第140話 それぞれの計画
〈ケインズ商会代表ジョン・メイナー視点〉
最悪を想定すべきと提案したが、マシュ殿下が捕まり、セラフ君が捕縛される未来しか見えてこなかった。唯一可能性があるとしたら、インゴベル陛下やバーミュラーの都市長ザッパ様の援軍が来れば、ひょっとしたら助けられるかもしれない。
殿下を帝国へ向かわせても、交渉の材料となるだけだ。殿下も監禁され不遇な扱いを受けると思われる。神聖国ならばまだ人道的に扱ってくれる可能性がある。だがそれはあくまで可能性であり交渉次第であっさり王弟エイブルに引き渡される可能性もある。また、インゴベル陛下がこの内戦に勝利すれば、今度はセラフ君が不遇な扱いを受ける可能性が高い。いや、そこはマシュ殿下の計らいで何とかしてくれるか?
──だとしたらやはり、インゴベル陛下にこの内戦をおさめて頂きたい……
セラフ君の考えている作戦はまだ伝えられていない。その前にまず人払いをするというのが彼の提案だった。これは私も賛成している。
魔の森で帝国と神聖国の戦争があったならば、その戦場に近いこのヌーナン村に両国の密偵が潜んでいる可能性が十分にあり、この村の行く末を観察し、自国へとその情報を持ち帰るだろう。
──しかしセラフ君はバーミュラーの衛兵をも追い払うことを計画している……
村長様の働き掛けで、村人や冒険者達を一処に集め、この村が戦場になる可能性があることを伝えた。
幸い、村人はセラフ君やそのセラフ君を身を挺して守ったマシュ殿下の味方であった。ここで村人からセラフ君やマシュ殿下を差し出せと言った意見が飛び交うかもしれないと不安だったが、それも杞憂に終わる。冒険者の中には2人を差し出しても良いんじゃないかと言った意見が出たが、もしそれを望むなら、この村から出ていってもらうといった提案が村長様より上がる。
勿論、殿下とセラフ君の否定派だろうが肯定派だろうが、冒険者達全員を出ていかせるつもりである。それぞれ魔の森でのクエスト達成によってもたらされる報酬を支払うことを約束し、今日中に荷物をまとめて出ていってもらうことにした。
また、この村が戦場になると聞いた村人の中には不安を抱く者も少なくない。そこで数週間、村を出てバーミュラーや帝国へと旅行して貰うことを提案した。その為のお金を『黒い仔豚亭』や我々ケインズ商会、村長様や村人から集め、村から離れて貰うこととなった。
その間、セラフ君は魔の森で何やら準備をしているそうなのだが、本当にこんなことをしていて大丈夫なのだろうか?という不安が私を襲う。
──今すぐにでもマシュ殿下と共にこの村を去った方が良いのではないか?
人払いをするのは賛成だが、これでこの貴重な猶予時間が失われ、そしてあっという間に夜となった。
また『黒い仔豚亭』の食事処で会議をする。
デイヴッド氏は言った。
「よし、これで内側から狙われるって可能性はなくなったわけだな?」
私は反論する。
「いえ、もしかしたら出ていくと言いつつもこの村の何処かに、或いは魔の森にでも潜伏している可能性があります」
セラフ君が言った。
「それはありません。何人かいましたけど既にジャンヌが対応しております」
ジャンヌ殿が言った。
「はい。2人おりましたが帝国の密偵でございました」
私は驚きつつも尋ねる。
「その者達はどうしたのですか?」
「こちらの情報を喋らせない魔法をかけ、帝国へと帰しました」
どうしてこんなにも優秀なのかと疑問に思ってしまう。
するとセラフ君が尋ねた。
「メイナーさんはどのような作戦を考えていますか?今までは、最悪の想定をした話でしたが、父さんの軍や帝国軍、神聖国軍の実際の動きを予測しながら話しませんか?」
王弟エイブルを父さんと呼ばれることに多少抵抗しながらも私は答える。
「現実的なのは、ザッパ様に助けを求めるのが最も確実かと思われます。信頼できる兵士を村に寄越してもらい、この村を囲う壁を起点に防御戦を行うべきだと思います。少しでも時を稼ぎ、インゴベル陛下の援軍を待つ。最早これしかないかと……」
マシュ殿下やセラフ君をこの村から脱出させる提案も思い付いていたが黙っておいた。また、セラフ君がバーミュラーからやって来る衛兵を追い返すといった発言に暗に異を唱えている。
「確かに、現実的ですね……ただザッパ様の兵の中に、父さんの言葉で懐柔されてしまう兵もいると思いますし、僕を積極的に捕らえようとしてくる兵もいると思うのです」
確かにそうだ。だからセラフ君達を脱出させる。この解答に導く為に私は密かに誘導している。
しかしセラフ君は言った。
「帝国は、おそらく軍を向けるかもしれませんが手を出して来ないと思います」
「それは、セラフ君が演出したリディア・クレイルの影に怯えているからですか?」
「それもありますけど、父さんの軍とリディアがぶつかるのを観察したいと思っていると思うんです。なんなら、その戦の混乱の最中にマシュお姉ちゃんや僕を拐おうとしているかも……」
「ならばその渦中にお2人がいるのは危険かと──」
しかしセラフ君は私の言葉を遮り、自分の考える作戦のあらましを説明する。
「だから、この村を──」
私やスミス、ファーディナンドにマシュ殿下はそれを聞いて驚愕した。
「…そ、そんなことができるのですか?」
セラフ君は答える。
「はい。僕の付与魔法なら可能です。あとジャンヌとリュカとマルクがいればできると思います」
すると、夜中にも拘わらずバーミュラーより衛兵が訪ねてきた。
──やはり殿下やセラフ君の生存を確認してきたか……
セラフ君は私に目を合わせ、追い払っても良いかと目で訴える。私は頷き、デイヴィッド氏と村長様が対応をしに行った。
私は今一度、セラフ君の作戦に思考を割いた。
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〈六将軍カイトス視点〉
俺は魔法を使い、いち早くヌーナン村に近い小都市バーミュラーまでやって来た。
陽も暮れて、すっかり夜である。
俺が何故早くにバーミュラーへやって来たのかと言うと、エイブル陛下の命によりバーミュラーの兵をヌーナン村にけしかける為だ。
こんな使いっパシりのような役割をしているのは、早々に役目を果たし、ヌーナン村と直接関わることを避けたかったからだ。
以前、ヌーナン村に夜襲をかけ、それに失敗した暗殺者達を拷問して様々な情報を得た。
そこで浮上したのは、ヌーナン村の影には帝国か神聖国が潜んでいる可能性があるからだ。
──或いはその両方か……
ヌーナン村に王女マシュとエイブル陛下の落とし子がいたことによって、よりその疑念が高まった。
だから早くに役目を果たし、後方支援に回ることを選んだ。更におかしいのはAランク冒険者の介入だ。
ミルトンは、ヌーナン村へ行けばモンスターが襲ってくると考えている。あの時、暗殺者アルベールをヌーヴェルとミルドレッドに襲わせた時、ミルドレッドの召喚した100人の兵が一瞬にして消えたと報告された。俺は精神支配がちらつき、こう考えた。もしかしたらヌーナン村はハルモニア神聖国の三大楽典リディア・クレイルが関わっているかもしれない。
──このままヌーナン村に大挙して押し寄せればクレイルの精神支配によって操られたモンスターが出現する?
今回の世界大戦で、帝国はバーミュラー方面に兵を送っていないことから、以前バーミュラーへ侵略し、それに失敗したのは、そのクレイルによる介入が原因の1つと考えているからかもしれない。
俺はバーミュラーの都市庁舎を訪れ、都市長の執務室へ案内される。
片眼に眼帯をしたロバート・ザッパが机を前にして座していた。
「久しいですな。ザッパ殿」
俺の代わりに六将軍から降りたザッパに俺は挨拶をした。
「何用ですかな?カイトス・リンゼイ将軍殿」
たったこれだけのやり取りで、ザッパの覚悟がわかった。将軍として戦に立つよりも、都市長としての振る舞いの方がこの老いぼれにとって難しいと思っていたのだが、そうではないらしい。
ザッパは続けて口にする。
「インゴベル陛下との戦の最中だと思っていたのだが……」
俺はザッパを無視して尋ねる。
「ヌーナン村に元王女のマシュがいるとの報告を受けたが、どうなんだ?」
敬語はあえてやめた。ザッパは暫し黙ってから口を開く。
「…確認したが、真のようですな」
「ならば何故保護しない?」
「…門前払いを受けたのだ」
「は?ヌーナン村の中にはエイブル陛下の落とし子もいるのだろう?無理矢理にでも奪えば良いだろ?」
「今は争っている場合ではない。帝国がその隙に攻めてくる可能性もあるのでな」
今の言葉にはエイブル陛下に対しての嫌味が含まれていた。また、ザッパは王都をインゴベルに奪還されたことを知っている。そして我々が血相を変えて、王女にすがりついていると見ている筈だ。その余裕な態度は、我々の敗北を確信しているからだろう。
俺は言った。
「ならばエイブル陛下の軍がここを守り、ザッパ殿の軍が王女と落とし子を捕らえると提案しようか?」
「それは無理なことだ。ここの兵士達は一度帝国兵を追い返した実績と、この地での戦闘に慣れている」
「では、エイブル陛下の軍がヌーナン村へ向かった際に、帝国軍が押し寄せてきた場合、帝国との戦いに専念すると?」
「無論だ」
俺の懸念していることは、ヌーナン村を襲っている最中に、ザッパの軍が俺達の背を狙う可能性についてだ。
ならばここで提案をしておこう。
「もし仮に俺達カイトス軍が王弟エイブルを裏切れば、ザッパ殿は俺達を狙わないと約束してくれるか?」
ザッパは片眼を見開いて驚いた。しかしそれも束の間、また厳しい表情となり俺に言う。
「まずは、カイトス将軍の裏切りを確認してからでないと、確約しかねますな……」
それから俺は王弟軍の夜営地の確保と兵站の援助等についてザッパと話し合った。




