第13話 狩り
〈セラフ視点〉
僕ら『黒い仔豚亭』一派は早朝会議を終えて、外へと出る。村の外れへと移動した。早朝だというのにもう活動している村の人らが僕らを見ると、ピクニックかい?と訊いてきたものだった。僕らは適当に返事をして、魔の森近郊まで歩いた。
デイヴィッドさんやローラさんは腕の立つ元冒険者──僕はこの間まで知らなかった──である為、ここら辺に出てくるモンスターなら簡単に討伐できる。
しかしこう言う時に限ってなかなかモンスターが現れない。
「今日は本当にピクニックで良いんじゃないか?」
魔の森を眺めながらデイヴィッドさんがそう言って、草原のなだらかな斜面に寝そべった。ローラさんがそれに続く。
「こんなにのんびりしたの久し振りね。何か食べ物でも持ってくればよかったわ」
アビゲイルが言った。
「うん。なんかこういうのって良いよね」
アビゲイルが僕に視線を合わせる。僕と母さんは頷く。リュカはというと草原を自由に飛ぶ蝶を追いかけていた。するとデイヴィッドさんが言った。
「今日、営業も休も──」
ローラさんとアビゲイルと母さんが遮るように声を揃えて言った。
「それはダメ」
「それはダメ」
「それはダメ」
僕らは笑った。
その時、僕はモンスターの気配を感じとる。リュカもそれに気が付いたようだ。蝶を追うのを止めて、森のとある一方向を見つめている。
僕らの反応にアビゲイルが尋ねた。
「どうしたの?セラフもリュカも」
僕は言った。
「モンスターだ……」
しかも中々にでかい魔力の反応だった。ここでようやく元冒険者のデイヴィッドさんとローラさんもその気配に気が付いた。すると僕とリュカの見つめる森の中から全長3mはあるオークが現れた。
鋭い目付き。特徴的なオークの鼻に、口元には2本の牙が反り立つように生えている。膨らんだお腹は弾力性のあるようなものではない。力士や達人がもつような洗練された筋肉であることがわかる。
──こんなオーク、今まで見たことがない……
デイヴィッドさんは、そのオークの個体名を半ば叫ぶようにして言った。
「オ、オークジェネラル!!?」
僕らはデイヴィッドさんの方を見た。デイヴィッドさんはというと出現したオークジェネラルに最も近い位置にいるリュカに対して叫んだ。
「リュカ!!逃げろ!!」
僕はホブゴブリンよりも明らかに強いと感じるそのオークジェネラルを見た。
僕が一歩踏み出そうとすると母さんが手を引こうとしてきた。それと同時にデイヴィッドさんはローラさんとアビゲイルを引き寄せ、逃走の準備を図る。足の悪い自分が殿になるようなそんな意思が感じられた。アビゲイルはというとデイヴィッドさんの引き寄せる手に抗うようにしてリュカに向かって叫んでいた。
「リュカ!早くこっちに!!」
デイヴィッドさんもアビゲイルを引き寄せながら叫んだ。
「リュカ!!」
オークジェネラルはリュカを殺す気満々の魔力を発する。
──リュカに殺気を向けるな……
僕は母さんの手から逃れようと付与魔法を自分に施そうとしたが、それを止めた。
何故ならリュカの纏う魔力がオークジェネラルの魔力よりも数倍はでかかったからだ。
その魔力に当てられたデイヴィッドさんとローラさんは愕然とし、瞬きする間にリュカの渾身の右ストレートがオークジェネラルの膨らんだ腹に炸裂する。
あのときエビルセンチピードを倒した時のように、まるで雷が落ちたかのような音だった。
オークジェネラルのお腹には丸い風穴が空き、背後にある森の木々には血と臓物が付着した。
「ぇ?」
「…ぁっ……」
「へ?」
「こ、これは……」
僕とリュカ以外の『黒い仔豚亭』のメンバー達は息を飲むようにして驚いていた。
そしてデイヴィッドさんは僕に詰め寄る。僕の両肩を掴んだ。そのいかついスキンヘッドの強面が僕の眼前に迫る。
「ど、どういうことだ!?」
「どういうことって、その、言ったでしょ?リュカはとっても強いんだって……」
「強いって、限度ってもんがあんだろ!?」
「そ、そう?」
「オークジェネラルだぞ!?討伐難易度B-の化け物だ!Cランク冒険者達がパーティーを組んでやっと1体倒せるぐらいの相手なんだぞ!?それをたったの1発で倒すなんて見たことも聞いたこともねぇ!!」
今のがB-?C+ぐらいだと思った。昨日のアルベールさん達の話でもそうだが僕が思っているよりも討伐難易度は高く見積もられているらしい。
僕に詰め寄るデイヴィッドさんを余所に、アビゲイルはリュカに向かって走り、リュカの身を案じていた。
リュカは心配するアビゲイルを抱えてふわりと跳躍し、僕とデイヴィッドさんの方へとやって来た。
「お、おおリュカ……無事か?」
「はい♪︎無事です!セラフ様?倒しましたよ!リュカ凄い?」
「す、凄いよ」
「でへへへ、ほめられちったぁ~、でへへ~」
とろけるような顔になるリュカにデイヴィッドさんは言った。
「リュカは、その、強いんだな……」
リュカは首を傾げながら、目をクリクリさせて言った。
「セラフ様の方が強いですよ?」
僕とリュカ以外の『黒い仔豚亭』のメンバーの視線が僕に突き刺さる。
僕は正直に言った。
「いや、どうだろう……さっきのを1発で倒すとなると結構キツいんじゃないかな?」
この発言にデイヴィッドさんは驚くと、リュカが言った。
「でも私がホブゴブリンっていうモンスターに食べられていた時、颯爽と駆け付けて全員1発で倒してたじゃないですかぁ?」
その発言を聞いて、再び僕に鋭い視線が刺さる。特に母さんの視線が恐い。
「いや、ホブゴブリンだよ?さっきのやつの方が強いでしょ?」
デイヴィッドさんは僕の言葉に呆れながら応える。
「確かにオークジェネラルの方が強いが、ホブゴブリンの討伐難易度はD+だ。どこの世界にそんなモンスターを一撃で倒せるガキがいんだよ!?」
なるほど、僕は付与魔法を使えばこの世界でそこそこ強い部類に入る子供らしい。
「アハハハ……」
僕は乾いた笑い声を上げると、デイヴィッドさんは考え込むようにして言った。
「これはリュカもセラフもおいそれと表舞台に出すわけにはいかなくなったな……」
「え?」
「いや、確かに凄いことなんだ…セラフの付与魔法もすげぇ……ただな、このことが公になればセラフもリュカもこの国に利用されかねない……」
誰かの役に立てる。それは良いことなのではないだろうか。僕はそう思って何気なく母さんの方を見た。この時の母さんは、なんだか寂しそうな顔をしていた。




