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#21 「コラボ配信」



 ――――配信開始



「ども、リンカネです」


『見習い研究員諸君ッ! 本日はアモウ研究所とリンカネしゃんの共同実験を開始するッ!』


【かんだ】

【噛んだな】

【おおおお】

【研究員集合!】

【共同実験だと?】

【ギターちゃんの隣に2Dの博士が!?】

【こりゃまた突飛な組み合わせだ】


 画面左側には普段通りのギターを抱えた俺。右側には白衣を着た2Dの少女、天羽ハナコが研究者然とした態度で佇んでいる。


「アモウ研究所の天羽さんをお迎えしてのコラボ配信となります。ちなみに私は本日限り臨時研究員のリンカネです」


『ふむふむ。これはつまり、私が憧れていたリンカネさんと一緒に配信ができるということだな……グフフッ』


 さっきまでの緊張は何処へやら。むしろハイテンションな研究者モードになってしまっている。


【口角上がってるぞw】

【また暴走してきたな】

【天才研究者の本性が】

【正体あらわしたね……】


 配信画面の向こう側で天羽さんの口角が徐々に上がっていく。

 天羽さんならではの演出に笑いを堪えながら「実験内容の説明をお願いしてもよろしいでしょうか」と軌道修正をかける。


『おっと失礼! 本日の実験内容を説明するぞ。えーと資料は……あれ?』


「天羽さん?」


『し、失礼! 実験データがどこかへ……あ、画面の向こう側に落としてしまったようだ。まさにこれぞ量子力学における不確定性原理というべき事態だな!』


 必死に取り繕おうとする天羽さんの姿に視聴者からは温かいコメントが流れる。


【また始まったw】

【天才ドジっ子】

【量子力学持ち出すな】

【カンペはどうした】

【予測していた事態】


『ふむ。では資料は後ほど見つかるはずだ。本題に入ろう!』


 天羽さんが画面の中で両手を広げるような仕草をすると、突然背景が変化する。

 真っ白な壁だった部分が次々と星空へと変わっていく。


【おおおお】

【なんだこれは】

【背景が!】

【シーン切替か】


『諸君、これが我がアモウ研究所が開発した最新鋭の「バーチャル背景生成装置」だッ!

 更に! こんな感じで楽器の音をマイクに拾わせると』


 ピアノの音と同時に星空の中から音符が浮かび上がる。


「素晴らしい研究成果ですね。他にもできることがあると聞いていますが」


『そう! これはまだ序章に過ぎないッ! 本題はここからだッ!』


 天羽さんのアバターの目の中にシイタケ柄のマークが浮かび上がり、輝いている。

 普段の倍以上の研究員(視聴者)が画面の向こう側で見守っている。


【お目々シイタケ】

【かわいい】

【天才研究者かわいいな】

【アバターあると雰囲気がゆるっとなるな】


『というわけでリンカネ研究員! 音と映像の共鳴実験、準備はよろしいかッ!?』


 なるほど。ギターの音色に合わせて背景を作り出していく実験か。

 これは音楽と映像の新しい可能性を感じさせる提案だった。


「準備、オッケーです」


 ギターのストラップを少し掛け直し、姿勢を正す。

 まずは優しい音色から始めよう。星空に映える曲を――――


 『ヨシッ! 始めてくれ!』


 弦を優しく弾く。

 透明感のある音色が画面の向こう側へと届いていく。


 天羽さんの制御する背景が、音に合わせてゆっくりと変化していく。

 星がキラキラと瞬き、時には流れ星が画面を横切る。


【完全に同期してる】

【これはノーベル賞案件】

【天才二人の実験最高】

【感動的】


 演奏に没頭しながらも、画面の向こう側で起きている現象を把握する。

 天羽さんの作り出す映像は、音の強弱や抑揚に合わせて見事に変化していく。


『これこそ我がアモウ研究所が追い求めていた「音と光の共鳴理論」……って、あれ? 画面が揺れてる?』


「ん?」


『きゃっ! ちょ、ちょっと制御室で問題が――待って、今直します!』


 突如、背景が激しく揺れ始める。

 天羽さんが必死にキーボードを叩く音が聞こえてくる。

 だが、その慌てた様子がまた愛らしく、視聴者からは温かいコメントが流れる。


【大丈夫か】

【ドジっ子博士可愛い】

【実験なんだから多少はね?】

【素に戻っちゃってるが】


 少し落ち着いた様子で天羽さんが戻ってくる。


『申し訳ない。些細なバグが発生していたようだ。だがこれこそ研究の醍醐味! 失敗から学びを得るのだッ!』


(視線が泳いでる)


 弦を弾く手を止めることなく、俺は微笑む。

 予想外の出来事も含めて、これが天羽ハナコというキャラクターの面白いところなのだ。


『さて、引き続き実験を再開するぞ。今度は私の新理論である「感情共鳴システム」を起動してみようッ!』


 天羽さんが大げさなモーションでレバーを引くような仕草をする。

 すると星空の背景がゆっくりとオーロラのような光の帯を描き始めた。


【おおおお】

【これはすげえ】

【はえー】

【新システム!?】


 俺は音を止めることなく、むしろその光の動きに合わせるように旋律を変化させていく。

 それに呼応するように、背景の光が不思議な模様を描いていく。


『これは研究員のコメントを読み込んで背景を出力している。

 多少妙なコメントがあっても色やマークで表現するため問題はない、のだ』


 天羽さんが興奮気味にカンペを読み上げる。

 俺にも分かる。これは本物の反応なのだと。


(音が映像を呼び、映像が音を誘う。まるで共鳴しているような――)


 ギターの音色に導かれるように、画面上の光の帯が踊る。

 その様は生き物のようでもあり、意思を持っているようでもある。


『これは! これこそ我々が追い求めていた理想の反応ではないかッ!

 リンカネ研究員、あなたの演奏が実験を成功に導いているぞッ!』


 天羽さんの興奮は本物だ。

 しかし、それは俺も同じだった。


「天羽さん、次はテンポを上げてみましょうか」


『おお! 良い提案だ。私も映像の同期レートを上げてみよう』


 ゆっくりとテンポを上げていく。

 弦を強く弾くたびに、背景の星々が光を放ち、オーロラがうねりを見せる。


【音が見える】

【これが未来か】

【スーッと画面下になんかでてきたけど】

【オープンソース?】

【ヌルっとURL出てきたな】


 コメント欄も実験の成功を喜ぶ声で溢れかえっている。


 天羽さんの背景操作がより大胆になっていく。

 負けじと演奏に力を込める。

 二人の息が完全に合ってきた瞬間――――


『って、あれ? ちょっと待って。あ! 機材の電源が!』


「大丈夫ですか?」


『だ、大丈夫! 研究には多少のトラブルは付き物だッ!』


 突如、天羽さんの姿が画面から消える。

 直後、慌ただしい足音と共に『ごめんなさいッ! 機材確認してきますッ!』という声が遠ざかっていった。


【あっ】

【消えた】

【実験中止!?】

【制御室大丈夫か】

【素に戻ると急に声可愛くなるな】


 少し考えてから、ゆっくりと演奏を収束させる。

 まだ背景は星空のままだ。天羽さんのシステムは作動し続けている。


「少々お待ちください。天羽さんが戻ってくるまで、このまま演奏を続けさせていただきます」


 優しい音色を紡ぎながら考える。

 今日の配信で起きたことは、間違いなく歴史的な一歩になるだろう。

 そして、それは天羽さんという稀有な才能があってこそ実現したものだ。

 数分後、何事もなかったかのように天羽さんが戻ってきた。


『お待たせしたッ! 制御室の状況は完全に収束、実験再開の準備が整ったぞッ!』


「無事で何よりです」


『こんなことで挫けていては一流の研究者は務まらないッ!

 さあ、新たな実験データを取得するとしようッ!』


 相変わらずの研究者口調。でもその声には確かな自信が満ちている。


(この人可愛いな。あと面白い)


 心の中でくすり笑う。


「では、新たな実験を始めましょうか」


 指が再び弦を優しく撫でる。

 画面の向こうで、無数の星が瞬きはじめた。




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