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#10 「機材」

「よいしょ、っと」


 少女は持ち上げていたパソコン用のモニターをデスク上に置き、一息つく。

 額に滲んだものを首にかけているタオルで拭い、次の機材をダンボールから取り出す。


「ひぃ〜、むわっとするなあ。リモコンリモコン……除湿モードの方が良さそうかな」


 軽快な電子音が鳴った後、静かに湿気の少ない風が吹き始める。

 少女は気持ちよさそうに目を細めるも、汗が冷えていくのを感じ、慌てて拭う。


「お腹冷やしたら大惨事……」


 過去の経験則からお腹を冷やすとどんな目に合うか身をもって知っていた。あの感覚はなんとも言い知れぬ不快感を催すのだ。

 


 機材を事前に予定していた位置に置いた後、取り扱い説明書を読みながらケーブル類の指差し確認をする。

 絡まないように纏められるものは結束バンドを駆使し、速やかに整理していく。


「ダンボールの中身はもう無いかな? ……ん?」


 ダンボールの底に紙が一枚。

 手に取って見ると、思わず「わぁお」と声が出る。

 紙に並ぶ商品名と数字の羅列。端的に言えば領収書である。


「なかなか良い値段してるよねえ」


 元より保護者である義母と相談しながら購入した機材なので、予め分かっていたことだ。

 しかしながら、改めて見ると小学生が使う物としてはかなり値段の張るものであることに違いはない。


 少女――――天音 在処はそっと引き出しに仕舞った。


 気を取り直して部屋を見渡す。

 白、黒、灰色の無骨な配色となってしまったが、配置された機材の渋いデザインが良い味を出している。

 とはいえ、まさか部屋の主がこんなちんちくりんの小学生だとは普通は思わないだろうと在処は軽く苦笑した。


 お腹からくぐもったような音が鳴る。

 時計を見るとちょうど正午に差しかかっていた。


「昼は余り物がここに……」


 本日、義母は珍しく朝から仕事があるとのことで夕食の時間まで在処だけだ。

 家に一人の時は気が抜けやすい、在処も例に漏れず、ズボラな部分が顔を覗かせていた。


「〜♪」


 鼻歌を歌いながら冷蔵庫から手慣れた様子で食材を取り出す。

 調理器具の場所は全て在処の使いやすい位置に収納しているため、ルーティーンの如く反復的に動作を覚えた身体が自然と動く。



 昨晩作って余った麻婆豆腐。

 冷蔵保存していた量はざっくり一人前。

 そこで在処が用意したのは米ではなく中華麺だ。


「まずは温めたフライパンにごま油をサッと」


 軽くフライパンを傾けると油が円を描く。


「麺はちょっと纏まりすぎてるから簡単にほぐしますよっと」


 指を器用に滑り込ませ、麺がちぎれない程度の力加減でほぐした後、フライパンに投入。

 麺が加熱される音と香ばしいごま油の匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を刺激する。


「もう食べれる、が。ここで焦げ目を少し付けるとぉー」


 麺を軽く押さえつける。

 焦げ目が付く良い頃合いの時間で引き上げ、焦げ目が上になるよう皿に乗せる。


 電子レンジが二度目の甲高い電子音を鳴らし、もう温まってるから早く取り出せと言わんばかりに主張。


「はいはい今開けますよー」


 電子レンジの中にこもっていた麻婆豆腐の匂いがキッチン内を駆け巡り、

 更に食欲を刺激された在処はもう待てないとばかりに盛り付けの綺麗さなど捨てて豪快に麺の上へ流しかける。

 そして最後に申し訳程度の小口ねぎ振りかけた。



「できた。余り物麻婆豆腐焼きそば」



 特段珍しくもないシンプルかつ普通のレシピだが、一人で食べるには十分な味と量だ。

 在処は席に着いて両手を合わせた後、一口。


「~~~~っ! うまい。男時代を思い出す懐かしい味わい」


 濃い塩味を数度、胃袋へ運んでから麦茶を流し込む。


「かぁーっ……落ち着くう~」


 ベランダで風に揺れる洗濯物と遠くでゆっくりと見える白い雲。

 家事以外の労働で披露した身体に染み渡る多幸感は日常的で穏やかなものであった。


 そんな感慨に耽っていたのは一瞬のこと。

 再び食べるのに集中した在処はあっという間に昼食を平らげ、さっさと機材の調整に戻っていった。








 ******……








 ――――配信開始



「疲れました」



【こんにちは】

【どうした急に】

【何があったというんだ】

【?】

【毎日がホリデー】

【↑たまには道路交通量調査でもやってくれ】

【日曜日に疲れた? 妙だな】

【声が弾んでるような】


 在処は声の抑揚を付けずに続ける。


「おや、勘のいい人がいるみたいですね」


【なぬ】

【新マイクか!?】

【前の動画と比べたらたしかに音質違うな】

【やるじゃん】


「とはいえこれがまた普段掃除できてないところまでやれる時間がありまして……これがまた楽しいんですよ」


 喜びが滲み出る声音でそう言い、コメント欄に【どこの掃除を?】という書き込みがされた途端、在処の口が凄まじい勢いで回り始めた。

 時間にして十五分ほど掃除に関する熱い語りをし、満足そうにツヤが増した在処と疲弊したリスナーという構図が出来上がる。


【思わぬところに会話デッキのトリガーが】

【一番輝いてたな】

【もはや掃除大使だよ】

【まるで小学生とは思えない知識量だった】

【プロの掃除屋か何かで?】

【家事系配信者】

【家庭的とも言える】

【家庭的(掃除ヲタク)】


 コメントの流れから雑談配信のように見えるが、タイトルはしっかり演奏配信と書かれている。


「ふう……あ、そういえば機材とか家具とか色々追加したんですよ。今座ってる椅子もそうですし、デスクも。

 後は一番高かったオーディオインターフェースっ!」


【おおー】

【お?】

【そのオーディオインターフェース結構いいやつじゃね?】

【うちと同じやつだ~】

【操作めっちゃ難しそう】

【ぱっと見なにがどうなってるのか分からん】

【なんか、凄い感じはする】


「簡単に説明するとこのオーディオインターフェースを使うと演奏がもっとすごぉ~くなります」


 一見複雑そうに見える機器に対してシンプルなメリットを伝える。

 語り過ぎると聞くほうが疲弊してしまうのは掃除の件で実証済みだ。


【なるほどな】

【もっと凄くなるんだな!】

【期待しちゃうんだが?】

【期待していいぞ】

【誰目線だよ】

【つまり今から演奏するって……ことっ!?】

【たぶんそう】

【本体はいずこへ?】

【本体やめて腹痛い】

【そういえばお目見えしないな】


 今の在処はギターを持たないただの一般女子小学生。

 誰がどう見てもただの雑談枠といった状態だ。

 そんなコメント欄の様子を確認し、画面外からギターを引っ張り込む。


「はい、みなさんの私への認識が分かったところで早速弾きますねぇ」


 こめかみにうっすらと青筋を浮かべながら弦を弾いた。


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