心の旅路と復縁
「北海道まで行くの?」
友人の言葉に、私は小さく頷いた。
「うん。このままじゃ、前に進めない気がして」
東京での生活を一度リセットするように、私は休職を決めた。心を整理するための旅。でも本当は、4年前に別れた彼の地元に向かおうとしていることを、友人には言えなかった。
松本航介。大学時代から付き合っていた彼は、卒業後、故郷の北海道に戻った。一緒に行こうと誘われたけれど、私は東京での仕事を選んだ。
「お互い、夢を追おう」
そう言って別れたはずなのに、私の中で彼の存在は消えることはなかった。
列車は雪景色の中を進んでいく。車窓に映る自分の表情が、少しずつ柔らかくなっていくのを感じた。
札幌に着いて、まずは支笏湖に向かった。航介が「故郷で一番好きな場所」と教えてくれた湖。凍てつく寒さの中、湖面は静かに光を湛えていた。
「やっぱり来ちゃいましたね」
背後から聞こえた声に、心臓が止まりそうになる。
振り向くと、そこには航介が立っていた。少し髪が短くなって、肩幅が広くなった気がする。でも、優しい眼差しは変わらない。
「友達から連絡があって」
私の友人が、彼に知らせていたらしい。
「航介くん、私...」
言葉が詰まる。でも、彼は待っていてくれた。
「4年前、私は夢を追うって言って。でも、本当は逃げてたのかもしれない。誰かを支えることも、誰かに支えられることも、怖くて」
凍える風の中、言葉が溢れ出す。
「航介くんは、どう?後悔、してない?」
「最初の一年は辛かった」彼は湖面を見つめながら答えた。「でも、この場所で過ごす中で、自分の気持ちに正直になれた。由紀が恋しいって。でも、由紀の選択も尊重したいって」
私の頬を涙が伝う。それは寒さのせいだけじゃない。
「由紀は、どうだった?」
「毎日必死で働いて、でも、何かが足りなくて。この旅で気づいたの。私に足りなかったのは、自分の心と向き合う勇気だって」
航介が一歩近づいてきた。
「今なら、由紀の気持ちも分かる気がする。一緒に北海道に来るって決断が、どれだけ勇気のいることだったか」
「今の私なら、その勇気を持てる気がする」
二人の吐く息が白く混ざり合う。
「由紀、札幌で仕事探してみない?」
「えっ?」
「俺も、由紀と一緒に勇気を出してみたいんだ」
支笏湖の氷が春を待つように、凍っていた時間が動き出す。
「考えさせて」
「うん、待ってる」
帰りの列車で、私は窓に映る自分の顔を見た。来た時より、確かな光を湛えている気がした。
心の旅は、まだ終わらない。でも今度は、二人で歩んでいける。そう信じられる強さが、この旅で見つかった。
私は新しい履歴書を書き始めた。宛先は、札幌の会社。