第122話 影響力
〈セラフ視点〉
激しい戦闘が神殿の中で行われているのが外からでもわかった。僕のことを主と言ったくすんだ金髪の男性の正体を早いとこ知りたい。
僕とジャンヌは神殿のある円形の開けた土地から離れ、森の中で戦いの様子を、僕は感覚強化を使用しながら音と振動だけで、ジャンヌは風属性魔法で周囲の空気の動きや乱れを読んで、どのような戦いが繰り広げられているのかを判断していた。
斬撃のようなものが飛ばされ、神殿の壁が切り裂かれた音が聞こえる。暫しの間があき、神殿から禍々しい魔力が発せられたかと思えば、空に向かって跳躍する者が見えた。
その者はあの金髪の男性であり、空をも覆う程の魔力を放った後、左手に太陽と見紛うほどの巨大な火の球を拳に纏わせていた。
ジャンヌが言った。
「もう少し下がりましょう」
僕とジャンヌは神殿から更に離れ、木々の間から男性の引き連れた巨大な隕石のような火の玉が神殿に降り注ぐ様子を覗き込むと、
ドゴォォォォォンと大地を揺るがす音と共に熱い衝撃波が僕らを襲った。
ジャンヌは僕を覆うようにして庇うが、それは一瞬のことであり、直ぐに僕らは震源地の様子を窺った。
立派な神殿と円形の開けた草原はなくなり、巨大で無機質なクレーターが出来上がっていた。その窪んだ表面から所々湯気が立っているのが見える。しかしそのクレーターの中央には、黒焦げの人物と金髪の男性が向かい合うようにして立っており、黒焦げの人物の方はワナワナと震えている様子が窺えた。
──まだ生きている……
黒焦げの人物は、マルティネス・ベルガーであるが、黒焦げとなった表皮が次第にひび割れ、いつものベルガーの真白い肌が露となった。
ベルガーは笑った。その笑いは怒りと痛みからくるものだと僕は直感でそう思った。
「ハハハハハハハ!!この四執剣のエレツ様をここまで追い詰めるとは、やりますねぇ!!」
──四執剣?四騎士とは違うのか? それにエレツ?確かに6蛮勇のソニアの前の蛮勇の名前だけど……
「だが今の攻撃で貴様の魔力はかなり消耗された!!尋問したいところだが、こちらも全力を出さねば貴様を殺せまい!!」
ベルガーはそう言い終わると、魔力を込めた。こちらの魔力も計り知れないほどの量だった。クレーターを形成している大地が蠢き、くすんだ金髪の男性の左右を挟み、押し潰そうと大地が壁となって押し寄せる。
──リュカと同じ土属性魔法か!?
金髪の男性はその大地によって押し潰され、ガチン、と硬質なもの同士がぶつかり合う音が鳴り響いた。しかし壁となった大地はボロボロと崩れ去り、挟み込まれた金髪の男性は無事である。
それを見越してか、ベルガーは男性の無事を確認する前に飛び掛かっていた。いつの間にかベルガーの背には白い翼が生えていた。金髪の男性は突進してくるベルガーを迎え撃とうと構えようとしたが、足元を大地が植物の蔓のように男性の足に絡みつき動きを制限していた。
──さっきの攻撃はこの足元を取るための陽動だった?てか翼が生えてる?あれも魔法か?
ベルガーは超速で飛び、金髪の男性の脇腹を切り裂き、血が吹き出る。
「頑丈だな!?だがこれで貴様も終わりだ」
ベルガーは再び空中を旋回し、滑空しては金髪の男性の身体を何度も傷付けていった。クレーターの岩石には血が染み込む。
「ハハハハハハハ!!!手も足もでまい!?」
返り血をつけたベルガーは笑いながら言った。
「まさかこんなところにこの世界の支配者である偉大な神セイバーの天敵がいようとはな!!」
男性を切り裂いた後に、またしても旋回し、今度は男性の側面からベルガーは攻撃を仕掛けようとしている。
「お前のいうセラフ諸とも地獄の底へ叩き落──」
それは丁度金髪の男性に攻撃を与える瞬間に発せられた言葉だった。この言葉の途中で金髪の男性は片手でベルガーの首を締め、飛行攻撃を止める。金髪の男性は片手でベルガーを押さえながら言った。
「情報を、自ら吐かないか試していたがもう我慢の限界だ……」
「は”!?え”!!?」
片手で動きを止められ、その手から解放されようとベルガーは男性の身体に蹴りや殴打を繰り返すが、男性は気にも止めずに言った。
「二つほど、訂正致しましょう。一つは私の魔力はまだまだ残っております。全力を出せばこの魔の森を焼き尽くしてしまいますからね。そしてもう一つ、これがかなり重要なのですが……」
男性の魔力が先程神殿を破壊した時とは比べ物にならないくらい膨れ上がっている。ベルガーはその魔力に当てられ、男性の手から早く逃れたいと死に際のゴキブリのように動いていたが、その手から逃れ、再び自由に空を飛ぶことはかなわない。
「この世界の支配者である偉大な主とは、セラフ様以外にいないということです」
男性は漲らせた魔力をベルガーの首を締めている片手に集中させた。
「や、やめっ──」
一点に凝縮された魔力はキラリと緋色に輝いたかと思うと、爆発を引き起こし、天にも昇る火柱が立った。僕らは身を守るためにも一瞬そこから離れ、そして2人の戦いの結末を見るために再び戻った。この謎の2人の戦いにようやく終止符が打たれる。ベルガーは塵も残らず滅却されていた。
男性は「ふぅ」とため息を漏らすと、僕とジャンヌを発見する。
クレーターの淵から覗き込むようにしている僕とジャンヌを視認した男性は、狼狽え始めた。
「…ぇ……え、ええッ!!?」
男性は視界を自らの手で遮る。そしてその手をゆっくりとほどいた。するとまた狼狽える。
「えッ!!?」
なにしてんだ?僕はそう思うとジャンヌが言った。
「貴様は何者だ?」
金髪の男性は狼狽えながら言った。
「あ、あ、あの……セ、セ、セセッ、セラフ様の従者を希望している者です……」
だからなんでだよ!?
僕は心の中で、ツッコんだがジャンヌはそれを無視し、魔の森の中間部の方に視線を向けながら言った。
「それよりもセラフ様、今の爆発のせいで魔の森最深部にいたモンスターが中間部へと逃げています」
「え!?それってまずくない?」
「はい。アーミーアンツやヌーナン村が危ないです」
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〈ウィンストン・ヴォネティカット視点〉
私は怒りに任せて神剣アジールをランディルエンバッハに叩きつけていた。
「貴様らは今まで何をした!?雨を降らせ、道を作っただけではないか!?」
ランディルは杖を取り出し、それを盾のようにして私の剣を受け止めながら言った。
「増えすぎたモンスターの退治もしている」
私は神より力を授かる前の、いつまでも消えない記憶が過った。
「ふざけるな!貧困や飢え、病や暴力から何故人を救わない!?」
「わからぬな。そんな大層な主張をしている割には、お前らが今やっていることは暴力そのものではないか?」
握った剣に更なる力を込めて、ランディルの杖を押し込んだ。
「私達は試した!そしてこれが全人類を救う為の最善の手段だ!!」
「救う?救われている人間が今いるのか?」
「これは贖罪だ!」
「おかしいな?ソニア教ではソニアの火刑を以て人間は救われたと言っていたぞ?」
剣と杖を押し合うのをやめ、一歩大きく後ずさるが、その足で間合いを一気に詰め、ランディルの胴を横一閃に振り払う。ランディルは後退してそれを躱し、口を開いた。
「お前らが何をしようとしているのかわからないが、これ以上人間に、この世界に危害を加えるな」
それを聞いて私の腸が煮え繰り返る。
「糞が!?お前ら龍の一族は、何もしないただの傍観者ではないか!?」
「それが世界の在り方だ」
「黙れ!神は違う!神は人を諦めなかった!ならば人が人を救うのを諦めてどうする!?」
「違うな。それは紛い物の神だ。もし神がいるとするならば、この世界を作ったその神は人間に興味などない。あらゆる生物、あらゆるモンスターを創造したのだ。人間に構う暇などない筈だ。人間に興味がある者は人間でしかない」
ランディルとの問答をしていると、インゴベルの軍が動き出した。
──ちっ、ランディルのせいでインゴベルの軍を止められない……
しかしその時、頭に包帯を巻き付けたスレイが現れ、インゴベル軍の前に立った。
スレイは私を助けに来たのか、それともインゴベル軍を止めに来たのか、できれば後者であってもらいたいが、ランディルの前であるならばどちらも今は悪手である。スレイはまだ神セイバーより力を授けてもらってから熟練が足りない。
スレイは私を一瞥し、インゴベル軍に向かって走り、魔力を纏った。
その魔力に当てられてランディルが言った。
「ちっ、もう1人四執剣がいたか!?」
ランディルは、スレイの側面を突くように距離を詰め、攻撃を仕掛けた。脳天を割るように杖を振り下ろす。
──早い……
私はそうはさせまいと魔法無効化の円天井から出て、ランディルの動きを重力魔法で遅くする。遅くなったランディルの攻撃をスレイはギリギリで躱すが、頭に巻いた包帯が杖の先端を掠めて切れた。
スレイの持つ深紅の髪が露となる。髪の根元は白く、毛先にいくにつれて鮮やかな深紅色に染まっている髪を見て、ランディルは言った。
「まさかお前……始まりの英傑《契約者》の…末裔か……?」
私はその隙に重力魔法を更にランディルにかけた。その重みのせいでランディルの被っているふざけた魚の被り物の口が閉じて、顔を隠した。そして完全にランディルの動きを封じることができた。私は言った。
「そうよ?だから地獄のお土産に教えてあげるわ。彼は神と一体化をするの」
ランディルは言った。
「…授肉か……良いのか?お前は一体化できぬぞ?」
「別の方法で一体化することもできるわ?神が作り給うた男と女の造形を生かしてね?」
「……」
「さぁ、スレイ?ランディルを殺しなさい?」
スレイは返事をする。
「わかりました」
ランディルは観念したのか、それとも苦虫を噛み潰したような表情をしているのか、魚の被り物の口が閉じていていまいち何を考えているのかわからない。
スレイが剣を抜き、ランディルに振り下ろそうとした次の瞬間、ここ王都より南東方面、バーミュラーの方で途轍もない魔力が発せられたのを感じた。
「は!?」
「なッ!?」
私とスレイはその魔力に一瞬怯んだ。そしてその一瞬の怯みによってランディルを重力魔法の網から取り逃がしてしまった。
──何ッ?今の魔力は?
──あの方角はランディルがいたとミルトンに報告された方角!?
──インゴベル軍を救うと見せかけて、これを待っていた?
私達から距離を取るランディルに視線を送るが、魚の被り物をしているせいで奴が何を考えているかがわからない。次の行動に迷いが生じる。