛みが押し寄せた。
「いたぁぁぁぁい!!!」
僕はあまりの痛みに立っていることができず、大地にのたうち回った。しかしその傷と大地が擦れあって更なる痛みが押し寄せる。
そして、意識が遠退いた。
声が聞こえる。
「いやはや、素晴らしい攻撃ですなリュカ殿」
「あれぇ?マルクちゃんのところはもう終わったの?」
「はい。後はアーミーアンツ殿達にお任せすることになりますね」
「…でも、セラフ様の作った壁が壊れちゃいました……」
「はい。今後はセラフ様の創造されたモノは全て私が守っていく所存です」
「リュカも一緒に守るよぉ♪︎」
あれほどの戦闘能力を見せつけた者達の呑気な会話を聞きながら僕は命を落とした。




