第116話 第三者による介入
〈ハルモニア神聖国3大楽典プリマ・カルダネラ視点〉
陽が沈み、夜の帳が下ろされた。
「帝国中央軍が退却したとのことです」
私は神聖国右軍に将となって帝国左軍を壊滅に追いやった。本陣に戻る最中の伝令係より帝国中央軍が退却したことを知る。
「そうか……こっちに向かって来るものと思ったがそこまで馬鹿ではなかったか……」
帝国中央軍が前に出過ぎ、帝国左軍が孤立したところを私達は狙った。出過ぎた帝国中央軍が私達神聖国右軍の背を狙えるように軍を戻すものなら、その道中の罠にかかる筈だったが、そうはせずに奴等は退却を選択したのだ。
本陣まで戻った私は、帝国左軍より拐った帝国兵から引き出された情報を報告される。
「帝国は我等ハルモニア神聖国が魔の森を支配していると思い、今回の作戦を立てたとのことです!」
私は色々と疑問に思った。
「何故、帝国がそう思い込んでいる?しかもここは魔の森の中だぞ?帝国の領土でも何でもない」
「帝国左軍の兵士曰く、先に手を出したのは神聖国軍の方だと言っておりまして……」
この時、俺はセツナが『署名の間』より教皇猊下の前で語ったことを思い出した。
『我々は50人の暗殺者と共にヌーナン村に夜襲をかけましたが、突如として現れたアーミーアンツの大群によってその夜襲は失敗に終わりました』
セツナは帝国とバーリントン辺境伯が雇った暗殺者だ。その暗殺が失敗に終わったことに帝国はお怒りになったと言うわけだ。
──もしかしたら帝国軍は小都市バーミュラーを襲った際に、魔の森から現れたモンスターによって直接被害を受けたかもしれない……
そんなモンスターを支配するリディアの出身国、ハルモニア神聖国が敵となるのも頷ける。
帝国はリディアに一杯食わされたようだな。この魔の森に奴等がいたのはその報復。そこにたまたま私達が居合わせ、戦となった。
状況が飲み込めてきた。
些か偶然が過ぎるのではないかとも思った。もしかしたら、リディアは帝国の報復に怯え、私達を魔の森に誘い出し、帝国とぶつけるために一芝居打っているのかもしれない。
──だからミカエラのゴーレムを破壊したのか?
「捕まえた帝国兵達はどういたしますか?」
「捕虜として扱え、こっちも数名捕まっているからな──」
すると夜営テントの前で声が聞こえる。
「カルダネラ様、ご報告があります」
声からして暗部部隊長のアンネリーゼであった。私はテントに入る許可を出す。アンネリーゼはテントに入り、私が先程話していたことに対する注釈を入れた。
「捕虜となった神聖国兵達が生きている可能性は低いかと存じます」
服の汚れも落とさずに入ってきたアンネリーゼに私は返した。
「確かにな……リグザードの率いる兵達は非道で有名だ。だが、捕虜を生かすか殺すかの判断はこの戦が終わってからにするとしようか?それよりもアンネリーゼ、無事でなによりだ。お前のお陰で作戦も成功した。今日はゆっくり休め」
アンネリーゼは少し間を置いてから返事をした。私はいつもなら間髪入れずに返事をするアンネリーゼがいつもと様子が違うことに気が付く。
「…何か、あったのか?」
アンネリーゼは驚きの表情を見せ、観念したように呟いた。
「実はドウェイン・リグザードと相対した際、思わぬ助太刀がありまして──」
私はアンネリーゼの言葉に耳を傾ける。
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〈マルティネス・ベルガー視点〉
折れた長剣を見た。神聖国の暗部の女を傷付けようとしたその時、この長剣が折れた。いや、この断面を見る限り、折れたのではなく斬れた、と言った方が良いだろう。
キラリと光る切断面を私は美術品を鑑賞するようにうっとりと眺めた。
初めはあの暗部の女の魔法かと思った。何故なら彼女の移動速度は風属性魔法を利用したものだからだ。しかしどうしても拭い切れない違和感が残る。
この帝国製の鋼をいとも簡単に切断できるほどの風属性魔法を使用できるのなら、その魔法をこの長剣にではなく、私に向ければよかったのだ。それからこの長剣を切断した魔法が第三者の詠唱したものである場合もまた引っ掛かりを覚える。
私を生かしたい者がいるということだ。
──その場合どのような意図があるのか……
また中央軍が後退を余儀なくされたのは、神聖国軍の築城のような待ち伏せ攻撃のせいであると報告がなされた。私達がどのように攻めてくるのかわかっていなきゃできない戦略だ。そして孤立した左軍を壊滅させられた。攻め込んだ神聖国軍の数はおよそ1000。しかしその中にハルモニア三大楽典の1人、プリマ・カルダネラの存在が確認された。同じ兵数同士がぶつかりあった筈だが、その中に彼女がいれば話は違う。あっという間に我が軍の左軍は崩壊した。
「いぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
喉を振り絞るような声が、この場に響いた。私は切断された長剣からその奥の景色に焦点をズラす。
「うぎゃぁぁぁ!!!」
「ひぎぃぃぃぃ!!!」
耳と鼻を削がれ、爪と上半身の皮を剥がされた神聖国兵達の叫び声だ。人間としての機能を破壊し、後は死ぬだけの存在である。しかしその生命を断たないようきちんと管理する。たまに興奮しすぎた兵士が殺してしまうこともあるが、今回はこちらも知りたい情報が山のようにある。
──ソニアから、詳細を聞かなくてよかったですね……
これからどんな情報が出てくるのか。胸を踊らせながら私は辺りを照らす松明を手に取った。
皮を剥がされた神聖国兵の身体を炙るように松明をかかげる。
「ぬぐぅぉぉぉぉぉぉ!!!」
邪魔な皮がない為、直ぐに肉の焼ける香ばしい香りが辺りに漂った。
「貴方達の目的を教えてください。そうすれば楽に死ぬことができますよ?」
情報は自分の手によって集めるからこそ価値があるし楽しいのである。私は松明を神聖国兵より離した。神聖国兵は痛みの余韻に喘いでいる。
こういった手合いには心を折ることが重要だ。彼等が隠している情報をこちらがもう既に知っていると思わせれば良い。彼等のひた隠す情報がもう役に立たないとわかった途端にベラベラと喋りだすものだ。しかし気を付けねばならないことがある。こちらが推測で出した答えを、この拷問から逃れたいが為に肯定する者がいる。
だから質問は慎重に、そして表情を読み取る必要がある。
──おっと、その表情がわからないくらいに変わってしまってますね……
私は自ら戦場に立った時に感じた違和感によって導き出した幾つかあるうちの答えを1つ抽出して言った。
「リディア・クレイルは、あなた方とは違った意思で動いていますね?」
明らかな動揺があった。2、3質問を試すつもりだったが、これはもうこの推論を推し進めても良いだろう。私は松明をかかげて神聖国兵の顔を照らす。瞳孔を読み取る為だ。私は言った。
「これを見てください。これは私の長剣だったものです」
神聖国兵は震えながら私の切断された長剣に視線を合わせた。
「あなた方の暗部の女性に止めを刺そうとしたのですが、この長剣はその時に折られてしまいました。これは恐らく風属性魔法を扱える者による攻撃ですね?しかしおかしいと思いませんか?前線に魔法詠唱者がいて、尚且つその魔法を私にではなくこの長剣にぶつけたのですよ?」
耳を削がれた神聖国兵にキチンと言葉が届くようにゆっくりと、そして確実に相手が理解したことがわかってから次の言葉を述べた。
「こんなにも鋭く、正確な魔法が唱えられる者は限られております。神聖国の暗部になら、もしかしたらいるかもしれませんが、私がこれを受けたのは前線であり、しかも囮の軍からです。そこに暗部の女性が確かに1人いましたが、彼女の魔法は逃げるのにちょうど良い。しかし魔法詠唱者を抱えて逃げることは難しいでしょう……そこから導き出される答えは──幾つかあるのですが──この魔法は討伐難易度Bランク以上のモンスターによる魔法攻撃である可能性が浮上します。そんなモンスターに魔法を唱えさせ、尚且つ私に命中しないよう調整させるにはそのモンスターの精神を支配していなければならない。故にこの魔法攻撃はリディア・クレイルの意図が絡んでいる」
神聖国兵の瞳孔が開き、自分が痛みに堪えながら隠していた情報の一部が明るみとなって、落胆している様子だった。
「差し詰め、マンティスの上位種であるエビルマンティスかハーピィークイーン、考えにくいですがグリフォンによる攻撃ですかね……あぁ、これは貴方も知らないですよね……」
ここで神聖国兵はようやく詳細を語り始めた。私はそれを聞きながら思う。
──この情報もあと3人くらいに聞いて擦り合わせましょうか……おそらくリディア・クレイルは我々と神聖国の同士討ちを狙っている……潜んでいるとすれば魔の森の最深部ですね。神聖国の左軍が魔の森最深部からの攻撃を予期した陣形になっていたのはその為か……ソニアはそのリディア・クレイルの行動に違和感を抱いた?
私は後の脅威のことを考えれば、目の前の神聖国よりもリディア・クレイルを先に討伐した方が良いのではないかと思った。
討伐難易度Bランク以上のモンスターを多数使役しているのならばソニアの計画が確かに滞ってしまう恐れがある。
──なるほど…あの糞ったれなソニアが、私を魔の森やその付近の調査をするようにと命令したわけだ……
リディアがあの古龍クリードの使いランディル・エンバッハと手を組んでいたら確かに驚異ですね。
場所は魔の森最深部だ。全力を出しても誰もわからない。
私は明日の作戦を左軍を失い、意気消沈なリグザードに伝えた。