第118話 それぞれの戦場
〈六将軍カイトス視点〉
3日目に突入した。
今日は早朝より、向こうのインゴベル軍の様子等を窺わずに、此方から突撃を開始した。突撃をしてからもう陽が1日で最も高い位置に辿り着き始める頃だ。
昨日で俺の右翼の兵が削られたせいで、左翼の兵を右翼に補充する形で補強する。おかげで両翼の厚みは薄まったが、この戦争もそろそろ型がつきそうではある。
──しかし、アーデンが今まで姿を見せていないのがやはり気になる……
相変わらず、フースバルの魔法剣士隊の戦闘力が凄まじい。俺は今後のフースバルの魔法剣士隊と衝突した際の対応策についても思案した。
そしてとうとう、戦況が大きく揺らいだ。インゴベル軍が続々と撤退をしていくのだ。
戦場は勿論、ここからでも勝ちどきの歓声を上げる自軍の兵達がたくさんいた。俺の目から見てもそう見える。
この敵軍の撤退は、持ちこたえるのに限界であると言った感が否めない。
だから俺もフースバルも撤退していくインゴベル軍の背を追うことに躊躇しなかった。
「追え追え!!」
「勝ちどきだぁぁぁ!!!」
「行くぞ!!」
「勝ったな、ガハハ」
俺達はインゴベル軍の背中を追う。
奴等の向かう先は、知っている。都市ロスベルグだ。おそらくそこにインゴベルがいる。
籠城するつもりだろうが、そうなればインゴベルは王都を奪還するのはほぼほぼ不可能だ。動きを封じ込められ、上洛させることも容易い。
都市ロスベルグが見えてきた。
円形に都市を囲う壁、その壁の内側にある高い建物がここからでも見えた。
そして案の定、撤退した兵達は門の中に入っていく。都市を囲む壁の上から矢を放ち、俺達が侵入するのを防ごうとしてきた。
「都市を囲め」
定型文のようにしてフースバルが命令を下した。
「詰みだな……」
俺はそう溢した。どうやら今まで考えすぎていたようだ。俺の抱いた違和感が、次第に思考より溶け出し、破棄されていく感覚がする。アーデンがここから何かをしてくることなど考えられない。
あるとすれば、このロスベルグより更に北西からバロッサ王国の軍が押し寄せてくることくらいだ。それに乗じてアーデンが俺達に攻撃を仕掛けてくるか?バロッサと秘密裏に手を組んでいる可能性も捨てきれない。
──いや待て、バロッサと手を組んでいるからこそ、バロッサが現在まで侵攻してきていないのではないか?
俺はフースバルに提案した。
「機動力のある俺の兵がバロッサとの国境へ行って様子を見ようと思うんだが、それで構わないか?」
壁の中にはアーデンとインゴベルがいるのだ。フースバルがそんな武功を前にして、バロッサとの国境まで行くなんてことはない。
「ああ。ここは私達が囲んでいる」
俺は「わかった」と頷き、俺とザクセン、ミルドレッドは3千人の兵を引き連れてバロッサとの国境を目指した。
ロスベルグより更に北西の情報が王弟側には入りづらかった。だが、バロッサが攻めてくるような兆しがない。
俺達がここでやりあっているのを他国はもう知っている筈だが、何故攻めてこない?やはりバロッサとインゴベルは手を組んだか?
俺は言った。
「ちょっくら、先に行ってるぞ?」
ミルドレッドは深く頷き、了承の意を示す。
俺は雷属性魔法を行使する。股がった馬の筋肉に電流を流して加速を促す。雷に打たれた者が痙攣する様を見て思い付いた技である。これを用いて自らの強化と攻撃速度の上昇も可能だ。
俺は馬の速度とは思えない程の早さでバロッサとの国境まで走った。
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〈セツナ視点〉
暗殺者としてアルベールと共に殺しの仕事を今までしてきた。これまでたくさんの仕事をこなし、職業を偽ってきたが、ここへきてまさかハルモニア神聖国の暗部として帝国の戦争に参加するとは、思ってもみなかった。
現在私は、直ぐそこで行われている戦闘の後方支援に回っている。
私は今朝、伝えられた作戦を思い出した。
◆ ◆ ◆
私の所属する暗部100人の前でハルモニア三大楽典のプリマ・カルダネラが作戦を発表する。
「昨日の戦績により、今日はこちら側から帝国を叩く──」
戦に勝利する条件としては、領土の一部を手にするか、敵を退却させることである。いくら、敵将を討ち取ったとしても、目的の領土を手にできず、敵の退却も望めないのであれば勝利とは言い難い。しかし昨日の戦果である帝国左軍の壊滅は長期的に見れば、勝利に一歩近づいたと言ってもいい。
そして今日、帝国兵の捕虜と暗部の部隊長アンネリーゼの情報を元に、我々は中央軍の築城(木の上に築いた足場と木と木の間に掛けた橋でできた拠点)を起点に第三勢力、つまりはリディア・クレイルの介入を懸念して魔の森最深部に対しての防御を固め、帝国中央軍に攻撃を仕掛けるとのことだ。
勿論これは相対している帝国の動きによって変わることだがしかし、帝国は昨日のような中央軍、右軍、左軍と展開せず、中央の1ヶ所に固まって、防御の陣形をとっていた。
そんな一塊となった帝国軍を私の属する神聖国軍は三方向、正面と両側面から、攻撃を同時に仕掛けることとなった。
「暗部は主に後方支援をしてもらう。だが、防御の陣形を取ってはいるものの敵将であるドウェイン・リグザードは必ずや前戦で戦おうとする筈だ。そこを私と暗部のお前らで一斉に攻撃をする」
プリマと暗部は軍を引き連れ、魔の森を行軍し、私もそれに付いていく。拠点に入り、そのままそこを通り過ぎた。
乱立した木々に、密生した草花によって先の様子がわからない。更に南下していくと、生々しい戦の痕が残っていた。昨日囮となって奮闘した神聖国の兵や帝国兵の流した血の痕や臓物や片腕、折れた剣に役目を終えた兜等が転がっていた。
そこを通り過ぎると、いよいよ帝国軍が防御陣形を構えている場所だ。
◆ ◆ ◆
南より、帝国軍との戦闘により負傷した兵を抱えた衛生兵が通り過ぎる。先程通り過ぎた拠点で治療をしに行くのだろう。そして森の奥から伝令係がこちらに向かってやって来た。プリマに報告をする。
「こちら中央軍は帝国に攻撃を仕掛けておりますが敵の守りが硬く、崩しきれておりません」
プリマは尋ねる。
「ドウェイン・リグザードはどこに?」
「まだその姿を確認できておりません」
四騎士のドウェイン・リグザードに対応できるのは三大楽典のプリマ・カルダネラと私の隣にいるアンネリーゼぐらいだ。帝国の両側面より攻撃を仕掛けている右軍と左軍の報告も届いてくる。
リグザードはまだ姿を見せていない。私達暗部の出番はまだまだかと思ったその時、敵中央を攻めている所から新たな伝令係が走ってやって来た。
「ドウェイン・リグザードが出てきました!」
プリマは言う。
「やっとか」
アンネリーゼは溢した。
「何故直ぐに現れなかった……?」
しかしその呟きは私にしか聞こえない。私達は作戦通りドウェイン・リグザードを討つために敵中央へと攻め入った。
──何かあれば姉さんの魔刻印を発動させよう……
ヌーナン村の、私を仲間と呼んでくれる人達を思い浮かべ、私は戦場へと足を運ぶ。
今まで傭兵として戦争にも参加したことがあった。魔法兵、しかも四大属性魔法の1つである風属性魔法の詠唱者は重宝される。敵を吹き飛ばし、切り付け、陣形を乱す。
──しかしこれは……
木と木の間に人と人、そしてその人と人との間に交わる剣と剣。神聖国兵と帝国兵はまさに入り乱れながら戦闘をしている。
広大な草原や荒野ではなく、森の中での戦闘は予想以上に入り組んでいた。乱立する木だけでなく、隆起した大地や地上に貫くように飛び出た木の根。低木や茂みが障害物となり、視界を妨げるだけでなく、そこから帝国兵が出てくる罠のような役割も担っている。
そこを帝国兵と神聖国兵がごちゃ混ぜとなって戦闘を繰り広げている。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
剣と剣をぶつけて、一対一をしている傍らで、
「コイツを討ち取れ!」
「おぉぉぉぉ!!!!」
一対多数で襲い掛かり、
「離れるな!固まって戦闘しろ!!」
「おうよ!!」
「そこだ!!」
「この集団を崩すぞ!?」
「わかった!」
「おぉぉぉぉ!!」
多数対多数で攻略している兵達もいた。そして魔の森に倒れる両兵士達の亡骸が周囲に花を添えている。
この戦場を客観的に見ていると、私に襲い掛かる帝国兵が、私の左側にある木の裏から出てきた。
「うぉぉぉ!!」
私は掌をその帝国兵に向けて魔法を飛ばした。
「ウィンドカッター」
上段に剣を振り上げながら、襲い来る帝国兵の首を切りつけた。鮮血が魔の森に飛散し、帝国兵は膝をついて倒れた。
このように森の中での戦闘は、周囲の木を利用していつの間にか回り込まれている危険性がある。
すると今度は先程の反対方向、つまりは右側から別の帝国兵が現れた。
振り上げた剣を私に向かって振り下ろす。魔法を唱える暇がなかった為、私は左側にある先程の帝国兵が身を潜めていた木の裏に回って、振り下ろされる帝国兵の剣を防いだ。
剣は盾となり、私を守った木の中腹で止まる。私は木の裏から魔法を唱えた。
「ウィンドクロス」
発生した風の刃が木の両側を回り込んで、剣を引っこ抜こうとあくせくする帝国兵を切り刻んだ。
すると一際大きな歓声が上がった。
ハルモニア三大楽典のプリマ・カルダネラと帝国四騎士のドウェイン・リグザードがとうとうぶつかったのだ。




