第123話 ハッタリ
〈ランディル・エンバッハ視点〉
途轍もない魔力が南東のバーミュラー方面から発せられていた。全身が粟立ち震えを伴う程の魔力だった。この距離でそう感じたのなら魔力の発生源付近では一体どれ程の魔力が放出されたんだ?長い間生きてきたが、類似する経験を今までしたことがない。
そしてこの魔力に、ソニアや始まりの英傑《契約者》シオンの末裔も驚きを隠せないでいる。
私は、この敵に自分の考えを読まれないための魔道具を被っていた為に、これといって反応を悟られていない。
──ならば、一か八か賭けてみようか!?
私は魔道具から再び顔を出し、杖の尖端をソニアに向けながら言った。
「観念しろ、ソニア!」
ソニアは酷く動揺し、シオンの末裔を連れてこの場から北西方面へと去った。
──追うか?
いや、私のハッタリが明るみとなれば反撃を食らう。流石にあの2人を相手取るのは難しい。というよりかは危うく殺られそうであった。
──それよりも、王都へ行き、今すぐギヴェオンの封印をかけ直さねば……
「インゴベル王よ!?」
私はインゴベル軍に言った。
「今すぐ王都を奪還せよ!!」
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〈セツナ視点〉
◇ ◇ ◇
ヌーナン村の襲撃が最後の暗殺の仕事になると思った。だから私は悪を演じることに徹した。
殺さなければ私が殺される。だけど殺しの仕事は自分を殺し続けることになるなんて夢にも思わなかった。
あの頃の純粋な私を殺し続けて、今に至る。
全てが自己責任。他人のことを気にかけて心配をするなんてことは、とうの昔に忘れ去られた。私は私の心配しかできない。
この世には、善で生まれた者と悪で生まれた者の2種類しかいないと思っていた。私は善のふりをした悪だ。
◇ ◇ ◇
水をかけられ、私は起こされた。
目を開ける。ぼやけた視界とぼやけた思考を何とか鮮明にし、思い出す。
目の前にはニヤニヤと笑いかける帝国兵達がいる。手足が縛られ、椅子とは思えないような丸太に座らされている。
「起きた起きた!」
「早いとこやっちゃおうぜ?」
「そんなことしたらリグザード様に殺されるぞ?」
「リグザード様が捕まえたんだからな」
「んで?そのリグザード様は今どこへ?」
「魔力回復ポーション飲みながら戦場に戻った」
「え~、これが入るの楽しみにしてたのに……」
「お前の番で試してみろよ?でもそれ入れたら使えなくなるから一番最後な?」
「まずリグザード様が味見するんだろ?」
コイツらの嫌らしい笑顔を見て、私は寒気を催す。そう、コイツらは話の通じない、自分達だけが良い想いをするのならそれで良いと言ったような価値観の持ち主達だ。他人をどんなに弄ぼうとも何の罪悪感も生じない。
「うごぉぉぉぉぉ!!」
「ぎぃやぁぁぁぁ!!」
「あばぁぁぁぁ!!」
次第に周囲で何が行われているのか理解した。人たらしめる何かを削り落とされた神聖国兵達がいる。拷問だ。いや、これは情報の欲しい拷問ではなく、狂った人間の遊びと化している。
帝国兵の1人が私に笑いかけて尋ねる。
「お前、これから地獄の責め苦が待ってるけどよ、覚悟はできてるか?」
私は思った。
──あぁ、助かる……
こんな奴等なら殺すのに何の躊躇いもない。私は言った。
「ヴェントゥス…インパクト……」
帝国兵は聞き返す。
「ん?なんだ?」
今度ははっきりと言った。
「ヴェントゥスインパクト……」
「なんかのまじないか?まぁ良い、俺達だけで始めちまうか?」
帝国兵の1人がそう言うと、周囲の仲間の帝国兵達に何かを命令しようとした。しかし次の瞬間、大地を揺るがすような衝撃が周囲に走った。
「うぉ!?」
「なんだなんだ!?」
「地震か!?」
ざわつく帝国兵達だが、私に話し掛けてきた帝国兵は冷静に周囲の様子を探る。すると私の周りからキーンと耳鳴りのような音が聞こえ始める。
「静かにしろ!」
ざわつく帝国兵達は、直ぐに黙り、この耳鳴りのようなキーンという音を共有し始めた。
「なんか聞こえる……」
「ん?なんだ?」
「お前も聞こえるか?」
「おう」
何人かの帝国兵がそう呟くと、私に話し掛けてきた帝国兵は手でそれを制し、黙らせた。
その帝国兵はゆっくりと私の側に寄り、耳をそばだてる。私の四方を風が高速で縦回転し始め、それが音の震源地であることを突き止めた。そしてその帝国兵は、大きな声で言った。
「今すぐこの女から離れ──」
しかし、私を中心にして圧縮された風が大爆発を引き起こし、帝国兵達や拷問されていた神聖国の兵士達を巻き込んだ。私の背後にあった木々すらも跡形もなく消え、私は1人取り残された。すると直ぐに魔の森最深部方面で天にも昇る火柱が立っているのを目撃する。
──あれは…なに?
姉さんの魔刻印に刻まれた魔法のお陰で縛られた手足の縄も切れ、身体が浮遊し始めた。
──そうだ。このまま帝国へ飛ぶのか?
空高く舞う私は、魔の森を見下ろす高さまで浮くと、突如としてジャンヌの姉さんが私を空中で抱え込んだ。
「無事だったか、セツナ?」
「…はい……」
「まさかこの戦争に参加してたとはな…心配したぞ?」
「…はい……」
涙が込み上げてきた。私を心配してくれる人がいる。そのことが何だかとても嬉しかった。
姉さんは、地上へと私を返し、アーミーアンツの背に私を乗せる。
「先に宿に帰っていてくれ」
「ね、姉さんは!?」
「私はまだ、この森でやることがある。モンスター退治だ」
魔の森最深部のモンスターが中間部へとなだれ込んでおり、それを討伐するとのことだ。姉さんはそう言って、森へと走り去って行った。