第134話 家族
〈セラフ視点〉
僕はアビゲイルにおんぶされながら、リュカとジャンヌとマルクと一緒に食事処へと続く扉の前までやって来ていた。いつもならばこの扉を前にするだけでお客さんの話し声が漏れ聞こえているのだが、今日はとても静かだった。
それもその筈、この村に王女様がいて、反乱を起こした王弟の隠し子がいるのだ。ここへ王弟軍、もしくはインゴベル陛下の軍が王女の保護と僕を捕らえにやってくるかもしれない。このヌーナン村にいたら、王女を匿った罪、もしくは王弟の落とし子を匿った罪で捕まってしまうかもしれない。皆、この村から出ていってしまっただろう。
またこの村の隣の魔の森では神聖国と帝国が戦争をしていたのだ。この村に各国の密偵がいた筈である。その密偵が自国にここの村の状況を伝えにこの村から一斉に出た可能性がある。
──そうなった場合どうなる?
僕は各国の動きを予測していると、ジャンヌが扉を開けた。
僕は見慣れた筈の食事処の光景に驚いた。
食事処にはたくさんの人で溢れ、皆が僕を静かに見つめている。そして母さんが僕の元へ走ってきた。
「セラフ!」
アビゲイルはおんぶされている僕を母さんに渡して、僕と母さんは暫く抱き合った。
「セラフ…私の大切な宝物……」
「…母さん、僕は母さんのこと大好きだよ」
なんでこんなこと言ったのかわからない。また眠気のせいにしておこう。でもそれを言いたかった。母さんに伝えたかった。僕は父さんからしたら望まれた子供ではないかもしれない。それでも母さんは僕を見捨てずに育ててくれたのだ。それってすごいことじゃない?それが普通?普通かな?だって、母さんは僕を育てるなんて言わなければ、危険な目にあわなかったんだよ?それに望まなかったのは何も父さんだけじゃない。母さんも僕の誕生を望まなかったかもしれないじゃないか?
「お母さんもセラフのことが大好きよ」
その言葉で僕は涙が溢れそうになるんだ。
僕みたいな落とし子が存在して良いと証明されているみたいで、とても嬉しかった。それに前世の記憶で、そんなことを両親から言われた記憶はなかった。
そして『黒い仔豚亭』の常連であるハザンさんが言った。
「おい、セラフ?いつまでも甘えん坊がなおんねぇな?」
確かに僕と母さんは村人皆の前で、暫く抱き合っており、彼等のことをいないものとして扱ってしまっていた。
僕は母さんに抱き締められながら、恥ずかしさを隠すようにして尋ねた。
「ど、どうして皆ここに集まってんの?」
ハザンさんが言う。
「そりゃ──」
ルーベンスさんが言った。
「みんな、セラフのことが心配だったんだよ!」
大工のトウリョウさんや弟子のシデさん、村長様や息子さん、修道司祭様に、たくさんのヌーナン村の人達が声をかけてくる。
「大丈夫だったか?」
「心配したんだよ?」
「元気そうで安心したぜ!」
「手の怪我は大丈夫なのかい?」
「私にも抱かせてちゃうだい?」
母さんに抱き締められながら僕は堪えていた涙をとうとう流してしまった。
それを皆に見せたくなくって、僕は母さんの肩に顔を押し付けた。
ハザンさんは言う。
「おいおい?どうしたんだぁ?泣いてんのかぁ?ダーハッハッハッ!!」
僕は涙ぐみながら言った。
「ど、どぼじで…みんな……僕は王弟の落とし子で、みんなのこと危険に──」
トウリョウさんが言った。
「んなもん関係ねぇ!昨日も言ったが、セラフとマリーさんは俺達の家族なんだよ!!ガキが一丁前に気遣ってんじゃねぇぞ!!」
僕は暫く母さんに抱き締められながら泣いた。
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〈ケインズ商会代表ジョン・メイナー視点〉
セラフ君は落ち着きを取り戻し、村の人々1人1人に感謝を告げていた。
──大した子供だとは思っていたが、王弟エイブル殿下の落とし子だったとは、夢にも思わなかった。
ひとまず、村の人々の反発がないだけで十分である。後の残された、たくさんの問題を解決しなければならない。
すると農家を営むハザン氏が言った。
「んじゃ、セラフの無事もわかったことだしよ、一旦俺達は出ていくか?」
そう言って、ハザン氏や他の村人達は私や隣にいるマシュ王女殿下に目を合わせてから、『黒い仔豚亭』から出ていった。
私は無言で頷き、感謝を示す。
村人達は色々と尋ねたかっただろう。しかしマシュ殿下の昨日の行動で、村人達は我々に便宜を図ってくれたのだ。
残ったのはセラフ君達『黒い仔豚亭』のメンバーと私とスミス、マシュ王女殿下とファーディナンド、それとヌーナン村の村長様ととんがり帽子を被った女性がいる。
──彼女は新しい従業員か?
セラフ君は席につき、デイヴィッド氏が言った。
「良かったな、セラフ?」
「うん!」
「村の人達は確かに優しいが、この優しさは、セラフが皆の為に今まで頑張ってきたからなんだぜ?セラフの優しさが伝わって、みんなも自然とお前に優しくなったんだ。そんでぇ……まず色々と確認したいことがあると思うんだが、飯にしようか?」
セラフ君が言った。
「ご飯って…今は……」
「もう昼時だ」
そう。セラフ君は昨日の夜から今まで眠っていたのだ。デイヴィッド氏の作る料理をモグモグと美味しそうに食べるセラフ君を我々は黙ってみていた。
「……」
すると隣の殿下からグギュルルルとお腹の鳴る音が聞こえる。さっき昼食を食べたばかりだと言うのに、お腹をすかせているようだ。
殿下は赤面して、言った。
「しょ、しょうがないじゃない!セラフがあまりにも美味しそうに食べるから──」
セラフ君が言った。
「お姉ちゃんも食べる?」
そう言って、焼き鳥の串を1本渡す。セラフ君は渡す際に声を発した。
「そういえば、本当に僕のお姉ちゃんなんだよね?従姉弟って意味の……」
もう我慢できないと言わんばかりに私は尋ねた。
「セ、セラフ君は本当にエイブル殿下のご子息なのでしょうか?」
落とし子とは表現しなかった。セラフ君はまるで他人事のように言う。
「なんだかそうみたいなんだよね?お姉ちゃんも、本当にインゴベル陛下の娘なの?」
殿下は答える。
「ええ、そうよ」
「じゃあ──」
私はセラフ君の言葉を遮って言った。
「ちょっと待ってください!この本館の上に宿泊しているお客様はいないのですか?」
我々の話を他者に聞かれては困る。するとジャンヌ殿が言った。
「心配いりません。この本館に宿泊しているお客様は現在おりません。それに、もしご心配ならばこの空間だけに声が広がるよう魔法で管理しますよ」
「そ、そんなことができるのですか?」
ジャンヌ殿は何やら魔法を唱えた。風が舞い、彼女の髪が一瞬たわむのが見てとれたが、これといって変わりがわからなかった。すると私の隣にいたスミスが我々から離れ、検証し始める。
「うおっ、本当だ!?ここから先、何も聞こえてこない……」
思い返せば、今までのジャンヌ殿の行動。このような未知の風属性魔法や野盗集団に対しての対応、そして昨夜のあの威圧感。私は言った。
「あ、あなた達は一体何者なのですか?」
ジャンヌ殿は言った。
「それはこちらのセリフでございます。何故王女殿下をこの村に?」
セラフ君が割って入る。
「ジャンヌ、僕らは確かに結構な隠し事をしていたから、メイナーさんにそう訊かれるのも納得がいくよ。だから──」
セラフ君は私に目を合わせながら提案した。
「まずは、メイナーさん達の質問に1つ答えます。そしたら次は僕らの番。こうやって一つ一つ疑問を解消していきませんか?」
セラフ君が促してきたので、私は質問した。
「わかりました。それではまず始めに──」




