第139話 身の振り方
〈インゴベル視点〉
王都へ戻り、慌ただしい時を過ごした。先ずはエイブルが王都を出る際に、食糧庫を焼いていたことに息を飲んだ。そのせいでエイブルの逃げたロスベルグを包囲している軍がこちらに向かって攻めて来た際に、長く籠城できなくなった。唯一の優位点だと思っていたのだが、それが燃えて失くなってしまった。そして、最愛の娘マシュが行方不明であることを知った。妻のイナニスは無事であり、再会を喜んだが、それは一時のこと。最初はマシュと共にエイブルが王都を出たのかと思ったのだがそうではないようだ。大臣らはマシュが元々行方不明であったと主張し、エイブルがそれを隠蔽したと言う。その大臣らは合わせて、エイブルに従わざるを得なかった旨を説明していたが、今はそんな心根の真偽よりも、詰めなければならないことが山ほどある。
良かった点は、
「北部のバロッサ及びハルモニアとの戦争はヒクサス将軍とバルカ将軍の残党兵により、何とか持ちこたえております!バロッサ軍が8万、ハルモニア軍が6万、こちらの軍が5万です!」
「にらみ合いが続いておりましたが、バロッサ軍が仕掛けたとのことです!」
「こちら南西部のバロッサ及び帝国との戦争もバロッサ軍が8万、帝国軍6万、こちらはゴルドー将軍の軍が4万です!こちらもバロッサ軍が積極的に攻撃を仕掛けているとのことです!」
良かった点は大戦の情報がわかることだ。彼等、連絡係はエイブルに従っていたとは言え、今は派閥は関係ない。シュマール王国の為に、勿論自分達の為にも、王国存亡の危機を前にして働かねばならない。
そもそも何故実弟とこのような争いをしなければならないのか。それすらわからなくなっている。いや、民の為ではあるのだ。
しかしこの前の出来事、この城の地下でのことを思い出す。
◆ ◆ ◆
『フフフフフ』
アーデンは言った。
「誰だ!?」
怪しげな声は答える。
『本当ならお前に悟られぬよう、黙っているつもりだったのだが、笑わずにはいられぬ状況につい、声を出してしまった』
この地の神の声。つまりはセイバーの声だった。女神といわれていたが、男の声だった。神は続ける。
『哀れなる者達よ。お前達は滅びる運命なのだ』
神の言葉とは思えなかった。ランディル・エンバッハが言った。
「なるほど…この世界を巻き込んだ戦争は救世主を欲する人々の願いを集めるためか?」
『……』
「それと、貴様はシオンの末裔にまだ受肉していない。していないではなく、できなかったのであろう?時間をかけて行う必要があるのか、条件があるのか?いや、ギヴェオンの封印がまだ効いているんだな?しかし時を待つ暇がないのは貴様もわかっている筈だ」
『……』
「クリード様が目覚めたのだ」
『…嘘だな。アヤツの意識はまだこの星と1つになっている』
「そう思っていれば良いさ、貴様には時間がない。クリード様がこの世界大戦を間もなく鎮めてくださる」
◆ ◆ ◆
何の話をして入るのか全くわからなかったので尋ねると、ランディル・エンバッハは説明してくれた。12英傑──現在では6英雄・6蛮勇と分けられている──のシオンのことからソニア、カディル、エレツのことを。ソニアは賢者ウィンストン・ヴォネティカットとして、カディルは冒険者ギルドのガーランド・ビスマルクとして、エレツは帝国情報局の一員として今も生きていると。
そして驚いたのはレシェフが先代クライン王の宰相として生きていたと説明した。私も知っている人物だった。しかし彼は先代が崩御してからは、隠遁生活をし、3年ほど前に死んでいる。
「ならば、今でも生きているのか!?」
私の疑問にランディル・エンバッハは答えた。
「おそらく死んでいる」
奴等4人のことを四執剣と呼び、それぞれの国を裏で操っていたとのことだ。ギヴェオンの血が絶えたのも彼等による策略だとランディル・エンバッハは言う。神は力を与えられる人間に制限があるそうだ。その上限が4人らしい。
シオンの末裔に力を与えているところを見るに、レシェフこと前宰相は殺され、その入れ替りでシオンの末裔に力が与えられた。
「王弟エイブル殿下の軍が北西より現れ、天幕を張っております」
壮大な話であるが、この私にできることは先ず、この内戦を終えることにある。
私と共に作戦室にいるアーデンを私は見た。アーデンは言う。
「ロスベルグにはシェストレムとバルカ殿の残したサミュエルがいる。機を窺い、こちらの援軍として来てくれることでしょう。我等は籠城を基本とし、胸壁より弓兵で牽制をしつつ、少数部隊を門より派兵し、包囲網を崩すべきかと」
王都は周囲を壁で囲われている。つまり、その周囲をエイブル達は包囲しなければならない。だが、周囲を満遍なく包囲しなければならないのだ。エイブルの軍は5万弱いるが、包囲することによって、その厚みを薄めなければならない。
また北西方面はロスベルグにいるシェストレム率いる兵に注意しなければならない為、厚みを出さざるを得ないが、ロスベルグにいるシェストレムの軍は凡そ3万5千だ。薄く伸ばした軍、しかもこの王都の壁を囲い、連携の取りづらい戦列、北西と反対位置にある南東方面を壁の中にいる我々が小突けば、包囲網は崩れ、撃退できるという作戦が立てられている。
しかしここで、思わぬ報が届いた。
「ヌーナン村という小都市バーミュラーの更に奥にある田舎村にマシュ王女殿下が見つかったとの噂が立っております!また、エイブル殿下の落とし子もその村にいるとの噂もあります!」
私は酷く動揺した。
──いや、偽の情報の可能性もある。また、これは我等が発した偽の情報であるとエイブル達は考えるかもしれない……
なんとか落ち着きを取り戻そうとしたが、この作戦室に集まった皆が私に注目している。そして新たな報が入った。
「エイブル殿下の軍が北西の野営地を離れ、南東へと向かっております!」
私はアーデンと目を合わせた。アーデンは俯きながら言った。
「狙いは、マシュ王女殿下か……」
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〈セラフ視点〉
各国の動きを僕らはシュミレートした。
あれやこれやの要素を入れて、どこが攻めてきて、どこが攻めてこないかなんて初めの方は考えていたんだけれど、メイナーさんが提案した。
「今は時間に限りがありますので、王弟軍、帝国軍、神聖国軍が攻めてくると想定して対策を考えましょう!そして何ができて、何ができないのかを適宜判断するべきかと」
デイヴッドさんが尋ねた。
「セラフやマシュ殿下のことが明るみとなったんだ。いつくらいにはここへ軍が来ると予想されるんだ?」
するとマシュ王女が言った。
「その前に、一言宜しいかしら?」
僕らは黙ってマシュ殿下の言葉を待った。
「私は確かにマシュですが、ここではマーシャと名乗っており、とても気に入っていました。ですので、私のことはマーシャとお呼びくださいませ」
デイヴッドさんは臆する。
「いや、そういう訳には…なあ?」
僕らは頷いた。しかしマシュ殿下は言う。
「確かにマシュとお呼びするとなると敬称をつけなければとお思いになるのはわかります。ですので、別の名前を使うのです。マーシャならば気軽に呼んでも不敬には当たりませんわ。ただ──」
マシュ殿下は僕の方を見た。
「セラフは私のことをマシュお姉ちゃんとお呼びなさい!」
「え、なんで?」
「それは私の従弟ですからよ!ほら、私のことをマシュお姉ちゃんと呼んでみて?」
従姉弟で王女様ならマシュお姉様の方が良いんじゃないかと思ったが、僕はお姉ちゃんの言う通りにした。
「マ、マシュお姉ちゃん……」
僕はなんだか恥ずかしくなって、俯いた。俯きながらチラッとお姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんも何だか顔を赤らめて俯いていた。
──恥ずかしがるなら呼ばせなきゃ良いのに……
デイヴッドさんが割って入った。
「じゃ、じゃあマーシャって呼ばせて頂きますよ?」
お姉ちゃんは俯きながら返事をした。
「はい。宜しくお願い致します……」
デイヴッドさんは仕切り直す。
「んで、どっかの軍が攻めてくるとしたら、一番早い軍はどこになると思う?んでどのくらいでここへ来れそうなんだ?」
メイナーさんは握り拳を作り、それを顎に当てながら考える。
「…おそらく最も早い軍は帝国でしょうね。戦争中であることから、軍をいつでも出せるよう準備していると思います。明日にでもやって来るかもしれません。次いで王弟軍も帝国と同じ頃合いにやって来る可能性があります。しかしこちらの場合はまずバーミュラーより派遣された兵がやって来る可能性が高いので、大きな軍ではないかと思います」
ファーディナンドさんはメイナーさんの意見に反論した。
「バーミュラーのザッパ様が、インゴベル陛下派閥に付いたのならば、その可能性は低いんじゃないか!?」
「確かにそうです。しかし可能性が低いだけです。今は全てのことを考慮してから行動の取捨選択をすべきですね」
ローラさんが意見する。
「じゃあ最後に神聖国がやって来るんだね?流石にバロッサ王国は来ないだろう?」
「はい。バロッサは来ないものとして考えて良いでしょう。おそらくではありますが、神聖国も来ない可能性の方が高いですが、やはり考慮しておきましょう」
僕は言った。
「その父さんの軍と帝国の軍を争わせることはできないの?」
僕らのお得意の戦法だ。メイナーさんは言った。
「確かにやろうと思えばできると思います。それよりも先ずは、我々の身の振り方を決めねばなりません」
僕らに緊張が走る。メイナーさんは僕達全員に質問した。
「先程、帝国軍や王弟軍、神聖国軍がやって来た場合、我々はどのように行動致しますか?」
マシュお姉ちゃんが言った。
「私1人が犠牲になればこの村は救われるのですよね?」
ファーディナンドさんが遮る。
「お待ちください!その考えはよくありません!」
メイナーさんもファーディナンドさんの意見に同調した。
「そうしないためにも我々は話し合っているのです。どうか殿下も最後まで諦めないで頂きたい」
「だけど、他にないじゃない?」
「仮に、殿下が王弟軍や帝国軍、神聖国軍に率先して捕まりに行っても、ヌーナン村が助かるかどうか定かではないのです!」
「でも助かるかもしれないわけでしょ?このままなら絶対に助からないわ……」
僕は言う。
「絶対じゃないよ」
僕は対面に座っているお姉ちゃんを見た。
「僕ら、こう見えてもとっても強いんだ!それに、さっき僕や母さんのことを村の皆が家族だって言ってくれたでしょ?僕にとってメイナーさんもスミスさんもファーディナンドさんもマシュお姉ちゃんも家族の一員だと思ってるからね。だから絶対に助けるよ」
お姉ちゃんは瞳を潤ませながら呟いた。
「セラフ……」
しかしメイナーさんが反論した。
「…大変喜ばしいことではあるのですが、流石に何万もの軍に四方を囲まれてしまうとなると、手も足も出ないのではないですか?」
この意見にはスミスさんやファーディナンドさんも賛同しているような面持ちだった。僕はそれを否定する。
「いえ、作戦があります。先ずはこの村にいる冒険者や帝国、神聖国の密偵と思われる人物達を出ていかせましょう。それとバーミュラーから派遣される衛兵達も門前で帰ってもらいましょう」




