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第10話 お漏らし

〈セラフ視点〉


 リュカが人間の姿になって幾日か経った。リュカはすっかりこの宿屋のもう1人の看板娘となっていた。


「いらっしゃいませぇ~、何名様ですかぁ?」

「2番テーブルにエールを2つお願いしま~す」 

「は~い、こちらシェフ特性のスープでございます」

「おいしくな~れ、おいしくな~れ、萌え萌えきゅん♡」


 最後のは僕の入れ知恵だ。


 常連のハザンさんやルーベンスさんはリュカを見て「良い娘だねぇ」とほのぼのしていた。そして毎回、あんなに美人で可愛い女の子をどうしたのか、と質問された。


 そう訊かれると僕らは決まってこう答えた。


(マリー)さんの姉の娘なんです」


 そう答えるとお客さん達は口を揃えて言った。


「そうか、そりゃ美人だよなぁ」


 この言葉に母さんは毎回むず痒い顔をする。リュカは持ち前の愛くるしさで様々なお客さんを虜にしていた。


 そんな中、僕の外出禁止が解ける頃にあの調味料の完成が間近となった。


 そう、醤油だ。


 朝方僕は、小屋へと赴いた。


 稲玉より種麹を作り、煮たせた大豆と炒めて砕いた小麦を合わせ、種麹をまき、付与魔法により高温多湿にした小屋の中で繁殖を待った。約半日で付与魔法が切れそうになると、もう一度かけて温度と湿度を調整し、麹菌が繁殖しやすいよう撹拌(かくはん)させた。上手く緑色に偏食した大豆と小麦を桶に入った塩水の中に入れて混ぜ合わせ、蓋を閉めもろみが出来るのを待つ。できたもろみを麻袋に入れて絞ったら醤油の完成だ。


 そんな出来上がったもろみを麻袋に入れている最中にリュカがやってきた。


「セラフ様ぁ?何してるんですかぁ?」


 僕の背中越しからひょっこりと顔を覗かせ、僕が桶からもろみを取り出しているのをリュカが目撃した。


「あぁぁぁぁ!!セラフ様お漏らししてしまったのですかぁぁぁ!!?」


 もろみは完全にお腹を下した時に出るアレに似ていた。リュカは驚きながらも僕のお腹を優しくさすり「お腹痛いですか?大丈夫ですか?」と心配してくる。


「だ、大丈夫だよリュカ!それにこれは僕が漏らしたやつじゃないんだ」


「えぇぇぇぇ!?誰のです?デイヴィッド様のですか!?」


「違うって!」


「じゃあ、アビゲイル様の──」


 僕はなんだか説明するのも面倒臭くなり、肯定すればこれはこれで面白いのではないかと思った。だから僕は言った。


「そうそう!アビーがさぁ、漏らしちゃったんだよ~」


「まぁ!大変です!後はリュカに任せてください!」


 リュカは僕の代わりをやろうとする。


「いやいや、大丈夫だから」


 僕はリュカに断りを入れると、


「何してるの?」


 アビゲイルがやって来てしまった。


 ──あ、なんかマズイ気がする……


 リュカは案の定、アビゲイルに言った。


「アビゲイル様!お腹の具合は大丈夫ですか!?今日の営業はお休みした方が良いんじゃないですか?」


 リュカがアビゲイルを心配しながらそう言うと、アビゲイルは戸惑いながら言った。


「ど、どうしたの?私は何ともないけど……」


 アビゲイルはそう言って、小屋の奥にいる僕に目を合わせた。僕が気まずい表情をしていると、アビゲイルの視線が僕の手元へと移る。もろみを見られてしまったのだ。アビゲイルはもろみを見て訝しんでいると、リュカが純粋な気持ちでアビゲイルに言った。


「本当に何ともないんですか?あの量をアビゲイル様の小さなお身体で出されてしまったのであれば、大変なことだと思うのです!!」


「ちょっとさっきから何のことを言ってるの?」


「え?セラフ様が今──」


 僕はリュカを遮ろうと声を発そうとしたが遅かった。


「アビゲイル様のお漏らしを処理していると、うかがったので」


 アビゲイルはリュカの言葉を飲み込めないでいたが、次第にその意味を理解し始め、僕の手にしているもろみを見つめていた目が突如として見開き、顔を赤くさせた。


「違うんだアビー!リュカをちょっとからかっただけ──」


「セラフのバカーーー!!」


─────────────────────


─────────────────────


〈セラフ視点〉


 厨房に出来上がったばかりの醤油が入った瓶が置かれ、頬を腫らした僕とデイヴィッドさん、リュカと不機嫌なアビゲイルの4人が集合していた。


「んで?これがセラフの作った調味料なのか?」


「うん!これを使って何か調理してみてよ!」


 本当は酒も作って、料理に活かせれば良いのだけれど今は白ワインで代用すれば良い。デイヴィッドさんは「ちょっといいか?」と言って醤油の香りをかいだ。


「ほぉ~……」


 と反応した後、醤油を少しだけ指先に付けて舐める。


「これは……少ししょっぱいが、旨いな!」


「リュカも食べてみたいです!」


 僕に目を合わせながら、リュカは両腕をブンブンと上下させていた。リュカさんは興味津々だ。


 ──牛に醤油って良いのか?いや、もう人間だから良いのか……


「少しだけ舐めてみてよ」


 リュカはデイヴィッドさんと同様に指先に醤油を付けて舐めた。


「美味しいですぅ!!」


 機嫌の直ってないアビゲイルはむくれながらも醤油に興味を示していたので僕は言った。


「ホラ、アビーも試してみて?」


 フン、と鼻をならしてそっぽを向きながらも人差し指に醤油をちょこんとつけた。


 ──機嫌を直してくださいよ……


「確かにしょっぱいけど…美味しいわね」


「でしょ!?」


 僕は得意げに言った。

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