第104話 自己嫌悪
〈ハルモニア三大楽典プリマ・カルダネラ視点〉
昨日オリンポス山脈を越えた。不安定な足場に、雪、標高の高さによる低酸素の中でのモンスターとの戦闘等、様々な困難を乗り越えた。予想よりも少ない被害で山を越えることができたといえるだろう。リディアが通ったと思われる道のりが残っていたのが大きい。そんな自分の功績を、よりにもよって自分を捕まえに来る者達によって利用されてしまうとは、何とも皮肉が効いている。
そして今日1日中、魔の森の中間部を探索した。たくさんのモンスター達に探索を阻まれ、中にはそのモンスター達の餌食となる兵もいた。
討伐難易度Cランクのモンスターならば、兵達の連携で何とかなるが、C+やB-のモンスターは危険だ。その時は私や私の直属部隊である暗部達が手伝う。
これは極秘の任務である為、誰にも知られてはならない。魔の森はかけだしの冒険者だけでなく中間部、最深部に関しては熟練の冒険者が挑むダンジョンのような所だ。いくらシュマールの内乱や世界大戦の緊張が高まったとしても冒険者はクエストをこなして給金を貰い、食っていかなければならないのだ。つまりはこの魔の森でクエスト中に我らと鉢合わせる可能性だってある。
だから中間部のなるべく奥を探索している。探索範囲を狭められるし、ミカエラの証言でリディアは魔の森最深部にいる可能性が高いとの報告を受けている。
しかし我ら5千の兵がいきなり魔の森の最深部に入るのは危険きわまりない。だから今日1日拠点を造り、木の実や果実、食料の調達等をしながら、本命のアーミーアンツを探していた。
リディアが精神支配したと思われるアーミーアンツの発見と女王アリの居場所を探る。そうすればリディアの居場所やリディアの戦力を削ぐことができると考えたのだ。
しかしアーミーアンツは見付からず、昨日できたばかりの拠点へと戻った。オリンポス山脈の麓に野営し、魔の森の木々を伐採して柵を立てた。
夜の森はダンジョンそのものだ。
光源等皆無であり、地上を照らす星々の煌めきも密生する木の葉で隠れてしまう。この拠点も煙の立つ松明を使用せず、天幕に設置された蝋燭の頼りない火で光源を賄った。
私は鎧を脱ぎ、簡易的に作られたベッドに腰掛ける。
そしてこのリディア捕縛作戦が既にそのリディアに知られている可能性について考える。
何故なら、今日夕暮れ時に連続して現れたモンスター達が不自然だったからだ。しかしそのモンスター達には精神支配されているような形跡は見られない。
だが不自然だ。
──オーガに始まり、マンティス、そして怪鳥ストライドバード……
討伐難易度がそれぞれC、C+、B-と討伐難易度順に出現してきた。
偶然である可能性も勿論あるが、これは私達の戦闘力を試しているように見えなくもない。ならばしかし、私達のことをよく知っているリディアが何故そのようなことをするのかわからない。
──いや、リディアのことだからそれを楽しんでいるようにも見える……
様々な考えが頭に渦巻くが、私は唯一の光源である蝋燭を消して就寝した。
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〈セラフ視点〉
僕がバーミュラーから帰ってきて初めての家族会議を行った。
いつものように厨房に椅子を持ち込んで、カウンター席と向かい合うようにして座る。
今日1日で様々なことが起きていた。
僕はデイヴィッドさん、ローラさん、アビゲイル、母さん、リュカ、アルベールさんに説明する。
バーミュラーで起きたことは割愛した。実は僕が捜索の対象となっていた可能性があるけれど、今はそれどころではない。
神聖国と帝国が魔の森に侵入していることだけを説明する。そして、その2つの勢力をぶつける旨を話した。
皆は黙ってそれを聞いていた。危険はないのか?なんて皆訊いてこない。父さんが反乱を起こし、世界各地で戦争が起きそうなのだ。今さら何を危険だと判断するのかわからないようでもあった。
ジャンヌが魔の森の戦況について説明する。
「上空より私が確認したところ帝国はおそらく今晩にでもタイタン山脈よりこちらの魔の森に侵入してくるかと思われます。規模はハッキリとわかりませんが、アルベール?」
ジャンヌはアルベールさんに帝国からヌーナン村に来る道中のことについて話すように促した。
「あぁ、えっとですね、規模は凡そ7千やそこらって感じだ」
デイヴィッドさんは反応を示す。
「7千か……」
ジャンヌは説明を続けた。
「神聖国の規模は凡そ5千。両軍共に小規模なのは、シュマール王国やヌーナン村の住人、そして冒険者達に見付からないようにする為だと予想します」
僕は補足した。
「帝国は、ヌーナン村や魔の森を神聖国が支配していると考えているから隠密行動を取ってるんだと思う。神聖国に関しては2通り考えられて、1つは──これが一番理想的なんだけど──リディアが裏切っていると考えて討伐、或いは捕縛する為にやって来たか、もう1つはリディアと合流してシュマール王国を襲いに来るか、だね」
ローラさんが言った。
「両国共に、この王弟の反乱に乗じて来ているということは、この魔の森の状況に慎重を喫していると考えて良いんじゃないかい?」
アビゲイルが尋ねる。
「どういこと?」
「私らの作戦が上手く嵌まってるってことよ」
僕は言う。
「確かにそう思うんだよね。神聖国なんかはわざわざ魔の森にいるリディアと合流しないで、リディアに出撃命令を出せば良いし、魔の森に侵入した兵達を魔の森ではなく、ここから北東の国境に行軍させて、シュマールを侵略しても良いと思う」
ジャンヌが言った。
「それが一番理想的だと思われますが、セツナが帰って来ない辺り、何かセツナから情報が漏れた可能性も考えられます」
アルベールさんが慌てながら尋ねる。
「で、でもよ!?姉さんの魔刻印でセツナは情報を喋る前に死んじまうんだろ!?あと新しく刻んだ魔刻印もある!」
ジャンヌは冷静に述べる。
「その魔刻印を解く魔法があるかもしれない。神聖国は解除や強化といった神聖魔法を使用する者が多いと聞く」
僕はまとめた。
「うん。僕のような付与魔法使いのことだね。だからなるべく最悪を想定した動きを取ろう」
ジャンヌが説明を続ける。
「魔の森に侵入してきた神聖国に関しまして、現在魔の森中間部の最北端、オリンポス山脈の麓に拠点を築き、中間部北部から南部に、そして最深部に近い東部を侵略している模様です。最深部にはまだ辿り着いておりません。その間に、アーミーアンツ達が他のモンスターを誘導し、討伐難易度の低い順に神聖国兵にぶつけ、その戦闘能力を私が確認しました」
デイヴィッドさんが尋ねる。
「どうだった?」
ジャンヌは言った。
「私やリュカ殿が相手ならば全く問題のない連中でした。しかし神聖国兵の中には洗練された者もおり、その者達に関しましては討伐難易度B-のモンスターを難なく倒す程の腕前でした。またその者よりも劣る者達も連携を取りながらではありますが、B-のモンスターを倒しております」
デイヴィッドさんが反応を示す。
「B-を……」
ジャンヌは提案する。
「そこで明日、帝国と神聖国をぶつける前に、神聖国兵の1人を拉致し、尋問してみようかと思うのですが、宜しいでしょうか?」
僕はジャンヌに尋ねる。
「…尋問で何を訊くつもり?」
「まずはこの侵略の狙いを訊きます。そしてあわよくば帝国兵の存在をチラつかせて、戦わせる運びにしようかと……」
僕は気が進まなかったが、それは確かに大切なことだと思い、了承する。なるべくその神聖国の兵を傷付けたくはないが、ジャンヌが帝国兵の存在を拉致した神聖国兵にチラつかせると言うことは、拷問するつもりではないということだと僕は推察した。いや、僕もその場に立ち会って、行き過ぎた尋問を止めれば良い。しかしこうも思った。
──僕が神聖国と帝国をぶつけて殺しあいをさせるように仕向けているんだよね……
自分の底意地の悪さに嫌気がさしてきた。
そんな自己嫌悪に陥っている最中にデイヴィッドさんが尋ねた。
「どうやって拉致するつもりだ?」
「モンタスーの大群をぶつけ、その混乱の最中に1人を捕らえようかと思います」
ジャンヌは言い淀んだが、それでも続きを口にする。
「しかし肝心のリディアに全く動きがないことに違和感を覚えるのです……」
そうだ。これだけ魔の森に動きがあるのに、相当な戦力を保持していると思われるリディアが全く動こうとしていない。
これには僕らの存在がリディアにも知られているからなのかと色々と考えられた。
神聖国とリディアが接触しないか、アーミーアンツ達やジャンヌに念入りに見張ってもらうことにしよう。
ジャンヌは言った。
「おそらく明日、神聖国は魔の森中間部を更に東と南へ進軍させるかと思われます。対して帝国兵も明日から魔の森の探索を始めることでしょう。明後日には2つの軍が鉢合わせてもおかしくはありません」