第103話 侵入された
〈セラフ視点〉
僕はマーシャお姉ちゃんに「頑張ってね」と言おうとしたが、突如としてアーミーアンツによる思念伝達が舞い込んでくる。
『申し訳ありません、セラフ様。魔の森中間部の最北からハルモニア神聖国からやって来た思われる兵士達を確認致しました』
僕は動揺した。いや自分を叱責した。何故ならこの侵入は僕がアーミーアンツ達に魔の森最深部の監視を要請していたせいだからだ。そしてそれをアーミーアンツの女王が危惧して、対策を練ろうとしていたが、僕が許可を与えていないせいで、アーミーアンツの数を増やしきれなかったことにある。
僕は取り敢えずマーシャお姉ちゃんに先程言い淀んでしまった「頑張ってね」を告げて、外へと向かう。
宿屋の『黒い仔豚亭』の扉から外へと出ようとすると、来客が現れた。
僕はそのお客さんが誰なのかを理解した。
「アルベールさん!?」
「よぉ、セラフ。元気だったか?」
僕は一旦、アルベールさんの手を引いて一緒に外へと出た。
僕は直ぐにでも、魔の森の状況を皆に共有したかった。するとジャンヌがやって来た。
「セラフ様!」
「ジャンヌ!」
「姉さん!?」
ジャンヌもアーミーアンツから思念伝達で情報を聞いたのだろう。
「リュカ殿はデイヴィッド様とファーディナンド氏と狩り場の案内をしております」
僕が一瞬不安の表情を浮かべた為、ジャンヌは言った。
「心配入りません。ハルモニアの兵はリュカ殿のいる場所より遠く離れておりますので、兵と出くわすことはないかと……」
「わかった。ありがとう」
僕がお礼を言うと、アルベールさんが言った。
「ハルモニアがどうかしたのか!?」
僕はアルベールさんに説明する。
「マジか!?」と反応を示すアルベールさんに僕は尋ねる。
「アルベールさんは大丈夫だったの?」
「それがよ──」
アルベールさんがここヌーナン村にやって来た経緯を説明しようとしたが、ジャンヌが遮る。
「それよりも、ハルモニアをどう致しますか?殲滅致しましょうか?」
アルベールさんには悪いが、今は緊急事態だ。 魔の森に侵入したハルモニア兵をどうすべきか考えるのが第一である。
この侵入を許してしまったのは魔の森最深部にいると思われるハルモニア三大楽典リディア・クレイルの監視を重視するあまり、他の監視が疎かとなってしまったことにある。そしてそのリディアと、やって来たハルモニアの兵が結託し、ヌーナン村を襲いにくるかもしれないのだ。それは何としても避けたい。
──しかしどうして今ハルモニアの兵がやって来たのだろうか?
──あの青みがかった黒髪のお姉さんと交渉決裂になったんじゃないのか?
──そういえばアルベールさんが無事なら、そのお姉さんの尾行をしていたセツナさんはどうなった?
ここで初めて、僕はアルベールさんのここまで戻ってきた経緯を聞く気になった。
アルベールさんは説明する。
父さんの雇った暗殺者の正体は六将軍のカイトス将軍の直属の部下だったとのことだ。その内の2人をアルベールさんは相手取り、ジャンヌが刻んだ魔刻印で上手く戦力を削りつつ、逃げ出すことができたとのことだ。
「セツナはどうした?」
ジャンヌの問いにアルベールさんは答える。
「わかりません。俺は姉さんの魔刻印で敵を蹴散らし、そのまま帝国の領土まで飛んでいったので……」
そうか。アルベールさんは魔刻印で帝国の領土まで飛んだのだ。帝国方面へ行けば、父さんに帝国がまだまだ裏で手を引いていると思わせることができるのではないかと考えたからだ。この魔刻印はセツナさんにも刻まれている。
「だから俺は暫く帝国の領土でセツナを待ってたんだ。アイツも姉さんの魔刻印で帝国に飛ぶようになってたから。だけどアイツ、一向にやってこなかった。だからここに戻ってきたって訳ですよ!それよりも、その道中でヤバい動きを見ちまったんだよ!?」
「ヤバい動き?」
「帝国がタイタン山脈を越えようとしてんだ!!」
タイタン山脈とはヴィクトール帝国の領土と魔の森を隔てる大きな山脈のことであり、ここを越えようとしているということは、帝国が魔の森に侵入しようとしていると言うことだ。
「え…そうなの……」
一度、整理しておこう。
現在魔の森の中間部の最北端にハルモニア神聖国が侵入し、同時に──アルベールさんの話では──魔の森の中間部の南側にヴィクトール帝国が侵入しようとしている。
神聖国の狙いはハッキリとしていないが、帝国の狙いなら何となくわかっている。
それは僕らの作戦通り、帝国はヌーナン村及び、魔の森を神聖国に乗っ取られていると考えているからだ。
前回のように国境を越えても、バーミュラーの軍とハルモニア神聖国からの妨害を受けるのではないかと考え、この魔の森に軍を侵入させていると予測できる。
神聖国の狙いは、やはりわからないが、最深部にいると思われるリディア・クレイルと合流されると何かマズイことになりそうだ。
ジャンヌが尋ねる。
「どう致しますか?帝国が魔の森に入る前に殲滅しましょうか?」
「そうなったら今後どんどん軍が派遣される可能性もあるし、普通に国境を大軍で越えてくるかもしれない……だからちょっと危険だけどこうしようか?」
アルベールさんが訊いてきた。
「どうすんだ?」
「このまま魔の森に帝国を迎え入れて、神聖国と帝国をぶつける」
「なるほど……」
「……」
その帝国を最深部にいるリディア・クレイルと戦わせても良い。
僕はアルベールさんに尋ねた。
「アルベールさんはどうして、帝国がタイタン山脈を越えようとしてるってわかったの?」
「それなんだが、今回シュマールの内戦で帝国は軍をトラヴェルセッテ山脈の西側、バロッサ王国とシュマール王国と帝国の3ヶ国が接する国境とトラヴェルセッテの東側、つまりはこの前侵略した時みたいに軍を派遣してるらしいんだが、この東側が小規模の軍らしくてよ、ただの見せかけなんじゃないかって冒険者達や帝国人が噂してたんだ」
「見せかけでもヌーナン村方面に軍を動かすのは正しいよね?シュマール王国にはそれだけで圧力がかかる」
「でもよ、俺は帝国領までの空の旅を終えた後、その小規模の軍の後を追うようにしてこの村を目指したんだ。だけどその軍の大部分は途中でどこかに消えちまったのさ」
「消えたってどこへ?」
「それがシュマールの国境に近い街や村の奴等は皆、帝国とシュマールの国境付近で野営でもしてるんだろうって言ってたんだが、俺はそんな軍を見ちゃいねぇ。つまり、途中で進路を変えてタイタン山脈を越えようとしてるって見当をつけたってわけよ」
ジャンヌが尋ねる。
「根拠が乏しいな……」
「いえいえ姉さん?その時の軍を見た帝国人や冒険者達が言うには、様子がおかしかったらしくてですね…兵站が少ないとか、武装の他に防寒具を持ってたりとか、山を越えそうな感じがプンプンするんすよ」
僕は言った。
「確かにタイタン山脈を越えてきそうだね。だけど今は既に侵入した神聖国とリディア・クレイルを上手く管理しなきゃだよね?帝国の動向にも注意を注いで、本当に山を越えてきたら神聖国とぶつけるって方向で話を進めよう」
帝国のことは一先ず棚上げにして神聖国に神経を注ぐ。それには隠密の得意なジャンヌが必要不可欠だ。しかし現在父さんとインゴベル陛下の戦が始まりそうなのである。いや、もう始まっているかもしれない。そこにジャンヌを暗躍させても良かったのだが、バーリントン辺境伯を暗殺した、ジャンヌが危険視する暗殺者が父さん派閥に属している為に、1人で暗躍させるのは危険だ。
内乱よりも、今は魔の森に集中すべきである。
しかし僕はもう一つ、良くない考えを思い付いてしまった。それはインゴベル陛下が殺られても、帝国を父さんにぶつければ良いのではないかという考えだ。
しかし直ぐにその考えを改めた。
自分の国の侵略を容認してしまえば、シュマール人殺しを正当化させてしまうかもしれない。そうなればメイナーさんに教わったバロッサの虐殺に繋がる可能性もある。そしてその魔の手がヌーナン村に及ぶことになる。そうなればこの宿屋や皆が、家族が危ない。
──どうかインゴベル陛下には頑張ってもらいたい……
 




