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小さな光の玉

 閹剣様をみたいなら、朝の教会にいけばいい。ベルハイムの常識だ。


 ロッセの涙を見てから、一週間ほどたった。その日、ハルトは、朝の教会にいた。むこうに、聖水をもらいにきたロッセがいる。遠くからでも、ロッセのまわりにある清浄さが感じられる。


 聖水には、不浄なものを除去する魔法がかけられている。だから聖水は、返り血のついたレースを洗うには、最高の洗剤として機能する。


 教会で聖水をもらうには、銀貨8枚のお布施が必要になる。銀貨1枚あれば、少し贅沢なランチを食べられる。ちなみに金貨には、銀貨100枚の価値がある。


 とはいえ、こんなに、ほとんど毎日のように、聖水を必要とする人は、ロッセの他にいない。ロッセの、聖水を得るためのお布施が、孤児院の運営にとって、重要な資金源の一つになっていた。


 ロッセはいま、膨らんでいない皮袋から、あの小さくて可愛い手で、銀貨を取り出している。ハルトが、そんなロッセに、声をかけた。


「閹剣様、おはようございます。頼まれていたリペア、終わったので、持ってきました」


 急に声をかけられたので、ロッセは、身体をこわばらせ、固まった。そしてハルトの姿をみて、固まっていた表情が、やわらかくなる。この人は大丈夫な人。ニコリ。


 一週間前、ハルトは、ロッセを泣かせている。そしていま、このロッセの表情をみて、ハルトはゾワっとした。救われた気持ち?嬉しい気持ち?なんだろう、よくわからない。


(よかった!嫌われてない!)


 ロッセは、渡された紙袋から、リペアの終わったレースを出し・・・ている途中で、しゃがみこんでしまい、急に泣き出す。


「嬉しい。ありがとう。新品、みたい。うわ、新品み、たいだ。新、品とみわけ、つか、な・・・」(泣きながら喜んでいる)


 ハルトは、驚いた。自分に、ロッセのような高貴なお方を、こんなにも喜ばせることができたなんて。そして、これまでに感じたことのない感情が、胸に込み上げてくる。

 

 ただでさえ小さいロッセがしゃがむと、本当に小さく見える。ハルトには、このとき、ロッセが「小さな光の玉」みたいにみえた。尊いものであることは、間違いないと思った。

 

「あとこれ。サービスで、このハンカチ、差し上げます。予想より手間もかからなかったから、お釣りも一緒に・・・」


 お釣りは、金貨1枚。だから、実際には金貨2枚分の仕事だった。お釣りの金貨を、ハルトは、自分が編んだレースのハンカチに、包んで渡した。


 暴力が大嫌い。それは、ロッセのことを少し知れば、本当だとわかる。誠実で正直、他人を尊重し、気位が高く、倫理的、自分に厳しく、他人に優しい人だ。そんな人が、暴力を好むはずがない。


 せめて、泣きながら戦っている閹剣様に、ほんのわずかでも、嬉しい気持ちになってもらいたい。ただ、そう思った。そして、これからもずっとそう思うだろう。


「ありがとう。レースのハンカチは、もってないの。私がもっているレースは、全部、アーマーの装飾用だから。もう、さっそく汚しちゃうね。ごめんなさい」


 ロッセは、もらったばかりのハンカチで、涙を拭き始めた。ロッセは、そのハンカチに、お釣りの金貨が包まれていることに、気づいていなかった。金貨が転げ落ちる。


 ハルトにはその光景が、1つだった「小さな光の玉」が、2つに分裂したように見えた。それが3つに、4つにとどんどん増えていき、この世界の全てに広がったように感じられた。


 いとおしい。


 誰かのことをそう思うと、世界の全てが美しくみえると、聞いたことがある。


 ハルトは後に、小さな玉が多数連なるレース編みのデザインを考案している。そのデザインに、ハルトはロッセ・パターンという名前をつけた。


 ロッセ・パターンは、ハルトが考案し、好んで制作したデザインだ。後に「ベルハイムの花嫁は、必ずロッセ・パターンに身をつつむ」といわれるほど、王国中の人々から、広く愛された。


 さて。ハルトが直接編んだロッセ・パターンのレースは、今ではハルト・ビンテージとして認識されている。その多くがオークションにかけられ、高値で取引されているのはご存知の通りだ。


 しかし、ハルト・ビンテージには、実は、ウエディングドレスが存在していない。現存するロッセ・パターンのウエディングドレスは、全て、ハルト以外の職人の手によるものなのだ。


 ハルトは、ウエディングドレスを作っていないのか?それとも、それは失われてしまったのか?その本当のところを知るには、最後まで、この物語に付き合ってもらう必要がある。

「いとおしい」という言葉について、です。これを「愛おしい」と変換してしまうと、本来のもっと複雑な意味が失われてしまい、残念です。語源は「厭う(いとう)」で「辛い」というネガティブな意味です。それが自分ではなく他者に向けて使われるとき「かわいそうなので、守ってあげたい」となって行きます。それがさらに変化して、現代の「大事にして、可愛がりたい」みたいな感じになるのです。僕が、ここの表現を、ひらがなで「いとおしい」としたのは、このときのハルトは、ロッセを「愛している」というよりも、もっと、語源寄りの「守ってあげたい」に近い感情だと考えているからです。「愛」という漢字は、印象が強すぎるので、ここで使うのは違うと思いました。


ウエディングドレスの伏線は、最後まで読んでいただくための工夫です。なんとか、最後まで、お付き合いいただきたいです。ハッピーエンドです。よろしくお願いします。

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二人の間にはも何かが生まれているのが分かるんだけど、それぞれのタイミングがいつだったのかわからない。きっと本人たちも分かってないのだろうけど。 ビンテージのレース、オークション。二人がいなくなった後の…
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