ロッセでいい
最近のロッセは、アムール王国中をめぐり、ソロ(単独)で、盗賊団の討伐をしている。お金を集めて、膨大なストックのある、汚れてしまっているレースのリペアを進めるためだ。
このごろ「閹剣」だけではなく「拷問姫」の二つ名も通用するようになってきた。返り血を浴びたくないロッセが、木刀で、盗賊たちの骨を砕くような戦闘を、繰り返しているからだ。
遠征の討伐案件をいくつかこなし、ロッセは、久しぶりに桜工房を訪れていた。今日もまた、ロッセは、左胸のレース装飾を、モミモミしている。
ロッセが、左胸のレース装飾を触っているときは、緊張している。このごろハルトは、それに気づいて、ちょっと面白くなっている。
ロッセは、些細なことでも、緊張する。人見知りも激しい。だから人と話をするとき、自分が緊張していることが相手にバレないよう、あえて、ぶっきらぼうに振る舞う。
だが、左胸のレース装飾を触るクセ。その意味を知っている相手には、ロッセの緊張はバレバレだ。ハルトは、ロッセがなににドキドキしているのか、よく観察するようになった。
◇
ロッセが桜工房に来てから、もう半年が過ぎる。ロッセと、桜工房の外で会うようなことは、まだ、ほとんどない。けれど、だいぶ、仲良くなってきた。この間にリペアしたレースも、10枚以上になる。
ハルトは、ロッセのことを、もっとよく知りたい。だからハルトは、ロッセに関する情報を、たくさん調べるようになっていた。
ロッセには、ニュース・バリューがある。みんなが、話題にする。
桜工房も登録されている、ベルハイムの商業ギルドには、昔のニュースや雑誌が数多くストックされている。そこで、バックナンバーをたどってみた。当然のように、ロッセに関する記事が、たくさんみつかった。
そうした記事を読みすすめるうちに「ロッセには、まだ婚約者がいない」ことが、はっきりした。ハルトは、この情報を得て、とても嬉しい気持ちになっている。が、本人はそれを自覚できていない。
貴族であれば、普通は、ロッセぐらいの年齢で、婚約者を得る。ロッセは貧乏貴族だから、婚約相手としては、あまり人気がないのかもしれない。
そんなことを考えていたら、あった。2年前のベルハルト新報の記事に、ロッセが婚約者を求めていない理由が掲載されていた。記者の推測にすぎないが、理由は、ロッセが、エルフだからだという。
エルフの寿命はとても長い。エルフは、配偶者の死後も貞操を守ることが多い。そんなエルフが人間と結婚すると、エルフは、数百年ともいわれる長い一生のほとんどを、配偶者なしですごすことになる。
そんなエルフは、結婚を急ぐ必要がない。むしろ、配偶者の選定は、人間以上にずっと慎重だ。そもそもエルフは、長いときをともに過ごせるエルフと結婚すべきだと、エルフの世界ではいわれている。
しかし、アムール王国におけるエルフの貴族は、ロレーヌ家しかない。アムール王国の法律では、貴族は貴族としか結婚できない。可能性としては、他国のエルフの貴族か。
◇
「はい、これが、今日までにリペア完了している分ね。紙袋に入れる?あと3つは・・・ごめん、他の仕事もあるから、終わるまでに2ヶ月くらい欲しいかな。新規のリペア依頼?閹剣様、もう常連さんだから、安くしとくね。儲けさせてもらってるから・・・」
「お願い、閹剣様はやめて」
「え?もしかして拷問姫様のほうがいいの?」
「それもやめて」
「それにしても、いくら返り血が嫌だからって、木刀にこだわるのもどうかと思うよ?殺したくないなら、急所を攻撃しないとか、閹剣様なら余裕でしょうに」
「閹剣様はやめてって・・・ねえ、ハルトさん。盗賊になる人たちって、どうして盗賊になるんだと思う?」
「仕事がないから、でしょうね」
「違うわ。盗賊になっちゃう人もね、盗賊になる前は、カタギの仕事をしていた人が多いの。でも、その仕事では、娼館に行くためのお金が十分に稼げない場合、どうする?」
「どうするって・・・変だよ、その考えかた。そもそも、娼館に行かない男性だって、たくさんいるでしょ」
「その通りよ。でもね、娼館がどうしても必要な男性もいるの。そして、そういう男性が十分に稼げないとき、盗賊になって、冒険者とか旅人とかを襲うの」
「・・・」
「私、そういう人たちの集団と、ソロで戦ってる。本当に怖いの。だから、手加減する余裕なんてない。やりすぎになっちゃうのは、心理的に、本当に余裕がないからなの」
「閹剣様・・・もう、盗賊団の討伐なんて、しなくていいから。リペア、本当に無料でやるから。だから、そんな辛いこと、しなくていい。盗賊団の討伐なんて、騎士団に任せておけばいい」
「閹剣様はやめて・・・これもね・・・騎士団の仕事で、一番人気がある仕事って、なんだかわかる?」
「・・・護衛?」
「女性の囚人を、移送する仕事。理由は・・・もう、わかるでしょ?そういう人たちだからこそ、8歳の女の子に「閹剣」なんて卑猥な二つ名をつけるの。誤解しないでね。もちろん、騎士団には、いい人だってたくさんいる」
「・・・」
「でもね、騎士団の人たちは、根本的にはね、盗賊団の人たちと似ていると思うの。暴力の才能があるから、その才能を発揮できる状況を求めているの。平和になると、活躍の場を失う人たち。暴力が好きな人たち。暴力に自信があって、暴力を自我のよりどころにしている人たち」
「・・・」
「実際、昔は騎士団にいたっていう盗賊は少なくないの。だからね、騎士団の人たちには、盗賊団を討伐する仕事は人気がないの。盗賊団には、彼らの昔の仲間がいたりするから」
「そう・・・なんだ・・・」
「だから私は、何度誘われても、騎士団長にはならなかった。それに、お母様の形見をリペアする費用を捻出するためにも、盗賊団の討伐は、しばらくはやめられない。そもそも勇者だし、勇者は盗賊団を討伐するものでしょ?知らないけど」
勇者とは、なにか。このときのロッセには、それが、よくわからなかった。
「・・・」
「あと、勇者は無料のほどこしは受けない。でも・・・・・・ハルトさんには、閹剣様と呼ばれたくない。拷問姫様もいや」
「ロレーヌ卿?」
左胸のレース装飾が、両手で激しくモミモミされている。
「ロッセでいい」
エピソードタイトルにもした「ロッセでいい」のセリフ、とても気に入っています。ロッセの表情が想像できるからです。それと、ロッセが桜工房にはじめて来てから4日後、金貨を支払に来たロッセの涙の意味が、これではっきりしました。ロッセは、お金を稼ぐために、怖くて、心理的な余裕がないような討伐を、ソロで、久しぶりにやりました。その恐怖を「ボコボコにする」みたいな軽い表現で片付けられてしまったので、悲しくなって、泣いてしまったのです。ロッセは、わんわん泣いているところをみられたくなかったので、さっと無言で店を後にしました。「さよなら」とか声を出すと、しっかり泣いているのがバレると思ったのでした。