第111話 狂信者
〈ハルモニア三大楽典プリマ・カルダネラ視点〉
魔の森に入って2日目が終わろうとしていた。
目的であるアーミーアンツやリディアとの接触が未だにできていない。それだけでなく、モンスターに襲われ、いたずらに兵を消費させてしまっているのではないかという焦燥感が私に押し寄せる。
──これもリディアの作戦なのか……
魔の森最深部へ向けて東へと行軍し、明日にでも目的である最深部に辿り着ける。
──セツナもこれといって怪しい動きをしていない。寧ろ、東へと向かう最中に兵を助けられた程である。
私は拠点へと戻り、南下していた別動隊の報告を私直属の部隊である暗部のアンネリーゼより聞いた。
死者と負傷者、行方不明者の数が読み上げられる。
「オーガの群の襲来によって行方不明となっていた者達全員が帰還しました……」
私はホッとした。
「それは、良かった」
しかしアンネリーゼは続ける。
「その内の1人が何やらおかしなことを言っておりまして……」
「おかしなこと?」
「はい。何でも悪魔による尋問に打ち勝ち、預言を授かったと……」
「詳しく聞かせてくれないか?」
「承知しました……」
アンネは私から背を向け天幕の出入口から顔を外へと出し、待機させていた者に声をかける。
「連れてこい」
「ハッ!」
天幕越しのくぐもった声が聞こえる。
アンネリーゼが天幕に全身を戻すと、直ぐにその例の者が入ってきた。
金髪を短く刈り込んだ如何にも修行僧といった出で立ちの兵だ。
「名前は?」
「はい!エリア・スコウィッチと申します!」
行方不明者としてリストにあったものだ。
「まずは、よく戻ってきてくれたな」
「はい!これも神によるお導きかと!!」
私はアンネリーゼに、コイツはいつもこの調子なのかと尋ねるように目を合わせた。神経が高ぶるとこのように高揚することもある。たまに私も舞を踊るとこうなることもあるが、しかしこのスコウィッチはどこか危険な異常さを醸し出している。
「先ずは、悪魔についてだ。お前はどのようにして悪魔と会い、尋問されたのだ?」
「はい!オーガの群によって隊と分断された私は──」
エリア・スコウィッチは嬉々として語りはじめた。既にこの話を何人もの仲間達に話したであろう口振りである。途中余計な情報や自分の感じたこと等を吟遊詩人の如く語らったが、私とアンネリーゼは我慢をして聞いていた。
「そして、悪魔は今までに感じたこともないような凶悪な魔力を発し、私にこう問いました。お前らは何をしにここへやって来たのか?と」
私は遮る。
「お前はその悪魔を見たのか?」
「いえ、目隠しをされていたのか、悪魔の魔法によって視界を奪われたのか定かではありません!しかし、私はその尋問に、悪魔の囁きに打ち勝ったのです!!そして…そして、あの愛しいお方にお会いできた……」
エリア・スコウィッチは恍惚な表情を浮かべ始め、小さい声で神に感謝を告げ続けていた。私はそんなエリア・スコウィッチを無視してアンネリーゼを見る。
「先ず最も疑わしいのは、コイツがリディアに精神支配を受けたと思われることなんだが──」
アンネリーゼは私の質問を最後まで待たずに答えた。
「精神支配を解除する精神強化をかけましたが、この調子が戻ることはありませんでした。故に精神支配の痕跡はありません」
「ってことは、コイツは今も素面なのか?」
「はい。そういうことになります」
まだ小声で神を讃えているエリア・スコウィッチを私は恐怖の眼差しで見つめた。しかし私は臆せず質問した。
「お前は神にどんな預言を授かったのだ?」
「はい!神に仇なす者が南より現れると申されておりました!ですのでどうかカルダネラ様、南の拠点の強化をお願いします!!」
スコウィッチは跪きながら私に乞うた。真っ直ぐ見つめてくるスコウィッチの視線から目をそらし、アンネリーゼを見る。
アンネリーゼは言った。
「罠の可能性が高いかと……」
「ああ、勿論だ」
「しかしこのスコウィッチの話を信じた兵士達は既に南の拠点の強化を試みております」
「わかった。元々南の拠点は強化する予定だったし、この行いを無碍にすれば士気にも関わる。好きにさせても良いが、早くに休ませるよう南の拠点の奴等には伝えておけ」
「承知致しました……」
エリア・スコウィッチは私の言葉を受け、日々の祈りのようにして頭を地面に打ちつけて、私に感謝をした。
「あぁ、私の話を信じて頂き誠に感謝申し上げまするぅぅぅぅ!!!」
私は明日の動きを決めた。
南の拠点の強化と更なる南下は継続させ、最深部への侵入はリディアと思われる者がこのスコウィッチに接触してきた為に一旦取り止め、東部にも拠点を設け、防御を固めることにした。
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〈六将軍カイトス視点〉
陽が沈み始め、ナルボレンシス平原の1日目の戦いが終わろうとしている。インゴベルとアーデンの兵達は攻撃を止め、引いていった。
開幕、魔法兵を突撃させ、怯みはしたが、俺のところの切り込み隊やフースバルのところの魔法剣士達の踏ん張りによって敵の波状攻撃と思われる第2波を退けることができた。
本来なら第3波、第4波と兵を突撃させても良い筈なのだが、アーデンはそうしなかった。いや、実際は第3波を突撃させていたが、初めのこちら側が行った弓兵の攻撃によって矢傷を負った第1波として突撃してきた魔法兵をその第3波で突撃させた兵によって回収させていたのだ。
──賢明な判断ではある……
それに最初の魔法兵による奇襲攻撃によってこちら側の被害は甚大なものとなった。
──だからそれ以上の追撃を止めた……?
──アーデンは早期決戦を望んでいた筈だろ?
正攻法を好むアーデンの動きにどこか違和感を抱きながら俺は、此度の戦の司令本部である天幕に入った。
中にはまだ漆黒の鎧と兜を着込んだフースバルとその右腕のウェスタンがいた。ウェスタンは主人のフースバルの漆黒の鎧と同じ漆黒の黒髪を揺らしながら俺を見据えた。鎧ではないが黒衣を羽織っている。そしてフースバルのもう1人の参謀として、がたいが縦にも横にも広いタイロンがいた。
俺はミルドレッドとザクセンを連れている。ヌーヴェルは消耗が激しくて休ませていた。ていうか作戦を聞かせたところでアイツには意味のないことだ。
「やられたな」
俺はフースバルにけしかけるように言った。するとタイロンが食って掛かる。
「なんだと!?」
大男の大きな声は身体全体に響く。そんなタイロンをザクセンが魔法で作った人形をタイロンの背後に出現させ、首元に刃物をチラつかせる。
俺はザクセンに言った。
「よせ」
フースバルもほぼ同時にタイロンに言った。
「やめろ」
ミルドレッドとウェスタンは鼻を鳴らして、早く軍議を始めろといった具合の態度をとる。
フースバルが言った。
「こちらの被害は凡そ3500人だ」
俺も答えた。
「こっちは500人くらいだな」
タイロンが噛みつく。
「何故、両翼を動かさなかったのだ!?」
俺は言った。
「そんなこともわかんねぇ奴がこの場にいんのかよ?おいフースバル将軍さんよぉ、どうなってんだ?」
タイロンはその短く切った短髪を更に逆立てながら声を荒げようとしたその時、ミルドレッドが答える。
「あれはただの波状攻撃じゃなかった。魔法兵を突撃させ、魔法攻撃を繰り出したのは何も我々に大ダメージを与える為じゃない。あの同時発動魔法は我々にインゴベル陣営の動きを隠すための煙幕でもあった」
俺は言った。
「そうそう、両翼を動かさなかったんじゃなくて、動かせなかったんだよ」
「そんなものはただの言い訳ではないか!?」
「んじゃ、適当に両翼動かして第2波、第3波の餌食になっても良かったのか?そうなりゃ負け戦だぞ?それにこっちはただの500の兵が殺られたんじゃねぇ、切り込み隊だぞ?俺らの主力級だ」
すると今まで黙っていたウェスタンが口を開く。
「ヌーヴェルには感謝している。奴のおかげで我らの兵が助けられた」
「ウェスタン!?」
急な味方の裏切り発言にタイロンは不平を漏らした。俺はフースバルに尋ねる。
「んで、敵さんの被害はどうだった?」
「凡そ800だ」
「俺らの5分の1ね……明日はどうする?」
「こちらも主力をだし、突撃する」
「兵の隊形は?」
「今日のままで良い」
「わかった。お前らが中央を突破し、両翼の俺達もそれに続く。これで良いか?」
俺は最後にタイロンの方を見た。フースバルが言った。
「ああ。だが、向こうは早期に決着を着けたい筈だ。先ずは向こうが動き出したのを見て、こちらも動くことにする」
「また魔法兵が突進してくるかもしれねぇぞ?」
その場合に備えて弓矢隊と魔法を軽減させる魔防具の大楯を装備している兵やこちらも魔法兵を前に置くべきだが、フースバルは敵の突撃を確認でき次第、自軍も突撃させると言っている。
「問題ない。次に突進するのは我が魔法剣士隊だ」
フースバルの主力ね。
「んじゃ、明日な」
俺達が天幕から去ろうとすると、タイロンは嫌味を言う。
「フン、敵前逃亡しなきゃ良いんだがな」
その言葉を受けてミルドレッドは表情を歪ませたが、俺はそんなミルドレッドの肩を組んで天幕を後にした。
そして今日の敵の動きを思い出し、一つの考えが頭に浮かぶ。
──アーデン達は、短期決戦を望んでいないんじゃないか……?




