第106話 元気の理由
〈帝国四騎士ドウェイン・リグザード視点〉
この魔の森と一体化しているような見た目の熊型のモンスター、フォレストベアを前にして、俺はハルバートを構えた。
緑色の毛並み。身体の所々に赤や黄色の花が咲いている。そんな華やかな見た目ではあるが討伐難易度C+に相応しい獰猛な眼光で俺を睨みつける。そして今、黒く輝く鋭い爪で俺を切り裂こうとしてきた。
俺はそのフォレストベアに負けず劣らずの大きな体躯を優雅に動かし、フォレストベアの攻撃を掻い潜るようにして躱した。
フォレストベアの背後を取った俺はハルバートを力一杯振り払い、この大きな獣の背中を斬りつけた。
「っしゃあ!」
モンスターであるが故に、恐怖という感情が野生動物よりも少ないせいで、背中の痛みに喘ぎながらも尚も振り向き、俺に向かってくる。
またしても腕を振り上げ、その鋭い爪で俺を切り裂こうとしてきた。先程の攻撃よりものろまだった。俺はハルバートを盾のようにして構え、フォレストベアの攻撃を受け止める。
互いの力を見せつけるように押し合っていると、フォレストベアの背後にいる部下がそのまま襲い掛かり、討伐してしまった。
「ちっ……横取りすんならもっと早く来いよ?おせぇぞ?」
昨日まで険しい山道を登り、足場の悪い戦闘を余儀なくされた苛立ちが、ここ魔の森で解消されていくのがわかる。
用意していた兵の殆どがタイタン山脈を越えて拠点に入った。その数7千。後はこの魔の森を支配しているハルモニア神聖国の奴等に近付く為、北上するだけだ。俺のいる中央軍がまず先行して北上し、右軍、左軍と少し後方を俺の後を付いてくるように北上させている。そうすることによって、討伐難易度の高いモンスターに襲われたり、神聖国軍の強襲にあっても連携を取れるような隊形にしていた。しかし奴等《神聖国兵》め、魔の森をどれ程支配しているかと思えばまだまだ支配領域は狭いと思われる。
モンスターを討伐しながら小さな拠点を造ってはまた北上していく。魔の森は深い。一度帝国の海から東へと進んで魔の森の全容を海上より測ろうとしたことがあったらしいが、海流が乱れ、調査船が沈没してしまったそうだ。おそらくその先が大瀑布──巨大な滝、世界の終焉──に達するところなのだろうと多くの知識人が証言している。
そう簡単には神聖国兵と鉢合わせることなどないと思っていたが、その通りだった。それとも奴等、俺達の侵攻を既に知っていて罠を張り巡らしているのか?
それならどんな罠が待ち受けているのか俺はワクワクして仕方がなかった。俺は北上し続ける。
しかしここへ来て、何人かの犠牲者が出始める。魔の森というモンスターが跋扈する森の中だ。犠牲者が出るのも仕方がない。いや、この襲いかかるモンスター達がハルモニア三大楽典のリディア・クレイルによる攻撃なのかもしれない。念のため、北上している者達には帝国兵だと悟られないような格好をさせていた。俺も冒険者のような格好をしている。まあ、武器の成分等を調べれば帝国が作ったものだとわかる奴にはわかるらしいが、それはこの魔の森の戦争中には判明しないだろう。
そんなことを考えていると、大蛇のような巨大な百足、エビルセンチピードがの俺に向かって襲いかかってきた。俺はその鋭い牙にハルバートをぶつけて弾き返す。
「おらぁっ!!」
討伐難易度C+のムカデ型のモンスター、エビルセンチピードはまるで森の中を泳ぐように、その長い身体を木々に巻き付けながら漂っている。
同じ討伐難易度C+のフォレストベアとは違い、俺との相性は良くない。硬い装甲に牙、物理攻撃よりかは魔法攻撃の方がこの手の昆虫型のモンスターには良く効く。また単純にフォレストベアよりもこのエビルセンチピードの方が強敵であると俺は思っていた。
討伐難易度CよりもC+に類されるモンスターの方が多いくらいである。何故なら、討伐難易度Bの壁があるのだ。難易度B-とC+にはかなりの差があった。その差とはそのモンスターの単純な戦闘能力がぶっ壊れているか、もしくはC+の戦闘能力だが魔法を使用するか否かによって、Bにランク付けされるようにもなっている。だがこれらの格付けは結局冒険者目線での格付けでしかない。
俺の苦手なエビルセンチピードはCランク以上の冒険者パーティーに1人はいる魔法詠唱者がいれば事足りるのだ。だからこのモンスターはBランクの位にはいけない。
俺の後ろに付いて来た兵が言った。
「魔法兵を待ちましょう!!」
「うるせぇ!魔法なしでぶっ倒すぞ!!」
こんなモンスターを物理攻撃のみで倒そうとするのは俺くらいだろう。コイツを1人でも倒せるようになれば、帝国の個人戦力で頂点に輝けるだろう。
──だから俺が倒す!
エビルセンチピードに1人で挑もうとしたが、しかし部下達の邪魔が入る。このモンスターが苦手な火属性魔法が放たれ、焼き焦がした。
「くそ!邪魔すんな!!」
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〈セラフ視点〉
母さんもアビゲイルも、ローラさんもデイヴィッドさんも皆、緊張した面持ちで営業をしていた。
それもそのはず、現在魔の森にはハルモニア神聖国とヴィクトール帝国が侵攻し、戦争が起きそうなのだから無理もない。
帝国は魔の森中間部を北上し、このまま行けば明日にでも神聖国と衝突すると思われる。彼等は恐らく、神聖国と戦うつもりで魔の森を北上しているのだ。
対して神聖国は何が狙いなのかわからない。
現在、アーミーアンツ達は神聖国と帝国の動きを監視し、ジャンヌは最深部にいると思われる、リディア・クレイルと神聖国が接触しないかどうかを監視している。もし接触するような動きを見せた場合、状況を把握し、無理に戦闘しないことを約束させた。
リディアの実力が未知数だからだ。
そして今日、これから神聖国の兵を捕らえて尋問する予定になっている。ここまで僕らが慎重なのは、僕らの存在をリディアや神聖国が知っている可能性があるからだ。僕らの出方を待ち、その間に魔の森の中間部を侵略しているようにも見えるのだ。
またアルベールさんは、セツナさんのことを心配しつつも、ヌーナン村にいればメイナーさんに自分が目撃される可能性があると言って、世界情勢の調査へと向かった。アルベールさんは暗殺者ギルドのリーダーだ。メイナーさん程の豪商ならばアルベールさんのことを認知している可能性があるらしい。因みに、メイナーさんがこの村に来て商談をする前に、帝国で僕らの宿屋の料理が美味しいと噂を広めてくれたのはアルベールさんである。僕たちと暗殺者であるアルベールさんの関係性に違和感を与えかねないとのことで、アルベールさんはヌーナン村から去った。それとアルベールさんはもう一度ジャンヌに魔法を刻まれ、今度は帝国ではなく、ヌーナン村に直接戻って来られるようになったらしい。
ランチ営業が終了し、僕は宿屋の外へと出た。別にここから魔の森の様子がわかるわけではないが、何となく外の様子を見たくなってしまうのだ。
するとメイナーさんが現れ、早速鍛冶屋の骨組みが出来上がったと言って、僕にその様子を見せてくれた。
鍛冶屋は『黒い仔豚亭』の西側、防壁の近くにそれが建てられていた。おそらく煙と鉄を打ち付ける音と振動を気にしてのことだろう。骨組みだけでも石造りの立派な一軒家を彷彿とさせる。そして現在も大工職人の方々が建築を続けていた。このヌーナン村にいる大工のトウリョウさんも近くにいた。
「おう、セラフ!」
僕は手を挙げてそれに応えた。トウリョウさんとの挨拶を終えたのを見計らってメイナーさんが言った。
「規模としては、小規模な造りになっております。本来ならもう少し大きな施設にするべきなのですが、そうなればこの防壁の外に造らなければなりません。しかしそれは避けたかったのです」
「帝国に襲われそうになったら、真っ先に狙われちゃいますからね」
「それもそうですが、この防壁の内側ならば籠城する際にも武器を賄うことができます」
「なるほど」
防壁の回りを敵に囲われた際に、この防壁の内側に籠りながら武器の新調やメンテナンスができる。
メイナーさんは僕に訊いた。
「マーシャさんやファーディナンドは上手くやっていますか?」
メイナーさんは建築や村開発の構想を村長様と話し合っているせいで、彼女達のことを僕らに任せっきりであることに罪悪感を覚えているようだ。
「はい!ファーディナンドさんには狩りや力仕事をしてもらって、マーシャお姉ちゃんには主に、お客さんが帰った部屋の清掃等をしてもらってます!2人ともとてもよく働いてますよ!」
「それは、良かったです。あとそれと、醤油の件はありがとうございました」
メイナーさんに送った醤油がバーミュラーで殆どダメになってしまった為に、僕は再び醤油の入った瓶をバーミュラーに送っていたのだ。それをスミスさんがこの前のように荷馬車に乗せて、早朝からバーミュラーへ向かっていた。
──昨日ヌーナン村に着いたばかりなのに、大変だよね……
「さて、この鍛冶屋だけでなく、武具店や道具屋もどんどん建築していきますからね!」
「あ、あんまり無理しないでくださいね?」
「勿論です!しかし、この村に来てから全く疲れないんですよ?あの大浴場や美味しいお料理のおかげですかね?」
「そ、そうなんですかね?そうだったら嬉しいなぁ」
僕の付与したお風呂の湯につかり、僕の作った料理を食べているからだとは、言えなかった。