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死ぬことになる街の人たち

「本当に強い剣士というのは、むしろ、臆病なの。死にたくないの。だから、厳しい訓練にも耐えられる。訓練は、欠かさないんじゃなくて、怖くて、とても欠かせないの。もっと強くならないと、死んでしまうから。私は、暴力が嫌い。大嫌い。だから、戦場が怖くて仕方がないの。本当に怖いから、いつも泣きながら戦ってる。でも、私は強いから、大規模なスタンピードがあっても、死なない。死ぬのはいつだって、武器を扱うことのできない、街の人たち」


 鼻にかかる、舌足らずな幼さと、淡々とした冷たさが同居する不思議な声色で、ロッセは答えた。


(はじめましての相手に、普通、そんな話をするか?)


 ハルトは、ちょっと不機嫌になった。ハルトはただ、来店してくれた有名人、勇者ロッセの武勇を、挨拶もかねて「最強の剣士様」と(たた)えただけだ。ハルトにとっては、自宅みたいな桜工房に、有名人が来てくれたことが、とても嬉しかったのに。


 さらに「死ぬことになる街の人たち」には、確実に、ハルトも含まれている。可哀想な人だと、初対面なのに、馬鹿にされた。ハルトは、そう受け取った。


 ハルトが、ロッセを初めてみたときに抱いた「圧倒的」な印象が、この会話で崩れ去った。閹剣様と揶揄されるには、それなりに、理由があるのだなと思った。


「あなた、これ、リペアできる?」


 続けて、ロッセはそういった。そうして、黄ばんだ、何度も洗ったため、糸レベルで摩耗(まもう)しているレースを出した。いかつい二つ名を持った貴族が、可愛らしいポシェットから、汚いレースを出した。


 いつもなら、客相手には、ハルトは、丁寧な敬語で接する。しかしハルトは、この質問にタメ口で答えた。上から目線の相手に対する、ささやかな反抗だった。


「できるよ。余裕をみて、納期2週間くらいもらえたら。でもお金、大丈夫かな?新品で買うよりも、ずっと高くなるよ。失礼だけど、君って強いけど、貧乏だって聞くから・・・」


「いくらするの?わたし、うん。あまり、お金ないの」


 ハルトは、ロッセみたいなタイプは、このやり取りで、ヒステリックに怒ると思っていた。むしろハルトは、それを狙っていた。だから、強いのに貧乏だって、失礼なことをいったのに。


 ハルトが、ロッセからの質問に答えないで、沈黙している間・・・ロッセはずっと、アーマーの左胸を飾るレースを、可愛らしい、小さな手でモミモミしている。


 これは、ドキドキしているときのロッセの癖だ。けれど、このときのハルトは、まだそれを知らない。


「このレース、暑い夏に収穫された、アリーシア産の綿を使ってるね。アリーシア産で、同じような夏の綿なら、ちょうど余ってるし・・・いいよ、教会へのご奉仕ついでに、無料でやるよ。前のスタンピード、閹剣様が活躍してくれたから、この街は残っているんだし」


「無料は、だめ」


「でも・・・正価でやるなら、最低でも、金貨2枚くらいはするよ?」


「き、金貨?」


「うん。このレース、かなり腕のいい職人が編んでる。でも、おかしなことに、汚れ防止のコーティングがされていない。コーティングなしの糸で、編まれているんだ。普通なら、このレベルのレースには、コーティングされている糸を使うものだよ。でも・・・この美しいレースは・・・あえて汚れを目立たせたい?そんな『願い』のある作品に思える。だから、これをリペアするには、かなり深くまで浸透してしまっている汚れを、その深いところから削らなくちゃいけない。場合によっては、オリジナルの繊維を残せないかもしれない。それくらい、難しいリペアになる。だからさ、似たようなレースの新品を買うといいよ。それなら、高くても銀貨5枚くらいだよ。ええと・・・」


「そ、そうなの?コーティングとか、これまで一度も、聞いたことなかった」


 ハルトは、店内をうろうろと、ロッセの持ち込んだレースと似た商品を探し始めた。これかな?ちょっと違うな。これかな?うーん、高いかな。ええと、ええと。ハルトは、ちょうどいいレースを探しながら、話し続ける。


「うん。これはね、このレースを編んだ人にとって、デザインよりもずっと大事なことなんだ。僕たちレース職人は、こういうの『願い』ってよんでる」


「願い?そういうの、レースにあるの?」


「・・・レース編みの作品を一つ仕上げるのにさ、このサイズだと、まあ5時間はかかる」


「うん」


「その5時間は、ただ無為な作業時間として経過するんじゃない。レース職人が、いつか、このレースを所有する人の『本当の幸せ』を『願う』時間なんだよ」


「本当の幸せを・・・願う」


「君は、自分以外の誰かの幸せを、連続して、5時間も願ったこと、ある?」


「・・・ない」


「あくまでも仮説だけど、このレースには、なにか特別な『願い』がある。で、それはきっと、コーティングをしない理由と関係がある。まあでも、そのために金貨まで支払う必要はないと思うよ・・・」


 ロッセは、また、左胸を飾るレースを、モミモミし始めた。


「わかった。金貨3枚、そろえるから、やって」


「え、本当に?無理してない?や、新品にしなよ。ちゃんとコーティングされた糸を使ってるから。汚れても、すぐに洗えば、ずっと真っ白のままだよ?」


「ううん、いいの。私、これが大事なの。その代わり、金貨3枚、後払いでいい?前金にできるようなお金、ぜんぜんないから。あと、私のレースは、絶対に、コーティングしないで。絶対」


 この日から2日後のこと。ハルトは、ベルハイム周辺を寝ぐらにしていた盗賊団が、木刀を持った閹剣様に討伐されたと聞いた。この討伐報酬が、ちょうど金貨3枚とのことだった。


 木刀による討伐だから、人道的という話ではない。笑い話でもない。


 捕えられた盗賊たちは、命こそ助かっていた。しかし全員が、拷問を受けたようなアザを全身につけられ、酷く骨折していたらしい。


 ベルハイムの街の人々の間では、強いものが弱いものを、あえて殺さず、散々に痛めつけた話になっている。閹剣様は、酷いことをする。閹剣様は、恐ろしい。


 でも、ハルトは、ロッセに対して、街の人々とは異なる印象を持っていた。


 まず、お金がないのに、無償の提案を断った。しっかりと、自分で稼いだお金で支払う選択をしたことに好感を持った。成人としての責任感がある。


 ハルトは、値引き、安売り、お買い得といった提案を断る人なんていないと思っていた。でもロッセは違った。最低でも金貨2枚という話に対して、金貨3枚を準備するという。気位が高い。


 ロッセは、リペアには、必要な材料を揃える費用と、膨大な作業時間に対して機会費用が発生することを理解している。商売のことがわかる貴族なんて、いるのか。教養がある。


 次にロッセは、新品ではなく、何度も洗ってあんな状態になっているレースを、大切にしている。古くなって汚れたら、捨てるような人ではない。リペアして、使い続けるべきだと考えている。倫理的。


 経済合理性だけで考えず、馴染みのあるものに対する愛着を大切にできる。これは、きっと人付き合いにも通じることだ。義理堅い人なのだろう。


 そしてロッセは、汚れから糸を守るコーティングを慎重に拒否した。レース職人の「願い」を、大切にしようとしている。そもそも、汚れやすいままにしておくなんて、普通は選択できない。他者の価値観も大事にする。


 ハルトは職人として、ロッセのような人に、自分の編んだレースを使ってもらいたいなと感じた。ロッセは、きっと、あらゆる職業に敬意を表し、価値観の異なる人々の意見を、きちんと聞ける人だ。


 ロッセは、尊敬できる素晴らしい人だ。それが、ハルトの出した結論である。

街の人にとって、盗賊団が討伐されるのは、良いことです。ですが、本来であれば、お礼を言われる立場にある勇者が非難されるとか。まあ、よくあるタイプの、勇者の苦悩です。この苦悩をテーマの中心にした作品も、結構ありますよね。ここで自分なりに工夫をしたのは、木刀を使って、命までは奪っていないからといって、それが人道的とは限らないと考えたところです。後に、ロッセがなぜ、木刀でここまで盗賊を痛めつけてしまうのかについて、ちゃんと伏線を回収します。

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ロッセはどうしていきなり戦っているときの心情と、街の人が死ぬことを話したのか。 どうにも不自然で異様だ。ハルトにしてみれば攻撃的に感じてしまうだろうに。 きっと、何度も聞かれて嫌で、話題を切りたいため…
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