第138話 痛い目
〈六将軍カイトス視点〉
王都を奪還するために、エイブル陛下と六将軍改め四大将軍の俺とフースバルはインゴベルのいる王都へと向かった。
都市ロスベルグの包囲を解き、王都へ向かい前進させる際に、背後をロスベルグに籠るアーデンの兵達に突かれると思ったが、意外にも大人しく俺達の軍が離れていく様を不気味に観察しているだけにとどまった。
ロスベルグの中にはアーデンの右腕シェストレムとバルカの副官サミュエルがいる。奴等は、ここで兵を消耗するよりも、俺達が王都を奪還する戦闘の最中、背後より奇襲を仕掛けた方が効果的だと考えているのだろう。
行軍し、王都が見え始め、矢の届かぬ距離に天幕を建てる。兵站も残り少ない。どのように王都を攻略しようかとエイブル陛下とフースバルや俺、2人の参謀を含めて会議をしようとしたその時、伝令係が天幕に入ってきた。
「う、噂程度のことを伝えても宜しいでしょうか?」
エイブル陛下は「構わん」と言って伝令係に促す。伝令係は言った。
「小都市バーミュラーの更に奥にあるヌーナン村という、魔の森に近い村に、インゴベルの娘マシュを発見したとの噂が広がっております……」
俺は思ったことを口ずさむ。
「ガセネタの可能性が高いな。まぁ、元々噂程度の話だから、俺達を惑わせ、兵力を分散させる狙いがあるんだよろうよ?ていうか今までの戦いのせいでそうとしか見えねぇ」
バロッサとの国境に連なる崖やあの天候を見て、俺はそう思った。しかし理由はそれだけではない。ヌーナン村という言葉に不穏を感じ取っているのだ。以前、ヌーヴェルやミルドレッド、ザクセンを使ってヌーナン村がらみのことを嗅ぎ回ったことがある。それで一度痛い目にあっているのだ。
俺の言葉に天幕にいたフースバルも賛同する。しかし俺達の主、エイブル陛下は思考に沈む。そしてゆっくりと声を発した。
「…その噂の内容はそれだけか?」
俺は訝しむ。
──何が訊きたいんだ?
伝令係は胸の内で荒れ狂う風に飛ばされぬよう、緊張の糸をピンと張っている様子だった。その様子を受けて陛下は促す。
「構わん、申せ」
「…へ、陛下の落とし子がいるという噂も広がっております……」
俺やフースバル、その参謀達は反応しないよう心掛けたが、ほぼ全員がそうしようとしたせいで逆に張り詰めた空気が満たされてしまった。
陛下は言う。
「…そこに私の落とし子がいるのは事実だ。つまり、そこにマシュがいるという噂にも信憑性が増す」
陛下は冷静に分析している。ならばと俺は進言する。
「しかし、信憑性が増しただけでございます!ここで兵を分散させるのは得策ではありません」
王都攻略を諦めるか、王女マシュの確保を優先し、脅しの材料に使うか。後者はまだ確実な情報ではないというのが懸念材料である。それに噂が広まりつつあるとこのままマシュを捕らえに行って仮にそれが成功すれば民達は、インゴベルの娘を人質にとって、王位を奪取したと思うだろう。
──いや、公には別の発表をすれば良いのか?
帝国にマシュを奪われ、それをエイブル陛下が救い出し、インゴベルより王位を譲られたなどと言えば良いだけのことだ。他にも状況に応じていくらでも言える。
問題はそのヌーナン村に王女マシュが本当にいるのかどうかという確実性だけだ。
すると新たな訪問者がこの天幕に訪れる。
山のような巨躯に、着ている防具がはち切れんばかりに膨れ上がった鋼の筋肉をまとった大男だ。そんな体躯にも負けない巨大な大剣を背負っている。ヌーヴェルの剣よりも大きく、タイロンよりもデカイ。
──コイツは……
フースバルが言った。
「Aランク冒険者のミルトン・クロスビー……」
血の気の多いタイロンも何も言えず、ミルトンをただ見上げているだけにとどまった。陛下が尋ねる。
「何のようだ?」
ミルトンは言った。
「クエスト依頼だ。魔の森でのモンスター討伐を依頼された。アンタらが無事ヌーナン村へ辿り着く為の護衛もついでにしろとのことだ」
「ウィンストンの命令か?」
「そうだ」
陛下は「わかった」と言って俺達に命じる。
「ここを捨て、ヌーナン村へと向かいマシュを捕らえる」
俺は言った。
「ま、待ってください!陛下は信じるのですか!?マシュがかの村にいると!?」
「勿論、全軍で向かうつもりはない。王都の更に南東にある都市ルミヴェイルで防御の陣を敷き、一部の軍をヌーナン村に向かわせるつもりだ」
都市ルミヴェイルは王都と小都市バーミュラーの間にある都市だ。その都市を起点に防御の陣を敷くということは、王都よりインゴベルの兵がヌーナン村へ向かうのを防ぐ狙いがある。そして本隊を離れた一部の部隊がヌーナン村へと向かい、マシュを確保する。そんな作戦だった。俺は難色を示しているとミルトンが言った。
「お前達は内戦中だから知らないんだな。既に帝国も神聖国もその事実を知っている。それぞれどんな動きをしてくるのかはわからないが、動くなら今しかないぞ?」
俺は違和感を抱く。
「アンタら冒険者は、国のゴタゴタには関わらないんじゃねぇのか?魔の森のモンスター討伐を名目にしてはいるが、エイブル陛下に肩入れしてんのがバレバレじゃねぇか?」
「そっちこそ、ヌーナン村には関わりたくないような面持ちではないか?」
ちっ。冒険者って奴はなんでこうも鋭いのかねぇ。一瞬でもそう思ってしまった俺の負けであった。
エイブル陛下は訊く。
「なんだ?何かあるのか?」
俺は頭をふり、何でもないと主張した。




