第148話 本命のおでまし
〈ヌーヴェル視点〉
フースバルは横殴りの雨のようにして槍を突いた。俺はそれを目で追うので精一杯だった。
──こんな速度の世界があるのか……
しかし、アルベールはそれをギリギリで躱し続けている。だが顔や腕や足を掠めるように傷を負い続けている。
──さっきの俺状態だな……
だが、俺と違うのはその傷を負った瞬間に回復しているところだ。防戦一方であるアルベールはここで一歩前へ踏み出した。
「いい加減、見きったぜ!?」
槍を突く為には、一度槍を引き戻さなければならない。アルベールはフースバルの槍が引き戻される瞬間を狙って、足を踏み出し、長剣を振り下ろした。
しかしフースバルは槍を引き戻しながら、自らも半歩後退し、尚且つ引き戻した槍は弧を描く。空を切り、そして大地を切り裂き、一回転する。槍は間合いを詰めたアルベールの右半身を下から上へ、縦に切り裂いた。
「ガハッ!!」
アルベールは血を撒き散らしながら膝を付くとフースバルは言った。
「見事……」
そして渾身の一撃を放とうとしたところに、ヌーナン村の内側からかなりでかい魔力が発せられると共に、地震が起きた。
フースバルは一瞬後ろを振り返り、俺の背後に視線を送った。しかし何が起きているのかわからず、直ぐにアルベールの方に向き直った。
「お前、アルベールと言ったか?」
アルベールは息を弾ませている。流石に深すぎたか、傷の治りがいまいちだ。
「…そ、そうだが?」
「私の配下に加わらないか?そうすればお前の命は助けよう……」
「ハン!寝言は寝て言いやがれ!」
「わかった。少し時間をかけすぎた…これで終わりにする」
フースバルは今までにない低い構えでアルベールと対峙する。フースバルの後ろ足が大地を抉るようにしながら踏み締めると、瞬きしている間にフースバルが視界からいなくなった。かと思うとアルベールの正面にいる。この時、俺は視界からの情報を受け取るので精一杯であり、普段全く使っていない脳ミソが全力で稼働していることを悟る。その為に、全ての動きがゆっくりと見えた。
フースバルはアルベールの眼前で急停止し、目を見張るようなこの移動速度よりも更に早い突きをアルベールの顔面に見舞った。
アルベールは全く反応できていない。これでアルベールの顔面は失くなり、死ぬ。そう確信したが次の瞬間、俺は信じられない光景を目の当たりにする。
全てがゆっくりと動いている筈なのに、1人の女がアルベールの背後から、まるで日課の散歩を楽しむように優雅にやって来て、フースバルの槍を手にした長剣で弾きやがったんだ。その女は2人の間に立った。
「は?は?はぁぁぁぁぁ?」
俺は声を上げたと同時に、いつもの思考回路に戻った。戦場は日常の時を刻む。
アルベールは言った。
「姉さん!!」
女は言った。
「お前がこの軍の将か?」
女は片目が前髪で隠れており、長身で貴族の令嬢のように凛としていた。
──アルベールの姉ちゃん…なのか?綺麗な姉ちゃんだな……
先程の走馬灯のような光景のせいで俺の思考が上手く働かなかった。
──いつも働いてないけど…ってなんでやねん!
うん。いつもと違う。フースバルは言った、いや笑った。
「フフフ…ハハハハハハハハハ!!!!」
俺同様、おかしくなってしまったのかと思った。フースバルは続ける。
「まさか渾身の一撃を意図も簡単に弾き返されるとは!?恐れ入ったぞ!!」
こんな楽しそうにしているフースバルを俺は見たことがなかった。
「そうだ!私がこの軍の将だ!!それで?さぁ、どうする!?」
「殺す」
女は殺気を放った。全身が粟立つようなこの殺気は戦場の動きを止める程の力があった。先程ヌーナン村の中から感じた魔力とは違う。この場が凍り付くような殺気だった。しかし次の瞬間、空から新たな者がやって来る。
俺よりも更に大きな大剣を背負ったAランク冒険者ミルトン・クロスビーだ。
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〈Aランク冒険者ミルトン・クロスビー視点〉
戦場が動き出した。アーミーアンツの群凡そ3千だけではこのフースバルの主導する1万5千の兵達を止めることができない。すると次なる1手が相手方から打たれた。ヌーナン村の東側から2人の手練れが出現したようだ。
これによって再び敵方は勢いをつける。俺がフースバルの元へと向かい、どのようにこれに対処するのかを黙って観察した。するとフースバルは俺に睨みをきかせ、手出しはするなと無言で警告する。
そして将軍である自分自身が打って出るとのことだった。もう1人の手練れはどうするのかと尋ねると、それもフースバルの部下が相手取ると言われた。
──アイツか……
確か名前はウェスタン。俺達がこの兵達と戦うならば、フースバルを俺が押さえ、残るパーティーメンバーでウェスタンに総攻撃をかけるだろうと想像した。フースバルをなるべく早く倒し、俺もウェスタンとの戦いに加わる。俺以外のパーティーメンバーを総動員すれば、もちろんウェスタンに勝てるだろうが、1人は致命傷を負いかねない。だから俺を待つように時間を稼がせ、体力と魔力を削るというのが最も効率の良い戦い方だろう。
それだけあのウェスタンは強者であることを俺は認めていた。そんなことをフースバルが黒馬に股がり、去っていった後で考えていると、邪悪な魔力がヌーナン村の壁の内側から発せられたのを感じとる。そして大地を揺るがす振動がこの戦場を襲った。
俺は直ぐにパーティーメンバーと合流する。するとホワイトが言った。
「どうします、ミルトン様!?」
俺は言った。
「今のは恐らく陽動だ。本命は別にいる。確かにさっきの魔力は計り知れないが、俺がバーミュラーで感じたのは別の、もっと禍々しいモノだった」
獣人のゼンウが意見した。
「だが、今の魔力を発した者も強者であることには変わりない。本命が別にいるとしても、その本命と手を組まれたら厄介だと思うのだが?」
「それもそうだ。ゼンウとヒルダ、お前らはヌーナン村の中へと潜入し、魔力の発生源を確認しろ」
ヒルダが言った。
「ソイツは仕留めてしまっても良いのでしょうか?」
「ああ、だが無理はするな。戦闘力を見極め次第、撤退することをまず考えろ」
2人は戦闘力だけでなく逃走力もある。斥候としては申し分ない。2人はヌーナン村の壁に向かって出動した。ゼンウは跳躍し、ヒルダはケルベロスに股がって壁を飛び越え、中へと入った。
今の魔力と地震によって、また戦場に動きがあるのを確認する。
東側方面のフースバル軍が押し込まれていると予測できた。というのも、東側と接する北側と南側にアーミーアンツの群が確認できるからだ。一時はフースバルとウェスタンのおかげで敵の手練れを止めることに成功していたが、またアーミーアンツに押し込まれている。
これはフースバルとウェスタンが苦戦していることを示していた。
セレスが言う。
「あの2人大丈夫かしら?」
本心では全く心配していないのが透けてみえていた。
「問題ない」
俺の言葉が戦場の声にかき消されると同時に、あの時の殺気を感じた。全身が粟立ち、肌を刺すような殺気だ。
今度はホワイトも感じたようで、俺を見る。
「ああ、本命のお出ましだ」
俺はその場で跳躍し、空中で足元に火属性魔法を唱えた。小さな爆発を引き起こす。これを何度も唱えることによって空中移動を可能にする。
「お前達も付いてこい!俺は先に行っている!!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ミルトン様ぁぁ!!」
空中移動している時に気が付いた。ヌーナン村は地下深くに埋まっていた。
──なるほど……この村は餌か?
そしてそのヌーナン村を空中で横断し、目的地である壁、北東側に着地した。
そこにはフースバルと殺気を放ったと見られる前髪で片目の隠れた女がいた。




