第129話 命乞い
〈ケインズ商会護衛兼共同経営者スミス視点〉
まさかセラフ君が王弟エイブルの落とし子だったなんて……しかし今はそれどころではない。
──ていうかなんなんだ!?ここの村人の強さは!?
男だけでなく女までもがヴィスコンティ伯爵の騎兵達をものともせず倒している。
──1人1人がBランク冒険者並だ。ならば元Bランク冒険者のデイヴィッド氏は?
俺はデイヴィッド氏を見る。
「うらぁぁぁぁぁ!!!」
騎兵から奪った槍を振り回し、5人と5頭の馬をふっ飛ばしていた。
俺もガントレットを嵌めて、騎兵の攻撃に合わせる。
──正直、先のことなんか何にも考えてない……
騎兵は馬上より、槍の尖端を俺に向けながら刺突してきた。俺はその尖端にガントレットを正面からぶつけた。
いつもなら槍による刺突攻撃ならば、尖端がひしゃげ、槍としての機能を失わせることができるのだが、槍の尖端は勿論、騎兵の手に持つ柄の部分まで粉々に打ち砕いてしまった。
──この力はなんだ!?
自分の行いに違和感を抱くが、その場で垂直に飛び、騎兵と同じ目線まで上昇すると槍を破壊した手とは反対の手で、騎兵の顔面をぶっ叩いた。
騎兵は落馬し、地面に鋭角に叩き付けられる。俺は無事に着地を決め、辺りを見回す。『黒い仔豚亭』の女将、ローラ氏は娘のアビゲイルを庇いながら、風属性魔法を唱え、兵士を吹き飛ばしている。
危険に陥っている村人達はいない。そして騎兵隊の数がどんどんと減った。しかし、次の瞬間、
「動くな!!この3人の命がどうなっても良いのか!?」
騎兵隊を指揮する者がにらみ合いを続けるファーディナンドと俺達全員に言い聞かせるよう、大声で言った。皆が静まり返る。いや、アホ領主だけが右往左往していた。
「くっ……」
「殿下から離れろ!!」
「セラフ!?」
「マリーさん!?」
「マーシャ!?」
「セラフ!!」
騎兵隊を指揮する者は、我々の反応に満足したのか、何やら嫌らしい笑みを浮かべる。すると何を思ったか、セラフ君を庇うように覆い被さるマリーさんとその前に立つマシュ王女殿下に向かって、槍を全力で突き始めた。
「やめろ!」
「ダメ!!」
「セラフ!?」
「待って!!」
「キャーーー!!!」
槍が皮膚を切り裂き、血飛沫が舞った。
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〈王弟エイブルの使者ヴァング視点〉
私達を囲んでいた野次馬の冒険者や村人が騎兵隊に襲いかかり、次々と制圧されてしまった。
「なんだとっ!?」
準備不足だったのは否めない。まさかここにマシュがいるとは思わなかった。戦闘になることを見越していなかっただけでなく、騎兵隊と領主の圧力を使い、セラフと奴隷の母を保護と言う名目で拉致した後、殺害するだけの筈だった。
──いや、それよりもなんだ!?コイツらの強さは!?
冒険者達は問題ではない。寧ろ村人達の身体能力が尋常ではない。
「な、何なのだ、この村は……」
私の前で剣を構えた者が、私の一挙手一投足を観察し、隙を窺っている。だから私は言った。
「動くな!!この3人の命がどうなっても良いのか!?」
私の言葉に皆が静まり返った。
「くっ……」
「殿下から離れろ!!」
「セラフ!?」
「マリーさん!?」
「マーシャ!?」
「セラフ!!」
どうする?村人達は私を逃がそうとはしないだろう。この3人を殺害し、エイブル陛下の役に立ってから死んでしまおうか?さすれば我が家系は手厚く補償されるだろう。
それに調子に乗ったコイツらの絶望する顔が見たくなった。セラフという子供に覆い被さる金髪の女、おそらく母親、その前で手を広げているマシュに、俺は槍を全力で突いた。
「やめろ!」
「ダメ!!」
「セラフ!?」
「待って!!」
「キャーーー!!!」
槍が皮膚を切り裂き、血飛沫が舞った。血は飛び散ってはいるが、手応えがない。それに槍はピクリとも動かない。
──ん?
槍の尖端を良く見ると、母親の抱き締める腕の隙間を抜け、マシュの肩の上を通り、私の槍の尖端をセラフが片手を伸ばし、握り締め、止めていた。マシュの眼前で槍は止まる。セラフの血が飛び散り、マシュの顔や口に付着していた。
直ぐに次の攻撃に移ろうと、槍を引き戻そうとするが、槍は動かない。
「このガキ…なんて力してやがる……」
マシュの背後にいるセラフは言った。
「──さないで……」
「ん?」
「殺さないで……」
私は笑った。
「ハハハハハハ!!命乞いか!?聞き苦しいな!?お前がいなければエイブル陛下が苦心することがなか──」
私の会話を遮るように恐ろしく冷酷な声が聞こえた。
「黙れ」
「へ?」
私は突然、浮遊感を催した。そして気が付く。いつの間にか、私は首を締められ宙を浮いていた。槍がカランと音を立てて大地に落ちる。首を締めるのは前髪によって片目の隠れた女だった。その女が物凄い殺気と射殺すような鋭い眼光を私に放っている。
「ひぃっ!!?」
女は言った。
「今のお言葉は命乞いなどではない。慈悲だ」
女の背後には同じく殺気立つ少女と男がいる。私は首を締められながら、彼女達の出す殺気による恐怖で意識が遠退いていく。
──あ、悪魔だ……