第125話 血
〈インゴベル視点〉
怪しげな魔法を用いる女は去っていき、あれ程兄弟喧嘩には興味がないと言っていたランディル・エンバッハが私に命令してきた。
「インゴベル王よ!?今すぐ王都を奪還せよ!!」
元よりそのつもりの私は、王都に軍を向かわせた。見慣れた城壁がこんなにも堅牢に見えたことはかつてなかった。
どのように攻略すべきかを再度思考せざるを得ない。正攻法を取り、城壁や破城鎚を使っての攻略を遂行しようと思ったその時、閉ざされていた門が開き始めた。私達は開いた門の様子を窺うが、誰も出てこない。
アーデンは言う。
「罠でありましょう」
私は答えた。
「いや、そうではなさそうだ」
門から騎兵の1人が我々の元へと駆け寄って来た。
私は戦闘態勢に入るアーデンを制し、騎兵の話に耳を傾ける。
「お待ちしておりました!インゴベル陛下!!どうぞ中へお入りくださいませ!!」
「エイブルはどうした?」
「それが、どこにもいらっしゃらないのです……」
私はアーデンと目を合わせた。アーデンは言う。
「やはり罠か?いや、もしかしたら王弟殿下は北西のロスベルグへ向かったのかもしれません。あそこにはここを攻め落とせるだけの軍がまだまだあります」
「なるほど、カイトスとフースバルを寄越すつもりか……」
すると我々の会話に割って入るようにしてエンバッハ殿が言った。
「ならば直ぐにでも王都へ入られよ。そして急いで血の儀式をするのだ」
私は疑問に思った。
「血の儀式……あぁ、カルネイア祭のことですかな?」
アーデンは言う。
「そんなことをしている暇は──」
アーデンの言葉を遮りながらエンバッハは言った。
「ある!それがこの内乱の目的なのだ!早く封印をかけ直さないと大変なことになるぞ!?」
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〈セラフ視点〉
早く対処しなきゃ。
帝国兵であるマルティネス・ベルガーとくすんだ金髪の男性──僕はマルクと名付けた──の戦闘のお陰で魔の森最深部のモンスター達が中間部へと雪崩れ込んだのだ。あの火柱は最深部にいたモンスター達を脅かす。
僕とジャンヌ、そして新しく仲間となったマルクはその対応に追われた。アーミーアンツの思念伝達によって神聖国軍と帝国軍の撤退がしらされ、ジャンヌは魔の森中間部北側、マルクは魔の森中間部中央から南側にかけて逃げた討伐難易度B+、A-相当のモンスター達を討伐することとなった。
中間部西側を僕が担当すると言ってみたが、ジャンヌとマルクとアーミーアンツの女王に止められてしまった。その為、僕はアーミーアンツの背に乗せられヌーナン村へと避難することとなった。そしてヌーナン村へ到着したらリュカを派遣するべきだという意見がジャンヌから寄せられ、僕はそれに従った。
アーミーアンツに身体強化と魔力強化を付与させて、超特急でヌーナン村へと向かった。僕がアーミーアンツに付与魔法をかけているところを見たジャンヌとマルクは物欲しそうな目でこちらを見ていたので、2人にも身体強化と魔力強化を付与した。
──いや、元々かけるつもりだったけどね?
2人は何か恍惚な表情をしてからそれぞれの持ち場へと向かった。
──あれで、早く最深部のモンスター達を討伐してくれれば良いんだけど……
僕はアーミーアンツの背に乗りながら、マルクについて考えを巡らせた。
マルクは元々は討伐難易度Sのマンティコアであったとのことだ。僕が、雌牛の姿のリュカを助けるために切断した腕を食べて、人間のような姿になったと説明した。「食べただと!?」とジャンヌが激昂し、マルクはその場に跪き、額を大地につけたまま謝罪した。僕はその謝罪を受け入れ、一旦その問題を棚上げにしたが、今こうして思うと、僕が精神強化や身体強化、魔力強化を複合的に使うことが切っ掛けで人間化するわけではないことに気が付いた。
そして今までの人間化した例を鑑みると、おそらくその原因は、
──僕の血だ……
また、マルクは人間化して以来、最深部に住み着いており、ハルモニア三大楽典のリディア・クレイルとは最深部では会っていないと言い、そして結構前にジャンヌが森を伐採した際の風属性魔法に巻き込まれて絶命したと説明する。
それから青みがかった黒髪のお姉さんが魔の森最深部にゴーレムと共に入った際は、そのゴーレムを僕の使いだと勘違いし、少し触れただけで壊してしまったとのことだ。
つまり、僕らがリディア・クレイルだと思っていた最深部に潜む化け物がこのマルクであったというわけだ。
──リュカさんの予想が当たってた……
ゴーレムをマルクが壊してしまった時、リュカさんは、悪い感じがしなかったと言っていた理由が判明した。
この神聖国と帝国の戦争とマルクの存在、リディアが既に死んでいたことを考えると、今後の動き方について早く家族と議論がしたかった。
僕は魔の森から抜ける少し前にアーミーアンツから降りて、お礼を言ってから村へと走っる。
もうすっかり夜も遅い。ヌーナン村に着くと直ぐに僕は叫んだ。
「リュカ~~!!オーマ~~!!」
僕はリュカとオーマを呼ぶと、現在営業中なのだが直ぐにリュカがやって来た。
「セラフ様ーーー!!」
「ワオーン!!」
リュカとオーマは僕を抱き締めながら言った。
「セラフ様?怪我してませんか?疲れてませんか?お腹空いてませんか?」
「わん?」
自分に感覚強化を使っただけでなく、アーミーアンツやジャンヌとマルクにも付与魔法を使っている。それに魔の森の戦争中、僕はずっと気を張っており、確かに疲れていた。
僕はリュカとオーマにジャンヌとマルクと同様の付与魔法を使用し、アーミーアンツと協力して魔の森中間部に広がった最深部のモンスターを討伐するように頼んだ。
リュカは「はい!」と、オーマは「わん!」と気持ちの良い返事をした。そしてオーマの背に乗って森の中へと入っていった。
「セラフ様はゆっくり休んでくださいねぇ~!!」
「わお~ん!」
リュカとオーマはそう言い残して魔の森に入っていった。リュカとオーマの背中を僕は見送ると、ガクリと膝をついた。
──魔力の使いすぎだ……
僕はゆっくりと歩いて村の中へと入った。すると何やら村の入り口付近が騒がしかった。
何故だか騎兵隊が押し寄せ、何かを言っている。そして騎馬隊の背後から何やら太った貴族のような人が白馬に股がって大声で言っていた。
「私はこの村の領主であるケネス・オルマーだ!悪名高きケインズ商会の立ち退き及び、王都へ奉公する為の娘と男児を数人要求する」
僕は思った。
──こっちはヘトヘトだってのに、次から次へと……