第151話 テイムされる
〈ヒルダ・キルシュテン視点〉
茶髪で目がクリクリとした可愛らしい筈の村娘が、ヌーナン村を底に沈め、フースバル軍の参謀の首を何の躊躇もなくいとも容易く切り落とし、Aランク冒険者ミルトン・クロスビー様率いる『聖なる獅子殺し』の前衛を張るゼンウの身体能力を上回り、討伐難易度B-の怪鳥ストライドバードを拳で殴り飛ばし、討伐難易度Bのケルベロスを蹴り飛ばした。
そんな普通でない村娘を見て私は思う。
──この村娘はテイムの対象である……
何故だかわからない。今まで人間を前にしてテイムできるなんて思ったことなどなかった。いや、違う。人間をテイムしようと思い付いたきっかけのことを私は思い出した。
冒険者となり、強力なモンスターを求めて、常日頃テイムしたモンスターを入れ替えては、私の戦力の増強を図っていた。勿論、過去にテイムしたモンスターに愛着がわくことだってある。テイムしたモンスターさえいれば、冒険者の仲間なんていらないとさえ思っていた。しかし、とある日ソロでダンジョンの攻略をしていた時に、私のモンスター達が階層を無視したイレギュラーモンスターによって全滅させられたのだ。
死を覚悟した私だが、その時に助けてくれたのが当時からAランク冒険者の肩書きを持つミルトン様であった。
私は彼にテイムされたかのようにして心を奪われた。そしてミルトン様よりパーティーメンバーにならないかと誘われた際は、今までに感じたことのない多幸感を味わったものだ。
私は直ぐに了承の返事をした。
Aランク冒険者の率いるパーティーに加入するのは、そこら辺の冒険者達が誘い合ってできるパーティーとは違う。クエストをこなしに国境を渡る際は、監視の対象になったりもするし、どこへ行ってもミルトン様のパーティーの者だと認識され、人目に晒される。しかしそんな枷はミルトン様と一緒にいられれば全く気にはならない。それに、生活の支援やら補償やらを冒険者ギルドからたんまりと貰えたりもする。
そんな支援や補償を貰うためには、冒険者ギルドからのAランク冒険者パーティー加入の証明書を発行しなければならなかった。
その為に、バロッサ王国にある冒険者ギルド総本部に私はミルトン様に連れられ、赴いた。まるで要塞のように聳える本部の建物に目を奪われたのを今でも覚えている。
そこで私は初めて、とある人間をテイムの対象として見てしまったのだった。その人物こそが全冒険者ギルドのギルドマスター、ガーランド・ビスマルクである。
そこから私は、人間をテイムしようと試みたが失敗に終わる。そして今の今までビスマルクのことを忘れていたのだ。
この目をクリクリとさせた少女によって思い出された。私は腰に吊るした鞭を確かめ、近くにいる獣人ゼンウに話し掛ける。
「作戦があるわ……」
ゼンウは近付き、私は伝える。
「あの村娘をテイムする」
「そんなことが可能なのか?」
「私の感覚が可能だと言ってるわ。だから貴方にはモンスターテイム用の動きをお願いしたいの」
「わかった…もし失敗したら──」
「その時はミルトン様が来るまで時間稼ぎをする」
先程頭上を駆け抜けていったミルトン様を私達は見ていた。ゼンウは頷き、作戦を実行する。
私は村娘の視界から消え、ゼンウは村娘の相手をする。村娘のハルバートが失くなった今、ゼンウは短剣を使い、接近戦で村娘に攻撃を仕掛けていた。
私は村娘の背後を取ろうと2人の戦闘を視界の端に入れつつ、大回りに回って移動する。
ゼンウは短剣を振り下ろし、村娘はその軌道を呼んで躱した。すると直ぐにゼンウは短剣を振り上げ、躱した先にいる村娘に追撃を加える。村娘は一歩下がったが、これはゼンウの技の途中である。ゼンウは剣技と武術を合わせた型『ブレイドクンスト』の使い手だ。一歩下がった村娘の腹にゼンウは前蹴りを合わせた。ドゴンと石壁を金槌で叩いたような音が鳴り響く。
そして私はたった今村娘の背後に着き、腰に据えた鞭を村娘の背中目掛けてしならせた。風を裂くような鋭い音を響かせて村娘の背中へと鞭の先端が向かう。鞭は縦に蛇行し、村娘の背中を叩いた。空気を突き破る激しい破裂音が轟き、これでテイムの第一段階を終えたかに思えたが──、村娘はなんとこちらを向いて鞭の先端を手で掴んでいた。
「は?え?」
そして村娘の背後では、蹴りの姿勢から一歩も動かないゼンウがいる。
「な、なにしてんのゼン──」
そう呼び掛けようとしたが、ゼンウはピクリとも動かないことに違和感を抱く。よく見ると、ゼンウの周囲に鋭角に生えた無数の石柱がゼンウに向かって伸びていた。その石柱には血が伝い、重さに耐えられなくなった血が雫となって地面へと滴り落ちている。ゼンウは無数の石柱に貫かれ、絶命していた。
──嘘でしょ!?
村娘は鞭の先端を興味深げに口を開けながら眺めていた。そして次の瞬間、大きな爆発音が上空から聞こえてきた。爆発によって破壊された村を囲っていた壁の木片がパラパラと落ちてくる。
「ミルトン様!?」
そうだ。ミルトン様が助けてくださる。私は今まで起きた信じられない出来事に困惑していたが、理不尽な武力を有するミルトン様が私達にはついていることを思い出した。するとなんだか笑いが込み上げてきた。
「フフフフ…アハハハハハハハハ!観念するのね!?貴方なんかミルトン様が──」
私はこの村娘に、本当に信じられない程の力というものを思い知らせてやろうと、これから起こる出来事について教えるつもりであった。しかし村娘は先程までの私同様、天を仰いで動かない。
更には、先程の爆発を見て、震え出す始末だ。
──フフフ、恐れたってもう遅い……今さらミルトン様の力を目の当たりにして震えるなんて、本当に愚かな娘ね?
村娘は言った。
「あ、あぁぁぁ!!!セラフ様の造った壁が壊れてしまってますぅぅぅ!!!」
村娘は鞭の先端を手放し、頭を抱えた。
「壁?セラフ様?」
何を言っているのか理解できなかった。しかし絶望する村娘を見て私はざまぁみろと思った。
「誰が、誰があんなことを……」
この意味ならわかった。私は理不尽を叩き付ける者の名を叫んだ。
「ミルトン様よ!!」
村娘の手から解放された鞭を私は再びしならせて引き寄せ、攻撃を仕掛けた。しかし村娘は私に一瞬だけ、目を合わせたかと思うと、いつの間にか私の眼前に現れる。バチンと鞭の鳴る音が眼前にいる村娘の遥か後方で鳴った。村娘は私の腹に拳をめり込ませる。私の上半身は前のめりとなった。
「ぐはっ!」
村娘の拳は私のお腹から離れない。何故なら、私のお腹は血塗れになっているからだ。そう、村娘の拳が私の胴体を貫通していたのだ。
薄れゆく意識の中、村娘は言った。
「セラフ様の一生懸命造った壁を壊す人は許しません!!」
そう言って上空を見上げると途轍もない殺気を滲ませ始めた。
その殺気に包まれながら私は死んでいった。




