第132話 家父長制
〈王弟エイブル視点〉
ウィンストンが討って出た際、王都から離れる決断を下せと言われた。北西のロスベルグにいると思われるカイトスとフースバルと合流しろとのことだ。
確かに、インゴベルは5千の兵を引き連れてここまでやってきた。事前の情報ではインゴベルの兵は4万であり、こちらの軍は6万だ。真っ向からぶつかり、こちらの6万の軍を全滅させたと考えるよりかは、策を弄して5千の兵を突破させたと考えた方が現実的だ。
私は王都の糧食庫を燃やしてから、インゴベルの軍に悟られぬよう王都の南の門から外にいでて、ぐるりと迂回しながら北西のロスベルグへと向かった。
王都を離れるのは、心苦しかったが、同時に張り合いのようなモノを感じていた。そんな自分の心境に驚き、笑えぬようなこの状況につい笑ってしまった。
「クククク……」
深い闇夜ではあるが、私の周りを護衛している者達が心配そうに見つめてくるのがわかる。
思えば、昔から張り合いのない兄だった。
私より先に生まれただけの凡庸な兄。昔から私の方が何をしても優れていた。剣術や馬術、軍略や勉学に関して兄に負けたことはない。だが兄は王冠を手にし、民からの称賛を浴びる。私の全ては兄を凌ぐのに、なぜ生まれた順だけで全てが奪われる?この城で冷たい視線に耐え、嫉妬と怒りが胸を常に焦がしていた。何度となく王座を奪う日を夢見たことか。しかし家父長制の鎖に縛られ、私はただ黙ってそれに従うしかなかった。
私が王座を奪ったあの日のことを忘れまい。
しかし今またこうして、王座を追われ、少数の護衛に囲われながらどのような状態でいるかもわからぬ、自軍へと赴く。
──もっと惨めな気持ちになると思っていたのだがな……
夜通し、馬を走らせ、朝陽が昇ってきた辺りでロスベルグを囲う我が軍が見えてきた。
ロスベルグの胸壁からの弓矢が届かぬ距離に天幕が幾つか張られている。私は一際大きな天幕に入ろうとすると、巨大な男に阻まれた。短髪が反り上がり、肩幅が私の倍はある巨漢だ。
──確かフースバルのところの……
巨漢は言った。
「なんだなんだ!?ここはお前みたいな商人風情が来るところではないぞ!?」
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〈六将軍カイトス視点〉
俺はこのロスベルグより更に北西のバロッサ王国との国境を覗いてから、ここへ帰ってきた。
明け方になってしまったが、フースバルやその参謀達を叩き起こし、見たままのことを伝えたが、タイロンは勿論ウェスタンやフースバルも信じようとはしなかった。
「だ~か~らぁ!バロッサが攻めてこないってインゴベルは知ってたんだよ!そんで昨日、いやもう一昨日か?王都へ向かって進軍してんだよ!」
信じられない気持ちもわかる。ミルドレッドやザクセンも俺の話を聞いて呆気にとられていた。
タイロンは言う。
「アホくさ。そこまで落ちぶれたか……俺はもう一眠りするぜ?」
タイロンが天幕から出ようと屈みこむと、この天幕に入ってこようとする何者とぶつかった。
「なんだなんだ!?ここはお前みたいな商人風情が来るところではないぞ!?」
タイロンは俺の報告の苛立ちのせいか、大声を上げて、騒いだ。しかし、それに怯むことなく来訪者は静かに言った。
「騒ぐな馬鹿者が、今すぐ王都へ迎え」
「はぁ!?お前、どこの所属だぁ!?処分して──」
俺はタイロンの馬鹿デカイ図体の奥に、見覚えのある方を発見する。俺は直ぐにタイロンの脇腹を蹴り、吹っ飛ばす。天幕のすみに蹴り飛ばされたタイロンは踠きながら言う。
「ってぇ~~!!何しやがる!?」
俺はその言葉を無視し、来訪者の前に跪く。その姿にフースバルとウェスタン、ミルドレッドにザクセンも続いた。タイロンだけが何が起こっているのか理解していない。
やはり、俺の思った通りだ。インゴベルは軍を王都へと向かわせたのだ。しかしこの状況、何と説明したものか、何も思い付かない。策略に敗れ、主君の鋭い叱責の視線を、更に跪くことによって反らすしか方法はなかった。
エイブル陛下は口にする。
「貴様らを罰したいところだが、戦はまだ終わってはいない。インゴベルの首を取る機会は残されている。今一度、力を結集し、勝利を我が手の元に取り戻せ!!」
俺は言った。
「次こそは、必ず……」
フースバルも言った。
「必ずや、勝利を手に致しまする」
そんな中、タイロンは言った。
「なんだ?どうしたんだ!?」
するとまたもや天幕に来訪者が訪れた。
「きゅ、急報!」
来訪者の伝令係は俺達の様子を見て、一瞬躊躇った。陛下は言う。
「臆するな。申せ」
伝令係は歯切れの良い返事をしてから言った。
「バロッサの軍が北東、シュマール王国軍とハルモニア神聖国軍に攻撃を開始し、また同時に南のシュマール王国軍とヴィクトール帝国軍にも侵攻を開始したとのことです!!」




