#20 「リラックス」
「そうそう。シーン切替のコツは……」
「うん、うん。こんな時短が……」
今、俺は秋乃さんに動画編集を含めた各種ツールの操作方法やちょっとした小技を教えていた。
基本的にはすでに投稿している動画を参考に進めているが、細かい部分はやはり直に教えるほうがやりやすい。
「ここはこんな感じでカーソル移動させて、ショートカットキーを……」
「あ」
ん? 秋乃さんがなにやら固まっている。
「どうしました?」
「あ、いや、そのぉ」
秋乃さんの視線がマウスと俺の顔に――
「?」
「無自覚!?」
いったいどうしたというのだろうか。
「在処ぁ? その距離感はちょーっと近すぎない?」
後ろからいたずらっぽい口調の義母がにんまり笑顔で仁王立ちしている。
そう言われ、改めて秋乃さんを見ると耳が赤くなっていた。いやいや、こんなちんちくりんの小学生相手に恥ずかしがる理由がわからないぞ。
「在処はもう少し自分の顔が整ってることを自覚したほうがいいと思うよぉ?」
「先生の横顔はカッコいい系だから」
いつも可愛い可愛いと言われるが今度はカッコいいか。客観的に自分の横顔を見ることはまず無いから気づかない。実母とその妹の義母の容姿は可愛いというよりカッコいい系だから遺伝的にそうなのかもしれないが。
「まだ子どもだよ?」
「「子どもではない」」
二人同時に首を横に振る。
「まだ小学生なんだけど」
このままでは埒が明かない。「それより」と指導を再開する。
「中断しちゃったけど続きから……」
動画編集は一日にしてならず。
昨今、動画投稿者が急激に増えているせいで簡単と思われがちだが、それは大きな間違いである。
基礎的な部分を覚えるだけでも相応の時間がかかる上、テンポよく見やすいものを作ろうとすれば視聴者側の厳しい視点で見直す必要がある。人間の感覚は大雑把なようで精確な部分もあるのだ。特に会話やシーン切替のリズムに関しては恐ろしく敏感だ。
だからといってリズムだけ良くてもいけない。
人間は贅沢な生き物なもので、一度覚えた気持ちの良い動画の快適さを忘れない。次も同等以上のものを無意識に求めてしまう。
要するに手抜きはすぐにバレるということだ。
そうならないようにメリハリを付けて教えなければならない。なぜならば秋乃さんが学んでいるこれは義母のライブハウス経営にとって非常に重要な立ち位置となる。決して手は抜けない。
それから1時間が経過し、取り込む知識量が多いせいか秋乃さんの顔に疲れが見えてきた。
「少し休憩しましょうか秋乃さん」
「いえ、まだ大丈夫」
「ダメです。人間が集中できる時間はそう長くないので、逆に非効率です」
「……分かった」
ぴしゃりと無理に続けようとする秋乃さんを止める。
やる気に満ちあふれているのはいい。けれど無理はいけない。秋乃さんは想像以上に真面目な人だけど少し危うい感じもする。義母のように気を抜く時はちゃんと抜く……いや、あれはちょっと抜きすぎているかもしれない。
ま、まあ何はともあれほどほどにすることをこの際だから覚えてもらおう。
「休憩がてら、肩揉みましょうか? これでも家では好評なんですよ」
「そんな教えてもらってるのにそこまで」
「いいからいいから、ちょっとだけですから」
秋乃さんの肩に手をあてると直感的に「かなり凝っている……!」と分かった。思わず口に出してしまったが。
これはいけないと重い、身体がガッチガチだった義母同様、それなりの力を入れる。
「これは……いけない……癖になる……」
「ちょっと痛いかもですけど後で楽になりますからね~」
「ぬぐっ……お、おお~」
普段よりも更に低い声で呻く秋乃さん。これはかなり効いているようだ。
肩や二の腕を揉みほぐし、凝りもある程度解消できたところでハッと気づく。
「すぅ~……」
「やっべ寝ちゃった」
あまりの気持ちよさに秋乃さんが寝てしまった。
起こそうにも起こしにくい。こんな子どものような天使の寝顔をされてしまうと無いはずの母性のようなものが。
「仕方ない。もう少しだけ」
俺は義母が様子を見に来るまで次のレッスン内容を考えることにした。
*****……
ついにやってきたコラボ当日。
そわそわするかと思っていたが、意外と落ち着いている自分に驚いている。前世で培った度胸がここに来て役に立っているようだ。
「天羽さん。こっちは準備できましたよ」
『はいぃ! 恐縮です!』
「いえこちらこそ、ってめっちゃ緊張してません?」
『あ、あの、憧れの人と一緒に配信できると改めて実感してまして! すごく、緊張、してますっ!』
「一旦リラックスしましょう。そのままだとキャラ崩壊までマッハです」
『大丈夫です! はいぃ!』
全然大丈夫じゃなさそう。
どうしたら緊張をほぐせるだろうか。俺自身こういった場合の対処法は知らない。というのも個々人によってリラックスできる方法が異なるからだ。
少し考えた結果、オリジナル曲のロック寄りのものを演奏プラス歌うことにした。この際、気分を高めて脳をバグらせてしまうほうがいい。
落ち着いた曲はかえって冷静になり過ぎて緊張がカムバックしてしまいかねない。
「~♪ ~ッ!」
普段より少し低めの声で歌いだす。
元々自然に出せる音域が広いおかげで喉の負担も少なく歌えるのはこの身体が持つ天性の才能と言える。
サビに入り曲が加速していく。原曲はここから終わりにかけて減速していくが、今回はそのまま駆け抜ける。
「――ふう」
歌い終わり、額の汗を拭う。するとパチパチとイヤホン越しに拍手が聞こえる。
『急に何事かと思いましたけどめっっっちゃ良い曲でした! 投稿している曲だとゆっくり終わるのに対して今のは真っ直ぐ駆け抜けて、とにかく最高です!』
「緊張、取れたみたいですね」
『へ? あ、ホントだ。なんかアドレナリンどばどばって感じで、緊張抜けちゃいましたねっ!』
緊張が抜けたようでよかった。これでようやく準備完了だ。
3
2
1
――配信開始




