第108話 罠
〈ハルモニア三大楽典プリマ・カルダネラ視点〉
私は魔の森の中を疾走した。
木々を縫うように前進し、目的の地に辿り着く。
岩のようにゴツゴツとした肉体を持ち、頭部から2本の角と口元からは2本の牙を生やしたオーガが群となって、ハルモニアの、私の兵達に襲い掛かっている。
10体近くのオーガが拳を振り回している。その大きな手で兵を握り潰し、叩きつける。
「隊列を整えろ!!」
「うわぁぁぁぁ!!?」
「足止めする!」
「くそッ!!」
「後退しろ!?」
朝となり、目が覚め、これから最深部方面へと向かい、リディアを誘き寄せる作戦だったのだが、私のいる本隊ではない、魔の森中間部を南下し、2つ目の拠点を造ろうとしていた別動隊が突如として現れたオーガの群に襲われたのだ。
私は腰に差した長剣を抜き、森を疾走したこの速度を保ちながら、すれ違い様にオーガの脇腹を斬りつけた。
斬りつけられたオーガは、傷を受けたにも拘わらず、すれ違い、後方にいる私の方へ振り向き、拳を振り上げる。
私はそれには見向きもせずに、兵士をその手に握り締めている次のオーガに狙いを定めていた。私は大地を蹴って斜め前にいるオーガに向かった。その直後、私の斬りつけた背後にいるオーガの脇腹から炎が発生した。一瞬にして火に包まれたオーガが、背後で消し炭になるのを感じながら、次のオーガに斬りかかる。
兵を握っていない、もう片方の手で私に狙いを定めようとするオーガだが、私の速さに全くついてこれていない。私は兵を握るオーガの腕を切り落とし、兵を解放した。そしてその切り口から炎が起こり、オーガを火炙りにする。
森の木々ではなく、今度はオーガの間を縫うようにして私は疾走した。炎を纏った長剣は一筋の光となって陽の光を遮る魔の森の光源の役割を果たす。
そして次々と斬ったオーガが生きた証として命の炎を全身に灯しながら、灰となり、生命の礎としてこの森に埋葬されていった。
「おぉぉぉぉぉ!!!」
「流石カルダネラ様だ……」
「三大楽典、神聖国の宝!!」
「これが神と一体化する舞を極めしお方の実力……」
「お美しい……」
兵士達の賛美を受けとりながら、私は独りごちた。
「精神支配されていなかったな……」
このオーガはリディアの仕向けたモンスターではない。近くにいた兵士が私に尋ねる。
「何か仰いましたか?」
「いや、それよりも被害は?」
「は、はい。凡そ30名程が還らぬ者となり、我々が南下している最中に隊列を分断するようにオーガの群が襲ってきたので、分断された先行隊、凡そ10名が行方不明となっております……」
「そうか……」
私は報告をした兵士を下げ、直属の部隊である暗部のアンネリーゼを呼んだ。
「アンネリーゼ、セツナの様子は?」
私の背後より現れたアンネリーゼはその場で跪き、ソッとした低い声で言った。
「変わらず、です……」
「…わかった」
セツナという暗殺者を私は、暗部に迎え入れ、ここ魔の森まで来させたのだ。セツナは優秀な魔法詠唱者だが、リディアの手先である可能性もある。
魔の森に来てからというもの、そのセツナを側に置いて、反応を見てはいるのだが、何も怪しい点はない。しかしこのオーガの群の襲来によって、私がセツナの側を敢えて離れたのだ。
リディアの手先であるのならば絶好の機会なのだが、何も行動を起こしていないとのことだ。
──ただの私の思い過ごしか?
しかし私の勘が言っていた。セツナは何かを隠している、と。
私は指示を出した。
「死者と怪我を負った者、そして行方不明となった者をリストに纏めろ!ここを第2の拠点にするぞ!それと少し休憩を挟んだ後、改めて最深部方面を探索する!」
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〈ハルモニア神聖国兵エリア・スコウィッチ視点〉
意識が戻った。
ここはどこだ?
目を開けても視界が真っ暗だった。どうやら両目に目隠しをあてがわれ、視界を塞がれているらしい。椅子に座っており、動こうとしても動くことができない。物理的に手と足を椅子に縛り付けられているからだ。自由なのは口だ。口は縛られていない。大きな声を出せる状態だが、これは私を拉致した者が私と対話したい証なのか、それとも……
まずは、何故このようなことになってしまったのか、一つ一つ時系列で思い出していこう。
私はカルダネラ様の命令によって、2つ目の拠点を建築しようと、魔の森を南下している最中に突然後方をオーガの群が襲ってきたのだ。
前方にいた私は後方と分断され、戦闘を試みるも、不意を突かれた為に、隊列が崩れ、思ったような攻撃ができない。1人が殺られ、2人が殺られると、後方と分断された私達はこの場から方々に逃げ出した。オーガの標的を散らす目的がある。
方々へと逃げた私達だが、皆目的地は一緒で、回り込んで分断された後方と合流するつもりであった。
魔の森を南方面へと駆け抜け、そろそろ迂回しながら北上しようかと思ったその時、私の視界が一気に暗転した。
私は襲われたのだ。そしてこの襲ってきた者について、該当する者は1人しか思い付かない。
──リディア・クレイル様……
これから何が行われるのか不安となり、次第に心拍数が上がっていく最中、この場が酷く蒸し暑いことに気が付いた。
閉塞的で圧迫感があり、仮に目隠しを取ったとしても真っ暗なのではないかと思える場所であると、視覚に頼らない私の他の感覚器官が伝えてくる。
すると足音が聞こえてきた。
コツコツという音ではなく、少しだけ柔らかい土を踏み締めるような音だった。
そしてその足音の主が声を発する。
「気が付いたか?」
女の声だった。しかしクレイル様の声ではない。
「これから何を訊かれるかわかっているな?」
女の声は冷淡で、感情が掴めなかった。女は続ける。
「ここへは何をしにやってきた?」
女は私の返答を待つが、私は軍律を守り、黙ったままだ。女は再度同じ質問をした。
「もう一度訊く……ここへ何をしにやってきた?」
私は黙秘を貫く中、女はこの私の姿勢にため息をつきながら言った。
「はぁ…あまり手を煩わせるな……」
そう言うと、女の声が聞こえてきた辺りから禍々しい魔力が発せられる。この時初めて私は声を漏らした。
「なっ!!?」
驚愕のあまり声が出た、そして次第にその驚愕は恐怖へと変わっていく。
──あ、悪魔だ……
──こ、このままじゃまずい!?
私は神聖魔法を使った。
──ブレイブハート!!
ただ魔力を発しただけでこれ程の恐怖が募ることなど今まで経験したことがなかった。私は精神を保つために精神強化を使ったのだ。
しかし精神強化を使っても尚恐怖が募る。私はそんな恐怖に屈しないことを表明するために、叫んだ。
「わ、私は神聖魔法が使えるのだ!!そんな脅しは効かない!!」
プリマ・カルダネラ様は魔の森の調査隊の先頭には、リディア・クレイル様の精神支配の効かない者を配置していた。こうなることを予期していたのだ。
「神ソニアに命を、私たらしめるこの精神を捧げたのだ!!この意思は決して曲げることなどできはしない!!」
するといつの間にか、あの禍々しい魔力の気配がなくなっていた。
──勝った!!私は勝ったのだ!!
私に力を、そして勝利をもたらしてくれた神ソニアに感謝をした。
ここまでこの物語を読んで頂きありがとうございます。結構前からではありますが、視点変更がかなり多い物語です。ここから更に視点変更が横行します。読みにくいとは思いますが、それでも読んで頂けると嬉しいです。




