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第119話 予想外

〈セツナ視点〉


 フォレストベアのように大きな体格の持ち主である帝国四騎士のドウェイン・リグザードが、その身の丈と同じくらい大きなハルバートを薙ぎ払う。


 その対象者となったハルモニア三大楽典のプリマ・カルダネラはリグザードの側にいるせいか小枝のように細く見えた。


 そんなプリマに向けて振り払われたハルバートは周囲の木々を切り倒すが、標的であるプリマを捉えることができない。


 私はプリマがリグザードのハルバートを躱す瞬間を見た。それはあまりにも流麗りゅうれいで、優雅な動きだった。その動きが美し過ぎたせいで一瞬、プリマ以外の人間や振り払われる武器、周囲を飛び交う血と唾液と汗までもが死ぬ間際の走馬灯のようにゆっくりと動いて見えた。


 この時点で勝敗が予測できた。


 一対一での武器のみを使用した戦闘なら、リグザードにも勝機があっただろう。しかしプリマは火属性魔法を唱えることができる魔法剣士だ。


 リグザードが勝つ可能性は限りなく低い。


 そしてリグザード頼みの、この魔の森での戦争も終わりが近い。頼みのリグザードがプリマによって止められた。そして私の所属する暗部達が帝国兵に襲い掛かる。


 リグザードはプリマの動きについていけず、ハルバートをがむしゃらに振っているだけだ。空振りをするその隙に、プリマは握っている長剣で確実にリグザードを傷付けている。


 それと体力を失ったか、リグザードの振るうハルバートは木を切り倒すことが一撃ではできなくなっていた。いや、これは体力ではなく魔力が切れかかっているのか。最初のリグザードの一撃は身体強化を使った状態であったのだろう。またプリマはリグザードを何度も斬り付けるが思ったようなダメージを与えられていなかったのもリグザードの身体強化による防御力の向上、そしてプリマの得意な火属性魔法も身体強化によって魔法防御力を高め、防いでいるように見える。


 だが、その身体強化も防御に特化してしまえばいつまで経ってもプリマを倒すことができない。


 プリマは持ち前の素早さを生かして、リグザードを翻弄する。そして周囲にある木を足場に利用してリグザードの上をとり、長剣を振り下ろした。


 リグザードの大きな顔に亀裂が入るような傷が刻まれ、その痛みにリグザードは喘ぐ。


「クソォォォ!!!まだかよ!?」


 リグザードにプリマは更なる追い討ちをかけ、全身を素早く何度も斬り付けた。大きな身体の至るところから血が吹き出るが、リグザードはまだ倒れない。そして自棄やけになったか、リグザードはハルバートを小さな羽虫を追い払うようにして出鱈目に振り払う。

 

 ──まだ?


 先程のリグザードの言葉に違和感を抱きながらも、私も他の帝国兵に攻撃し、倒していた。殺しの仕事は、いつまでも慣れない。自分を殺し、非道な暗殺者を演じなければ、私は私を保っていられない。ヌーナン村、とりわけこの世界の最上位である存在のジャンヌの姉さんの元で、私は暗殺者になる前の純粋な自分に戻れた気分だった。


「うぉぉぉぉ!!!」


 襲い掛かる帝国兵にまたしても私は魔法を放つ。直接命を奪うこともできるが、それにはたくさんの魔力が必要だ。魔力を温存する為にも、無防備な目を狙ったり、指を狙ったりして、帝国兵を確実に殺すよりかは、戦闘不能状態にすることに専念した。


 戦争が私を非道な暗殺者に引き戻す。


 しかし貴族や一般人を暗殺するよりも、帝国兵は殺しやすかった。


 自分が正義を気取れるから?相手も私を殺そうとしているから?ここで1人でも多く帝国兵を殺すことで姉さんやヌーナン村の役に立てる。


「ぐはぁ!!目がぁぁぁ」


 帝国兵の両目をつむじ風で切り、視界を奪った。帝国兵は握った得物を魔の森に落とし、傷付いた目を両手で覆った。


 戦闘の最中、私はいつの間にか乱戦の只中にいることに気が付く。そして帝国兵が次々と神聖国兵と暗部によって倒されているのがわかった。


 ──勝負あったな……


 誰もがそう思ったその時、思わぬ事態が起こる。


「なんだ!?」

「うわぁ!!」

「どうした!?」

「帝国の援軍か!?」


 いや違う。


 モンスターのむれだ。我々神聖国軍の背後よりモンスターの群が現れたのだ。前を帝国兵、後ろをモンスターと挟まれた私達は、一気に窮地に陥る。


「は!?」

「なんだ!?」

「まさか……」


 この時、神聖国兵達の頭にとある考えが過った。プリマ同様ハルモニア三大楽典の1人リディア・クレイルの操ったモンスター達が襲ってきたのかと思っただろう。

 

 それを暗部のアンネリーゼが否定した。

 

「このモンスター達は昨日の戦場に流れた血を求めてやってきたのだ!我々を襲ってはいるが、帝国兵も襲う筈だ!!」


 ここはただの戦場ではなく、魔の森だ。昨日の戦争の痕跡、大地に染み込んだ血や臓物をキチンと処理すべきだったのだ。


 私はリグザードの先程の発言からして、帝国はこのことを待っていたことに気が付く。防御の陣形を前もって取っていた為に、このモンスター達の攻撃を予期していたのだろう。


 そんなことを考えていると、私に向かってホブゴブリンが棍棒を振り上げ、私の脳天目掛けて振り下ろしてきた。私は後ろへ飛び退きそれを躱し、足元にウィンドカッターを放った。ホブゴブリンの比較的細い足首を切断することに成功──人型のモンスターを殺すことも私は苦手だった──する。両足で立つことのできなくなったホブゴブリンは魔の森の地に伏せる。


 その間に今度は背後より帝国兵が私に襲い掛かってきていた。私が先程飛び退いたことで帝国兵との距離を縮めてしまったようだ。


 私は帝国兵の振り下ろす一撃をギリギリで躱した。しかしもう1人私に近付いてきていた帝国兵に私は後を取られた。


 ──しまった!!?


 その帝国兵は後ろから私の首を絞める。私の細い首よりも太い両腕と圧倒的な力。私はもがきながらその首を絞めている帝国兵のことを視認した。


 ──ドウェイン・リグザード……

 ──マズイ、早く姉さんから刻まれた魔刻印を……


 視界が暗転していく中、思考が途切れ、視覚を先に失い、残った聴覚がリグザードの声を捉える。


「本陣に戻るぞ」


─────────────────────

─────────────────────

 

〈六将軍カイトス視点〉


 バロッサとシュマールの国境に到着した。


 俺は暫くそこに立ち尽くし、様々な思考が、寄せては返す波のように浮かんでは消えていった。思考よりかは一時的に沸き起こる感情と言っても良いだろう。そんな浮かび上がる様々な感情によってキチンと熟考することができない。この状況で早く行動をしなければという焦りが更に俺の思考をかき乱す。


 俺は目の前の光景を、激しく打ち付ける雨と身体の内側を叩くように鳴り響く雷の歓迎を受けながら、ただ眺めた。


 シュマールの領土とバロッサの領土を丁度二分するように亀裂が入っている。


 ここからバロッサの領土まで凡そ15mはあり、ここを──国境を──越えるのは至難の業である。この豪雨によって其々の崖の端から底無しの谷底へと滝のように雨水が流れている。


 崖は水流の力によって、その形を保っていられず、今も向こう岸のバロッサの領土を削り続け、ここからの距離を更に離していた。そしてこの崖は南北ともに視認できる限り続いていた。


 ここでようやく俺の思考が落ち着いていくのを感じる。


 そして思った。


 ──この崖のおかげで、バロッサが侵攻できないでいる。

 ──そしてこれをインゴベル達は知っていた。

 ──俺達との戦争の際に、短期での決着を望んでいるように見せていたが実際はそうではない…俺の勘が当たっていた……


 一体どうやってこの神の御業と思えるようなことができたのかと考えることはもうしなかった。


 俺はとあることに気が付いたからだ。


 ──昨日の右翼に対しての攻撃……


 中央と左翼の押し込みによって、ザクセンのいる右翼が孤立してしまい。インゴベルの中央軍の後方が右翼へと向かう様子が土煙によってわかった。


 直ぐにミルドレッドと俺の精鋭部隊を右翼へと送り、被害を最小に押し止めた。しかし俺はもっと多くの被害が出ると思っていたんだ。それは何故か?


 ──移動した際に舞った土煙の量が多かったからだ……


 土煙の量が多いということはそれだけ、多くの兵が移動したという証だ。しかし実際に右翼へ移動し、攻撃に参加したインゴベルの兵が少なかった。だから被害が思ったよりも出なかったのだ。


 おそらくインゴベルの兵は、孤立した右翼へと兵を移動させたが、その殆どは更に右へと進行していた。


 右翼の更に奥は、丘があった。その裏手に回り、俺達の視界から消えた。


 ──向かう先は、ただ1つしかない。


 王都だ。


─────────────────────

─────────────────────


〈インゴベル視点〉


 ランディル・エンバッハ殿の助言により、昨日私とアーデンは5千の兵を率いて、敵右翼へと攻撃を仕掛けると見せ掛けて、丘の裏手へと回った。


 戦場から離れ、十分に距離を取った。そして陽暮れ時に行軍を止め、兵を十分に休ませてから王都を目指した。


 5千の兵は王都を攻め落とすのに心許ないが、王都を占拠するエイブルは兵達を各国との国境付近に散らしている。また、王都は元々私が治めていた地である。今は仕方なくエイブルに付いている者達が私の元に付く可能性も考慮している。


 さあ、王都が見えてきた。


 少しの間だけ留守にしていた王都が、何故だか非常に懐かしく思える。


 アーデンが言った。


「誰かおりますな……」


 王都を囲う壁を背にして、1人の魅惑的な格好をした女が5千の兵と向かい合うようにして立っていた。


 アーデンは告げる。


「安心せよ!我々はこの王都を取り戻しに来た!そこはインゴベル国王陛下の通り道であるぞ!?今すぐそこをおどきなさい」


 女は言った。


「嫌ですわ」


 予想外の回答だったが、アーデンは怯まず兵に命令した。


「手荒な真似はしたくはないが、致し方あるまい。あそこにいる女を捕えろ」


 その伝言が歩兵に伝わり、女の元へと2人の歩兵が向かっていく。


 私はこれより始まる弟のエイブルとの直接対決で頭が一杯だった。


 だから兵達のどよめきで気が付いた。


 女の元へと派遣された2人の兵士が、女を崇めるようにして、ひざまずいている。


 ──何が起きた?


 すると女と我々の間にある草原と馬車道が、暗い影を落としているように見えた。その影は次第にこちらに向かって伸びてくる。


 湖面に立つ波のように、その影が近付いてきてわかった。


 草は押し潰され、大地がへこんでいる。まるで目に見えない巨人が見えざる手によって大地を押し潰しているようだった。


 そしてその巨人の手がとうとう我々を捉えた。

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