第137話 忘却
〈ハルモニア神聖国教皇視点〉
魔の森から戻ったプリマからの情報に私は頭を抱えた。任務に当たっていた5千の兵は千に減少し、三大楽典プリマ・カルダネラは消耗が激しく、休養が必要だと感じたからだ。
そこへヌーナン村に此度の世界大戦の元凶ともなるシュマール王国の王弟エイブルの落とし子と王女マシュの存在が確認されたという情報が重なる。
枢機卿達を『署名の間』に集めて会議を開いた。私は報告する。
「プリマ・カルダネラの報告により、魔の森に潜伏しているリディア・クレイルは5千の神聖国兵を退かせ、同時におよそ7千の帝国兵達をも返り討ちにしたそうです」
「なんですと!?」
「なんと!?」
「それは真でございましょうか!?」
私は順をおって説明する。昨日届いた報告と昨夜暗部のアンネリーゼが書いた報告書を見ながら要約した。
「まずヴィクトール帝国は、シュマール王国の小都市バーミュラーを攻略しようと越境した際に、ヌーナン村を襲い、そこを拠点にしようとしました。しかしそこへリディアが介入し、それを阻んだと魔の森で戦った帝国兵が尋問の末にそう言っていたそうです」
報告書には拷問をしたと記載されているが、それを尋問と意訳した。
「ヌーナン村を我が神聖国が秘密裏に支配していたと帝国が思った矢先に、我々がリディアの報告の遅れを懸念してミカエラを派遣してしまった。そしてたまたまヌーナン村の調査をしにやって来た帝国兵がミカエラを発見し、疑念を確信に変えてしまった、と推察されます」
「そ、そんなことが……」
「まさか……」
「そしてこの世界大戦に乗じて帝国は魔の森に侵攻し、我が神聖国もといリディアを討伐しようとした。そこに我らも軍を派遣してしまい、帝国軍と神聖国軍、リディアの軍と三すくみの戦争をしてしまったそうです。帝国軍はこの世界大戦を終えた次の時代を危惧して、この魔の森を攻めたとも捉えられますね……」
頭を抱える枢機卿と今後起こりうる戦況を思考する枢機卿とそれぞれ反応を示す。私は続けた。
「初め帝国軍はリディアと我が軍が志しを共にしていると思ったそうですね。そこをリディアに突かれたと報告しています」
枢機卿の1人、クレメンス枢機卿が訊いた。
「突いたとは、具体的にどのようにしてでしょうか?」
「リディアはいち早く帝国軍と神聖国軍の侵入に気付いた。そこで帝国軍と我々の軍がぶつかるように仕向けたのです。そして自分は限界まで身を潜め、ここぞという瞬間に両軍共に撃退したとのことです」
先程質問してきたクレメンス枢機卿が尋ねる。
「リディア・クレイル様と帝国が手を組んでいる可能性はありませんでしょうか?」
「それはない、と報告書には書いてありますね。実際、プリマはリディアの操るモンスターの群が帝国兵に襲いかかっているのを目撃しているようです」
「それでは聖下が危惧されていた、王弟エイブルとクレイル様が組んでいる可能性はあるのでしょうか?」
「それも否定できそうですね。プリマの報告書ではなく、先程入ってきたばかりの情報に王女マシュと王弟エイブルの落とし子がヌーナン村にいたそうですよ」
「なんと…そ、それはどのようにして発覚したのですか?」
「ヌーナン村へ王弟エイブルが刺客を放ったようですね。この内乱から発生した世界大戦の混乱に乗じて自分の落とし子を始末しようとしたとのことです。そこで殺されそうになった落とし子をたまたまそこに潜伏していた王女マシュが助けにいって発覚したようですね」
ヌーナン村にいた我が密偵は、そのことがわかり次第直ぐに村から離れた為に、現在どのようにその騒ぎが決着したのかはわからない。落とし子はその場で殺されたか?王女マシュは王弟の兵に捕縛された?
「リディアが王弟エイブルの思惑でヌーナン村を支配していたのなら、王女や落とし子が発覚してしまうようなミスは起こり得ないわ」
「だとしたらあの暗殺者セツナは……」
「その暗殺者さんは、魔の森での戦争で行方不明。怪しげな動きは一切なかったそうだけど、連れていったのはやはり失敗でしたね……」
私の言葉の残響がこの場を支配し、皆が沈黙した。そしてここ『署名の間』に新たな情報が入る。
「急報です!シュマール王国内で動きがございました!」
皆が衛兵の続ける言葉に耳を傾けた。
「インゴベル王は王都を奪還!王弟エイブルは王都より脱出し、王都北西の自軍と合流したそうです!」
そして次に別の衛兵より文が届いた。
私はその文を読み、新しく入ってきた情報を手短に要約した。自分の頭を整理させるためでもある。
「バロッサが我が国の領土並びシュマールの領土に踏み入り、攻撃を仕掛けたそうです」
枢機卿達は息を飲んだ。
このことからわかるのは、バロッサとインゴベル王が手を組んだ可能性がある。絶妙な頃合いだ。バロッサは都市ロスベルグの更に北西からシュマールの領土を侵略すれば良いのにそれをしないのはおかしなことである。
──差し詰め、インゴベル王に金でも積まれたのでしょうか……
しかしこの私の思考は次にやって来た衛兵の報告によって覆る。
「ロスベルグの更に北西、バロッサとシュマールの国境付近では嵐が吹き荒れ、その国境に沿うよう崖が連なっており、バロッサ王国軍の侵攻を防いでいるとのことです!」
枢機卿達はそれぞれ言った。
「一体何が起きているのだ……」
「そんな行い、人間に可能なのか?」
「まさか、神のご意志では……」
確かに神ソニアの意志が関係しているかもしれない。私は言った。
「この世界大戦、我らが得をすることはもう諦めようかと思います」
「そんな!?」
「これは好機ではないのですか!?」
「確かに好機だと思っておりました。しかしハルモニアの戦力である三大楽典の1人が裏切り、1人が近日中の戦闘に加わることができなくなりました。この時点で、新たに戦いを挑むことは難しいです」
枢機卿達は黙った。
「現在戦闘中のミカエラには国防を特化するように命令致しましょう」
枢機卿の1人が言った。
「ヌーナン村の王女マシュと王弟エイブルの落とし子はどうなさるおつもりで?」
「おそらく王弟が両方を手にしようとヌーナン村へと向かうと思いますね……落とし子のほうはもう殺されているかもしれません。我々としては密偵を送り込み、情報を得ることで、得もしないが損もしない状況にするだけかと思われます。心配なのはリディアがハルモニア神聖国の威を借る可能性があることですかね?なので今の内に各国へ根回しをしておきましょうか?」
会議を終え、それぞれが『署名の間』をあとにする。
私は私室へと戻った。歴代教皇が引き継ぐこの部屋は、広々としており、全面が大理石でできている。天蓋付のベッド、床には緋色の絨毯が敷かれ、複雑な幾何学模様が織り込まれている。窓はステンドグラスで、色とりどりの光が部屋を幻想的に照らし、遠くで響く聖歌が静寂を満たしてくれている。
私は扉を閉めて鍵を掛けた。
部屋の隅に古い書物が積まれた書架がひっそりと佇む。私はそれを眺めた。とある一冊の本を手に取ろうと背表紙の上に手を掛け、目当ての本を傾ける。
すると、カチリと音を立ててその本が立て掛けられている本棚全体が動き始めた。本棚を押すと、別室に繋がる秘密の空間へと誘われる。
真っ暗なその空間を蝋燭を灯しながら歩いた。そして、人1人が跪けば埋め尽くされる狭い、空間に出る。正面には等身大の神ソニアの像が静かに立っていた。
この部屋は教皇となった者だけしか知り得ず、他の者は入ることを許されない。私も先代の教皇に教えてもらった。
両側の壁に取り付けられている蝋燭に火を移しつけ、ソニア像の前に跪き、此度の作戦を報告する。
─────────────────────
─────────────────────
〈ウィンストン・ヴォネティカット(ソニア)視点〉
ハルモニア神聖国から情報が届いた。
各国の動きは、これで粗方想像できる。しかしどうしても気掛かりなことがあった。それはランディルと戦っていた時に感じたあの強大な魔力だ。
Aランク冒険者のミルトン・クロスビーがバーミュラーで感じた殺気を私は勝手にランディル・エンバッハによるものだと決めつけていた。ランディルの戦闘中に、しかもバーミュラー方面であの魔力が解き放たれたのであれば、ランディルが何かを仕掛けたとも予想できる。
しかし、ハルモニア神聖国からの情報により、リディア・クレイルが引き起こした可能性も浮上してきた。
魔の森は深い。何度も調査をしたことがあったがこれと言って脅威となるモンスターに遭遇はしていない。しかしリディア・クレイルが精神支配をし続け、魔の森を活性化させてしまったのが切っ掛けで、古龍クリードのような怪物を目覚めさせてしまった可能性なら──相当低いが──なくはない。
──或いはランディルとリディアが手を組んだか?混沌を作る要素として、リディアを魔の森に派遣したのが仇となってしまったか……
そこに12英傑のエレツ改め、マルティネス・ベルガーが接触し、あのような魔力爆発が発生したと予測している。
──奴と今でも連絡が取れていないのは、そのせいかもしれない……いや、もしや殺されたか?
私は始まりの英傑シオンの末裔のスレイと共に、バロッサ王国へとやって来た。ここにある冒険者ギルドの総本部を訪問するためだ。
冒険者ギルドの総本部は、バロッサの首都の中心にそびえる石造りの巨大な要塞である。尖塔が空を突き、冒険者ギルドを象徴する旗が風に煽られはためく。内部は広大な空間が広がり冒険者たちが集っていた。依頼が記載された羊皮紙が掲示板にはびっしりと、乱雑に掲載されている。冒険者達の下品な笑い声と装備した防具と武器の擦れる音が響き、併設された酒場では冒険者達が杯を交わす。汗と拭いきれていないモンスターの血の臭いがした。
奥には訓練場、上階には図書館とギルドマスターの部屋。壁には歴代Aランク冒険者達の武具や貴重なモンスターの素材が飾られ、歴史と冒険の息吹に満ちている。
それらを通り抜け、奥の階段を上り、最上階へ。重厚な扉が目印のギルドマスターの部屋を開けた。
私と同じく12英傑のカディル改め、全ての冒険者ギルドの頂点に君臨するギルドマスター、ガーランド・ビスマルクが重厚な机を前にして書類仕事をしていた。筋骨隆々の体躯には不釣り合いな書類仕事。くすんだ銀髪混じりの短髪と鋭い青い目。顔には12英傑時代に負った傷が乱雑に刻まれていた。
私同様、神に力を与えられた存在である。ならばその傷を治すことも可能なのだが、ガーランドは過去を忘れない為の戒めとして残しているらしい。
「ノックをすべきだったかしら?」
書類に目を通したままガーランドは言った。
「かまわん」
私は言った。
「ここでもあの魔力を感じた?」
今まで書類の文字を読むために右から左へ忙しなく動かしていた眼球が動きを止めた。
「ああ……」
「貴方はあの魔力をどう感じた?」
少しの間と手にした書類を置いてからガーランドは言った。
「古龍クリードが目覚めたとしか思えない」
「でも、そんなことあり得るかしら?この星を崩壊させずに、目覚めることなど」
するとスレイが尋ねる。
「その、古龍とはどんな存在なのですか?」
この時初めて、ガーランドはスレイに目を止めた。そこには嫉妬のような感情があると思ったが、私は構わず説明する。
「神の天敵よ?世界の管理者を気取って、人間を惑わしてきた歴史がある。私達の神を信じる信徒達と龍を崇める者達で争いが起きたわ。貴方の先祖であるシオンはその古龍に使える四龍の内の風龍を倒した。そしてギヴェオンが火龍バアル、ここにいるガーランドが水龍ネフィリムを、私が地龍ドラクシスを倒した。四龍を1体倒す度に、天変地異が起きてね。本当だったら神セイバー様が空と大地を管理するつもりだったの、しかし神セイバー様は四龍を率いている古龍クリードの存在にお気付きになられた。世界の管理者としてクリードがいるのならば、今まで四龍に任せていたその任をクリードにやらせ、力を使わせているの。クリードはその役割を担ったおかげで、身動きが取れず、眠ったような状態になったわ。軈てクリードや龍達の存在が忘れ去られ、神セイバー様を讃える。だけどね、人間って愚かでしょう?」
スレイは頷いた。
「管理者である龍達のことを忘れたけれど、神セイバー様のことすらも忘れてしまうのよ。例え民族を統一し、その代は神を讃えても次の子の時代、更にその子の時代と神の存在意義は薄れていくわ。特に目に見えない神なら尚更ね。全く違う偶像を崇拝したりするくらいよ。人の心は不安定で、それを安定できさえすれば別に神じゃなくても良いの。歴史的伝統やお金や恐怖なんかでも代用できる。私達は色々と試したわ、今もその途中……」
私の場合は、自ら神と一体化し、信仰の対象となった。人間の罪を一心に背負い、人間の手で殺されるという悲劇を添え、最後に甦ると言った話にもした。勿論、神セイバーに許可をもらった。セイバーを女神として扱ったのも、男神よりも女神の方が救われる人間が増えると思ったからだ。
私は神セイバーを差し置いて、自ら神を名乗るのはおこがましいと思い、一度神から離れた。それには、神を独り占めにしたかったからという理由も含まれている。しかし、この計画は私だけの胸に止めておこう。
スレイが尋ねる。
「その古龍クリードが、天変地異を起こさずに立ち上がったということですか?」
ガーランドは同意した。
「力を貯めながら、ランディル・エンバッハを使って世界を知り、我々の動きを察知して力を解放した。というのが私の見解だ」
私はその話に乗っかる。
「じゃあ、ここで1つ相談なのだけれど、その力を解放したクリードのためにクエストを依頼したいのよ」
「冒険者にか?討伐できるわけがないであろう?」
「討伐依頼ではないわ。そもそもダンジョン攻略と銘打って、冒険者にダンジョンの何処かにいるクリードを今でも捜索させているわけよね?ならばあの魔力の発生源の調査と周辺のモンスター討伐の依頼をしても自然なことだわ?」
ガーランドは冒険者ギルドに登録した冒険者を意のままに操ることができる。しかしそれは1人の冒険者に対して一度きりしかできない魔法である。だからクエストという体を守って依頼した。
「…わかった」
了承するガーランドに私は条件をつけた。
「場所は魔の森、王弟エイブル、もしくはその軍の護衛として同行させて?冒険者法に抵触しない限りでお願いね」
おそらく、ランディルはインゴベルとエイブルがギヴェオンの子孫でないことを知っただろう。しかし聖地を守る為にも、そこから出られない。対して古龍クリード?やリディア・クレイルの近くにインゴベルの泣き所である王女やエイブルの落とし子がいるならば、エイブルは必ずやそこへ向かい、それぞれを手にし、対処するだろう。エイブルにはまだ王都奪還をして貰わねばならない重要な駒だ。
──エイブルが駄目になった場合の次の手も打っておこうか?
ハルモニアの情報を元に、このままエイブル達がヌーナン村へ行けば、古龍クリード?かリディアがモンスターを使って何かをする可能性が高い。その対処に冒険者を当たらせれば、更なる情報を落とす可能性もある。
──もしかしたら王女も落とし子も、ランディルが手を回していた?不干渉を気取ってはいるけれど、そうしない可能性も否定できない。
ガーランドにクエストを依頼し終えた私達はランディルのいる王都を目指す。
──さぁ、どう出る?




