#13 「切り抜き」
春がやってきた。
学年がひとつ繰り上がり、クラス編成も変わる。
「ありかちゃぁぁぁん!」
「っとと」
「また同じクラスだね! あ、いい匂い」
背後から抱きつき俺のうなじあたりをクンクンと嗅ぐ少女。
さらさらの黒髪ロングに日本人形のような白い肌と端正な顔立ち。
間違いない。
「真琴、抱きつくのも匂いを嗅ぐのもいいけど勢いを付けるのはやめなさい」
「抱きつくのはいいんだ」
「言っても聞かないでしょ」
ふいっと顔を背け、再びこっちを向いてバチッとウィンク。
へ……あざとい。可愛いからちょっと許す雰囲気に持っていかれるのは少しずるいと思うんだ。
「ま、同じクラスってことで一年間よろしく」
「うん!」
真琴は軽やかな足取りで隣に並んでニコニコと表情を緩ませている。
そしてそんな彼女を惚けた顔で見る男子。
(わかるよ。俺も男だったら似たような顔で真琴に見惚れてしまう)
いや、小学校1年からほぼ毎日スキンシップされていなければこの身体でも耐性はなかったかもしれない。
恐ろしい。この娘は魔性の女なのでは。
バチコ~ン。
やっぱりウィンクは下手だな。微笑ましい。
こうしてまた一年、学校生活が始まる。
*****……
今年度の初登校日は午前で終わり、早々に下校した。
校内で交友のある子たちも午後から家庭の用事があるとかで足早に下校して行った。
つまり午後はフリー。せっかく空いた時間だ。有効活用しよう。
帰宅したらまずは家の中をぐるりとチェック。違和感なし。
空き巣等の被害がないことを確認してから自室へ。
「新曲の動画編集は早く終わらせないと」
動画編集はもはや日課になっている。
最近はライブ配信のアーカイブを自分で切り抜いて投稿している。切り抜きと聞くと簡単なように聞こえるかもしれないが、これが意外と難しい。要点を抑え、テンポよく編集するのはそれなりに経験を積まないとなかなかできることではない。
前世の世界ならまだ切り抜き動画作りを急ぐ必要はない。しかし、転生後の世界は何故か動画投稿サイトができてから発展速度が異常に早い。歴史にも微妙な差異はあれど大差なかったはずなのに。
特にVtuberの流行が顕著だ。
あれはサイトが出来上がってから10年ほど経過してから流行の兆しをみせた。それがこの世界では1年足らず。
俺の当面の目標は老後も生きていける資金。
叔母のライブハウス経営は今安定しているとはいえ将来もそうとは限らない。
俺の身体に宿った才能と前世の経験を活用して備える。そのための動画編集。
それに金は何をやるにしてもモチベーションにしやすい。前世でも金を稼ぐために様々なスキルを磨いて売り込んでいった。結果的に若くして命を落としてしまったが。
「あ、昨日投稿した切り抜きの再生数見てなかったな」
キリのいいところまで動画編集し保存する。
「1万超えてるとありがたいんだけど」
切り抜き動画はまだ流行の兆しすら見せていない。
今まで投稿した切り抜きもトータル再生数は5万程度。
悪い数字ではないが良くもない。何かしら起爆剤となるものがあれば跳ねるポテンシャルはあるのだが。
◯動画タイトル
【恐怖】ライブ配信中ギターに身体を乗っ取られるリンカネ【切り抜き動画】
10万回視聴・1日前
10万回……じゅうまんかい。ん? んんん~!?
「ゑ? 何で、どこで、何故跳ねた?」
ずらりと並んだ動画下のコメントを閲覧していく。
マウスホイールをぐるる、ぐるんと回して流し読み。
・元から乗っ取られているのでは
・草
・これはギターに魂とられてますわ
・なにこれ、アーカイブ編集したやつ投稿してるの?
→返信:うん、最近リンカネちゃんが始めた
・ほ~、こんな投稿スタイルあるんだ
・真似していいすか!?
→返信:いいよ
→コメ主:いや君だれ
・レギちゃんのチャンネルから来ました! めっちゃおもしろいです!
・レギさんから
「レギちゃん……?」
どうやら他のチャンネルで俺の動画がおすすめされているらしい。
許可なく他のチャンネル名を出すのはマナー的にグレー。まだこの界隈も成熟していないのでそれを責める人はほとんどいないが。
「これか……ほー、ふーん? ……あ、こういう流れね」
というかレギちゃん改めレギンスラスターさん。この人有名なプロ歌手だよ。この間テレビで見たよ。
そりゃこの人に紹介されたら跳ねますわ。納得納得。
切り抜き動画以外にも投稿している曲とか料理動画についてもプラスの感想をもらって自己肯定感ぐんぐんだ。
よく考えたら全部見てるのだろうか。あれだけの動画の数々を。
「よしっ! 飯作るか」
あと1~2時間ほどで帰って来るであろう腹ペコさんのためにいつもより軽やかな足取りで料理の支度を始める。
早速冷蔵庫から野菜を取り出したところで家の電話が鳴る。
「はいもしもし」
「あ! もしも~し! 在処?」
「どうしたの義母さん。外食?」
「ん~や違う違う。今日の夕飯なんだけど、1人増えても大丈夫かな」
1人? 佳代さんかな。
「ふーむ……オッケ、材料は足りてるし問題ないよ」
「ありがと在処ぁ~! 愛してるぅ!」
「はいはい。じゃあ準備するから切るね」
「は~い!」
いつも通り騒がしかったな。元気で大変よろしい。
そういえば誰が来るのか聞いてなかった。まあ佳代さんだろうからアレルギー関係は気にしなくてもいいか。
俺はキャベツを手に包丁の切っ先を光らせた。




