#7 「配信」
【待機中】
【あと10秒】
【テスト】
【てすと】
【始まるぞ】
ライブ配信のベータ版が追加された翌日。
在処は前々から用意していた配信画面素材の再加工を迅速に行い、しっかりと公式のマニュアルを読み込んでから臨んでいた。
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――――配信開始
「――――」
言葉を発する代わりに弦を弾いた。
視聴者の画面には"【初配信】鈴鐘のギター演奏"とやや控えめなタイトルと綺麗に作られた配信画面が映っている。
画面内の小さな手が器用に動き、連動するように音が画面の向こう側へ伝わっていく。
【すげえ】
【うおっ】
【これ今弾いてるの?】
【録画じゃなくてリアルタイムなのか】
【急に演奏はじまた】
【ギターがデカく見える】
【手ちっちゃ】
【うめえ】
【開幕からテンポ早い曲でノれる】
視線を手元からコメント欄へ移し、反応を見る。
(まだまだライブ配信の新鮮さと戸惑いが多いな。
俺もあの頃はこんな感じだったなあ。懐かしい)
思わず口角が上がり、同時に演奏もピークを迎える。
【はっや】
【体が勝手に揺れる】
【なんなら開幕から揺れてる】
【指の動きすご】
【これが小学生の吸収速度か】
【とんでもねえ】
【ライブ最高!】
【今弾いてるってことは一発撮り!?】
【撮りというかリアルタイムというか】
【新時代を感じる】
コメント欄の盛り上がりを確認しながらゆっくりと演奏を終え、「よいしょ」とギターを用意していた台の上に置く。
軽く発声をし、マイクをオフからオンに切り替えた。
「こんにちは、鈴鐘ギターチャンネルで練習動画とか投稿してます。ちなみに配信者名は特にありません」
【こんにちは】
【こん】
【あ、これ今喋ってるのか】
【ライブ配信とか初めて】
「遅延はありますけどリアルタイムですよ。
昨日追加されたベータ版ってことなのでまだまだ不具合も多いようですが」
【ほえー】
【すげえ時代になったもんだ】
【開幕演奏最高です!】
【俺も打っとこ、ギター上手すぎ!】
【んじゃ俺も】
【ワイも】
【私も】
【おいどんも】
「……急に謎の一体感出してきましたね」
どこでもこういうところは変わらないのだと微笑んだ。
「さて、ライブ配信が始まりましたね。そうなると不便なことがあります。それは何でしょうか」
【不便?】
【遅延?】
【不便を感じるほど使ってないのだ】
【タイピング速度の遅さだな!】
【それは君の問題ですなあ】
【すまん笑う】
【俺もタイピングが……】
「遅延、タイピング速度……もありますが、やはり私のことをコメントで打つときに気づきませんか?」
【あ】
【ああ~】
【呼び方?】
【なんて呼べば……?】
【リンカネでいいのでは?】
【そのまんまじゃねえか!】
【なんか下手な名前付けるよりそっちのがマシな気がする】
【たしかに】
【まあ分かりやすいか】
「いいですね。ではリンカネとお呼びください」
個人名で活動できるのは相応の個性を持ち、発信力が非常に強い個人でなければ過疎化していく。
これからの活動次第でリンカネの知名度が大きく変わっていくだろう。
【そのままか】
【思ったよりすんなり決まってよかったな】
【リンカネ?】
【リンちゃん】
【リンカネちゃんだろ!?】
【更に略すな】
【ちょっと語気荒いぞ】
【他に名前被ってる人いない……よしっ!】
「では呼び名も決まったところで何曲か弾いていきましょうか」
ギターを重そうにか「よっこいせ」と持ち、コメント欄に流れる困惑の文字を流し見する。
【本編始まったか】
【本編キター!】
【ギターでかくね?】
【ギターで身体隠れて浮いてるように見える】
小柄な体躯に義母から譲り受けたギター。
正面から見ると首から下しか映っていないのとカメラの近さもあり、遠くから見るとギターが浮いているような錯覚に陥るだろう。
【ギターが本体だったか】
【ギターちゃ……リンカネちゃん気付いてない?】
【これが遠近感ってやつなんだね】
【うむ】
【ギターと化した演奏者】
【うし、つまみ持ってくる】
【ビールビールっと】
【日本酒と酒盗で】
コメント欄は徐々に落ち着きを取り戻し、各々のスタイルで演奏を聴き始める。
数曲連続で弾いたところで一息つき、コメント欄の様子を見ると【〜〜♪】【いやあよかった】【ビールうめ】といった具合に好評であった。
【ギターちゃ……リンカネちゃん!】
【どうしたギターちゃん】
【おつかれギターちゃん】
【ギターちゃん良かったよ!】
「ギターちゃんとは……?」
やや硬めのマウスホイールをごりごりと回してコメント欄流し見する。
やたらとギターちゃんなる文字が飛び交っていることに眉をひそめ、「んんー?」と唸る。
「あー、そゆことですか」
どうやら画面内の大半を埋め尽くしていたギターが原因であったようだ。
カメラの画角が狭いことも相まってギターから腕が生えているように見えなくもない。無理はあるが。
「まあお好きな方でお呼びくださいな。私は構いません」
こういうものは時が経てば落ち着き、そしていつか掘り返されて再燃してくれる良い火種だ。放置が無難である。
配信自体、何がきっかけで人気が出るか分からないもの。不利にならない程度の種蒔きはしておいて損はない。ただし、無意識で無駄な種蒔きをしないように普段の言動には気をつけなければならない。
「呼び方はこれくらいにして、今後の活動内容を簡単に」
本題へ入る前に口頭ですよ、と付け加える。
定期的な演奏配信、不定期での新曲投稿。更に趣味の側面は強いが簡単な料理動画の投稿。
これらについて視聴者に伝える。
「大きく2種類のカテゴリの動画投稿ですが、投稿通知設定からカテゴリ選択をする事で興味のある動画だけ通知されるので忘れずに」
興味の無い動画投稿通知は邪魔になるので、投稿者単位で設定できるカテゴリ別通知はありがたい機能だ。
【演奏と料理!?】
【演奏配信定期はいいなあ】
【作曲できるのか……】
【通知設定分けられるのか、知らなかった】
【ちゃんとサイトの仕様理解しててえらい】
【取説読まない視聴者にも優しい配信者】
【初配信の初々しさを忘れてない?】
【料理ちょっと楽しみ】
【初々しさ……? しらんなあ】
しまった。
初配信の醍醐味と言えば慣れない配信でてんやわんやするところである。
そういった初々しさに惹かれる視聴者は多く、数年後にあの頃はと弄りがいのあるネタとして機能する。
「初々しさ、出します」
【ブフォッ!】
【たぶんそういうもんじゃないと思います】
【言ったら駄目なやつ】
【違うんだ、そうじゃないんだ】
【抑揚の無い言い方でちょっと笑う】
一応、笑いは誘えたらしい。
配信の最後まで初々しさについて議論するという異色の初配信であった。
……結構登録者が増えたので良しとする。