第131話 愚か
〈ランディル・エンバッハ視点〉
襲い掛かる火に付与魔法をかけ、自ら御せる火として扱った。暴風に付与魔法をかけ、清風にして戯れた。大地と水すらも変幻自在に操る。ギヴェオンは付与魔法の使い手だった。
「そ、そんなことが付与魔法にできるわけないではないか!?」
アーデンの言葉に私は返した。
「確かに普通の付与魔法の使い手なら身体強化や精神強化を行使する程度だ。だが、お前らの偉大な神がギヴェオンに力を授けたんだ。そんな者が四大属性魔法に付与魔法をかけるなんて容易いと思わぬか?」
2人は黙った。
「そしてギヴェオンは自らの血に付与魔法をかけて、神を封印した」
私は2人と同じく、地下に広がるこの聖域を眺める。インゴベルが言葉を発した。
「そ、そんな話、聞いたこともない……」
「聞いている筈だ。ギヴェオンの血を受け継ぎし王達は代々4年に一度の豊穣の祭典時に、血をこの聖域に捧げる。そうすることで封印は維持され、豊穣と繁栄が約束される」
インゴベルは言った。
「しかしギヴェオン亡き後、暫くこの聖地は──」
「ああ、ギヴェオンが神から力を得たにも拘わらず短命だったのはこのせいだ。この血の封印にギヴェオンは寿命を削ったのさ。そしてギヴェオンの息子ランドルフが後を継ぐが、権力者達は金と欲で舵を取り、義は波間に沈む。ギヴェオンという偉大な光明亡き後、愚かな争いが闇の時代を呼んだのだ」
「その間、封印はどうなったのです?ギヴェオンの子孫は北西に逃れ、エフライエムが再び聖地を奪還するまでの間、相当な時があった筈!?」
私は、フンと鼻をならして答えた。
「流石は叡王と呼ばれたギヴェオンよ。自分亡き後のシュマール王国の腐敗に気付いていた。子孫が血の封印を再びかけ直すまでの猶予を引き伸ばしていたのだ。寧ろ、ギヴェオンが封印をかけて直ぐに、息子や孫がかけ直すよりも何もしないほうが封印は強固であったと私は思うぞ?」
アーデンが言った。
「そしてその封印を陛下がかけ直すと……」
私はアーデンに尋ねる。
「まだ何か疑っているのか?寧ろ、4年に1度行う儀式なのだから何の心配もいらぬだろう?」
2人は黙り、血の儀式を行う。既にインゴベルは手に怪我をしていた。何でも王弟軍と戦った時にこの血の儀式を模した檄を飛ばしたとのことだ。
私達は聖域に入る。
アーデンは持参した聖杯を足場の悪い聖域の中心まで持っていく。聖域の中心には隆起し、下から突き出た大地がちょうど祈祷台のような役割をしている所がある。そこへ聖杯を置き、インゴベルは短刀でもう片方の傷付いていない掌を切りつけた。そして詠唱する。
「このチに豊穣と繁栄を……」
手を握り締め、溢れ出る血を聖杯に滴り落とす。
「このチに安寧と安らぎを……」
血の雫の落ちる音がこの空間に広がる。
「このチに服従と平伏を、万物を司る女神セイバーよ。我が上奏に応えたまえ……」
私は「よし」と言って、聖杯を眺めた。
が、何も起こらない。
「ん?」
本来ならこの聖域を覆うように魔法陣が出現するのだが、やはり何も起こらない。
私は考えた。
──まさか、もう封印が破られている!?
私は地に手を触れて、確かめる。
──確かに弱まってはいるが…いやかなり弱まっている!?
私はどうせ血の儀式で封印をかけ直すのだからと封印の状態を確認していなかった。
私はアーデンとインゴベルを見た。2人はどこかよそよそしい態度である。
「お前が最後に血の儀式を行ったのはいつだ?」
「ちょ、ちょうど4年前くらいに当たります…それに、ここ最近の反乱でそれどころではなかった」
「なんだと?」
私は思ったことを口にする。
「4年やそこらで、この封印の弱まり具合は説明できんぞ!?一体何年前からやっていないのだ!?」
2人は俯き、黙ったままだ。私はとあることを悟った。まずもってそれはないだろうと思ったことが最初に頭に浮かんだのだ。それはあまりにも絶望的過ぎるので、初めにこの解答を消そうと思い、尋ねる。
「お前は、ギヴェオンの子孫ではないのか?」
インゴベルはゆっくりと頷いた。
「は?」
頭が真っ白になった。ならば王弟エイブルを殺してでも血をこの聖域にばらまけば良いと思ったが、尋ねた。
「王弟エイブルは……?」
「わ、私の実弟です」
「ということはエイブルもギヴェオンの子孫ではないのか……お前らは、馬鹿か?一体何のために争っている?」
先ずは文句が口からでた。そして暫く様々な思考が駆け巡った。何故この質問をしたのか自分でもよくわからないが、インゴベルに尋ねた。
「…先代のクラインはどうなんだ!?奴も違うと言うのか!?」
「…ク、クラインはギヴェオンの血を引いておりました……しかし子供ができず私らを秘密裏に養子にし、エイブルもまた同様に……」
私は引っ掛かりを覚えた。もっと色んなことが引っ掛かっているのだが、インゴベルとの会話でしか聞けないことを優先的に尋ねたのだと思う。
「だが、封印に触れてみたがクライン王の時から既に血の儀式が行われていない様子だぞ!?」
「ク、クラインは痛いのが嫌だと言って……従者の血を代用していたとのことで──」
私は大きな溜め息吐き、インゴベルの言葉を遮った。そして吐き出した息を一気に吸い込み、今度は声に出して吐き出した。
「人間は、なんて愚かなんだ!!」
アーデンが言った。
「りゅ、龍族だかなんだか知らぬがな!貴様は何千年と生きていたにも拘わらず、このような事態が来るまで何もしていなかったではないか!?我々のせいにだけするのは理不尽極まりないぞ!?」
武人の誇りか、言われっぱなしはごめんだと言わんばかりに反論してきた。
確かにその通りだ。寧ろ、封印が解けたとしても私は何もしないし、クライン王の未来の世代に対しての無責任な行いを前にしても止めることはしなかっただろう。しかし、ソニアの狙いが神の受肉にあることを知った今、その限りではない。また、始まりの英傑シオンの末裔の存在が大きい。
数々の思考が渦巻くなか、1つの疑問が解決した。それはシオンの末裔がいつ四執剣になったかということだ。12英傑の後期、最後の6蛮勇ソニアの前の蛮勇達、カディルとエレツとレシェフの誰かと代わったということだ。
──おそらくレシェフがソニアに殺されたか?シオンの末裔に譲らせる為に……
だから最近か?シオンの末裔は、シオンの血をひいてはいるが、始祖のシオンから100代以上かけ離れている存在だ。ならばいきなり受肉などできはしない。また、封印が弱りきってはいるが、その封印のせいで受肉できないでいる。徐々に時間をかけ、毒のようにシオンの末裔の全身に悪魔の力が回るまで、ならすつもりであったか?
シオンが特別視されている理由は、この地の悪魔が初めて人間に力を分け与えた際に由来する。悪魔自身も力の扱いに慣れず、意図せず自分に匹敵する程の絶大な力を与えてしまったとされている。その根拠は次の英傑ヨタムとシオンの力の差があまりにもかけ離れていたからだ。しかし、もしかしたら最初からシオンに受肉しようとしてこの地の悪魔は力をシオンに与えた可能性が浮上する。この考えは昔我々の間で示唆されていた。
シオンはギヴェオンのように風龍を倒したが、これまたギヴェオンのように自身の力を恐れ、部族をまとめた後に姿を消した。
悪魔が始めに与えた力の残滓が今もあの末裔に残っている可能性が高い。定かではないが、ソニアがそのようにして動き出していることから、間違いない。
するとこの聖域に怪しげな笑い声が響き渡る。
『フフフフフ』
アーデンは言った。
「誰だ!?」
怪しげな声は答える。
『本当ならお前に悟られぬよう、黙っているつもりだったのだが、笑わずにはいられぬ状況につい、声を出してしまった……』
この地の悪魔の声だった。